ボクハニンゲンヲヤメタイ【サビ ~ アウトロ】


 そういえばタクシーの運転手はかなり年老いていた。目に隈があって、仕事に疲れているようでもあった。もしかしたら運転手のあの言葉は、長年生きて得た結論なのかもしれない。エドナンスはまだ28。がきんちょだ。28でそういった結論がある人は数少ない。若い時は考え自体が、一年単位で変わったりするものなのだ。

 エドナンスはなんか悲しくなった。山の上におはようございますをする太陽を見ながら、人生最後の涙を流した。


 * * *


「レッツゴー」


 これが最後の出勤となる。エドナンスは気合を入れるため、コンビニでオドナリンビーを買って飲み干すと、タクシーを呼んで会社へと向かった。本来ならば作業服を着用していくべきだ。だがもうそんなものいらない。この薄汚れたシャツが勝負服だ。

 目的地に着いた。エドナンスは三階まで上がると、タイムカードを押さずに、上司のもとに距離を埋めた。まずはあの用紙を上司に見せるとこから始まる。


「おい遅刻や! 遅刻は地獄行きやぞ!」

「上司さん、シャラップ!」


 ペラ――。用紙には立場さんが居なくなったあの事件の真相が殴り書きされていた。

 『あの日、あなたは立場さんをプランクトンに変身させた!好きじゃなかったから、消した!どうして?どうしてプランクトンにしたの?せめてミジンコでしょ!』


「……は?そんなん知らんわ」


 返答に間があった。つまり知っていたということに他ならない。遂にエドナンスのイングリッシュ猛攻撃が繰り出される。


「You can break it up here. Find out the truth about him!」

「……は?」

「何度もありました!わざと難しい日本語を使って僕を困らせる!これはそのお返しです! If you announce to the world that you have removed him, your position will be in jeopardy. What would you do? Can I break it up? Answer me!And everyone behind me looks like a pigeon. I don't work just because I'm in a crowd!」

「なっ、なあ、おいお前ら!こいつどうにかしてくれ!」


 上司は助けを求める。しかしそこに人はいなかった。鳩ならいた。バレないように英語で、後ろの人たちを動物に例えたのである。


「お、おまえ……!」

「そのカンジ、やはり『動物になったよ。やったー現象』を知っていましたね。さあ、答えナサイ。立場さんを消した理由は?」

「むっ、無利益だったからや」

「Don't use difficult Japanese!」

「は……?」

「I can't understand such simple English!」

「わからんて」

「No one can make you feel inferior without your consent!」

「だまりや!お前は猿か?」

「gorilla!」

「ごっ、ゴリラ?うん、そうや、お前はゴリラや!」


 やはりだ。上司は人間以外の生き物を見下している。人間が上だと思っている。だからエドナンスに対して簡単にゴリラなどと言えるのだ。立場さんに対してプランクトンなどと言えたのだ。数秒後、上司は自分で言った発言の重みを知ることとなる。


「ごっ、ごり?いやゴリラはあかん!ゴリ――」


 もう遅い。『顔面吐出スモーカー』がエドナンスの頭から発生。エドナンスの口角がニヤリと上がる。ギラギラとした目で、メモ用紙の裏面を上司に見せつける。そこには上司に一泡吹かすための作戦が殴り書きされてあり――。

『いままでお世話になりました』という言葉も書かれていた。

 

 そしてエドナンスは部屋の真正面に立ち、両手を掲げた。


「僕は人間を辞めます。そして、ゴリラになります」


 その言葉通り、本日をもって人生終了。ゴリラとして生命を謳歌していくこととなった。


 * * *


 きんきゅうそくほー!大ニュースです。東京のbunnzonn運送会社から、ゴリラが飛び出し、特殊警察が捕獲しようと頑張っています。ん? 今『動物になったよ。やったー現象』に詳しいソノザキシロウ先生と連絡が取れました。おつなぎします。


 ――以下、ソノザキシロウ――。


 失礼ながら片足立ちで語らせてもらうよ。東京は今、たった一匹の猛獣のせいで大混乱。大変みたいだね。だけど、僕からするとこれは大変じゃない。むしろ今までが大変だったんだよ。人はあまりに爪痕を残しすぎた。もう十分頑張ったじゃないか。テレビの前の君もほかの人から動物に例えられよう。欠陥しかない脳ミソを捨てて、翼を。ヒレを。角を。鋭い牙を。手に入れよう。

 あーそろそろ片足で立つのがきつくなってきたから、もういいかな。それじゃあね。

 僕も他の人から「お前フラミンゴみたいだな」って言われて、フラミンゴにって待ってるよ。


 * * *


 この年は近年まれにみるほどの離職率と、動物変身率を引き起こした。


 動物変身率トップテン。


 10位――馬。

 9位――ナマケモノ。

 8位――犬。

 7位――微生物全般。

 6位――ハムスター。

 5位――チンパンジー。

 4位――猫。

 3位――ダチョウ。

 2位――ゴリラ。


 栄えある一位は――。














 

 ブタ。

 


 


 


 

 


 


 


 

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