使い道 【アウトロ】
あの後私は、エディナを作戦会議室に招待した。地味で目立たない茶色の建物の中へと。フレンは「二人ともなかよくね」と去り際に言って、運転手と帰路についていた。
家の中は昨日と同じく、殺風景だ。ただ部屋の中心にパソコンが置かれていて、周りに機材があるだけ。
私はパソコンを起動して、エディナにとある動画を見せる。マウス実験の動画だ。ワクチンを体に注入する。まだ対象物に変化は見られない、だが一時間後、様子が急変しゲージの中を動き回り、やがて体が溶け出す。これはもはやワクチンではなく、胃酸菌そのものだ。
「これは『WR』の実験動画です。この動画は
「それが……?」
「なぜ彼らはこの動画をネット上に発信しようと思ったのでしょうか。それは慢心が故の行動といえるでしょう。自分は立派なことをしている。これだけ素晴らしいことをしているのだから、炎上は起きないだろう。称賛されるだろうと」
「でもあの事件をきっかけに、大炎上が起きた。消火器でも消せないほどの大炎上が」
「はい。人の心理のひとつに『モラル新任効果』というのがあります。その正しいことをしている人が、その価値ゆえに少しくらい非論理的な行動をしてもいいだろうと。警察官が逮捕される事例はそれがほとんどだと思われます。無意識のうちに考えてしまうのです。人ですから」
「何が言いたい……の……」
「ですが私は人ではありません」
エディナの目に私の青い目が反射される。眩しかったのか目を逸らして横を向く。
「でもシロエにはモラルがない。慢心はなくても、他のが欠けてる。私には分かる、あなたはワクチンを完成することはできない。『WR』と同じように人で実験して殺してしまう。それがオチ」
「それは自ら判断した意見ですか?」
エディナが足をトントンとさせる。
「長期的な視野を持たず、即時の欲求や感情に支配されてはいけません。私の作るワクチンが、どのような結末に向かうかは誰にもわかりませんから」
「あのさ……自分が頭いいと思ったら大間違い……。あなたはただ知識を乱列している。ただワードを並べて賢いふりをしているだけ。気づいてる?」
「……何の話でしょうか?」
「……ごめん、トイレ」
そう言うと、エディナは視界から消えた。私は動画の再生を止め、今度は料理の動画を再生する。アイルランドの料理、アイリッシュ・ステューの調理動画だ。ジャガイモとラム肉、または羊肉を主要な材料として、ニンジン、タマネギ、塩、こしょう、ローズマリー、または他のハーブとともに煮込む。特に寒い季節に愛される温かくてホームメイドの料理なので、これからの季節に合うだろう。
アイルランドの料理は豊かな歴史と伝統を持ち、特にジャガイモや肉料理などが中心となっているためこの他にもそれらの食材をふんだんに使った料理がある。
ガチャリ。エディナがトイレから帰ってきたようだ。私は動画の再生を止め、振り返る。
そこには、銃口をこちらに向けるエディナが立っていた。
「シロエ、ごめんなさい」
私のボディは戦闘用ではない。なのでどうすることもできない。私は表情を変えないまま、脳のバックアップをパソコンにインストールさせていた。青い目が赤い目に変わり、スリープモードに切り替わろうとする直前、鉄を貫く発射音が近くで響いた。
※エディナ視点
ミステリー小説を書く人は頭のつくりが私と根本的に違うのだろうなと思う。登場人物を何人も登場させ、キャラクターだけではなく、読者さえも巻き込んで犯人が誰なのかを推理させる。そして犯人が解き明かされたとき、読者は感嘆の声を上げ、当の犯人は犯行した理由を述べ始める。その理由ですらも読者をあっと驚かせるような仕掛けを作っている。
しかし私がシロエを撃った理由にあっと驚く仕掛けはない。ただ気に食わなかった。それ以外何もない。それに彼女は人間ではなくアンドロイド、復活させることは簡単だと思う。つまり殺してない。破壊しただけ。犯人ではない。人殺しじゃない。
周囲に鉄の破片が散らばっている。私はそれを拾い上げ、また捨てる。
「WRに私たちは助けられた。シロエ、少しぐらい人間の気持ちをわかってよ」
もちろん聞こえてはいない。聞こえたところで眠くなるような長文を言い出すのだろう。頭がいいふりして、頭がいいふりもできない私たちを悪意のない思考で踏みつぶして。
頭がいい人は『AI』を巧みに使えるかもしれない。思いも知らない使い道で可能性を見出すかもしれない。じゃあ私は?ほぼシロエに操られたまま仕事をこなしていたこの馬鹿の私は……。それに私以外のIQが少ない人たちは?同じようにAIから仕事を命令される?
AIと比べられ『君のほうがIQ低いね』と遠回しに語られる現実。AIに仕事を奪われる現実。AIを使って詐欺が横行する現実。
ねえ、何のためにAIを生み出したの。もう少しちゃんと考えてよ。
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