メインヒロインたちは押し寄せる


「彼女は、燃義炎もゆるぎえん


 ジャージヒーローベルトおっぱいを流し見ながら、愛理咲の頼れる参謀が説明する。


「今年九十九ヶ丘高校に入学した、空手道部のスポーツ特待生。今度のインターハイでは、一年ながら確かな実力を見込まれ異例のレギュラー抜擢、団体組手次鋒を任されているよ」

「…………」

「性別の垣根を感じさせない明るさはむしろ女子から慕われていて、誰とでもすぐ仲良くなるのが特徴だ。将来の夢は父の道場の跡取りか正義の味方かで真剣に悩んでいて、それを相談された中学の先生を悩ませ三者面談をこじらせたという逸話を持ち——」


 ——そして、と。

 智里は、愛理咲にとっての最重要情報を追記する。


「日向志央の、隣の家に住む年下の幼馴染だ。昔のごっこ遊びの延長戦で、今も彼のことを、隊長と呼んで慕っているよ」

「バリつっよ」


 愛理咲の「なんだよぅ」と半泣き声が心から漏れる。「こんなのくっつくしかないじゃん」と膝を震わせ、彼女はどうにか腰が砕けないようにするのが精一杯だった。


「おいおい愛理咲、諦めるのは早いよ。……こんなものは、まだまだ序の口なんだから」

「……へ? …………えっ!?」


 愛理咲がその意味を理解し、背筋に冷たいものを走らせたのと同時。

 恋愛模様に、二の矢が放たれていた。


「あら。そこにいるのは志央と炎」


 曲がり角の向こうから、優雅が歩いてやってきた。

 サラッサラのロングヘア、スラリとした高身長。歩く姿はモデルさながら、一挙手一投足、手足と髪の先までも、万人を虜にするため描かれた絵画のよう。


「もう、寂しいではありませんか。楽しそうなことをする時は、私をのけものにしないでください。お姉ちゃん、寂しくって泣いてしまいます。はうはう、よよよ……」

「……誤解。誤解だから、作楽サクねぇ。つか、分かって言ってるよな?」

「うえええーっ!? な、泣かないでくださいっすサクラねーちゃん! こいつぁ一大事ですよ隊長、今すぐ三人で楽しいことしましょう、正義ミッションとして!」


 諭す少年、騙される後輩、そして、ぺろりと舌をこっそりと出す先輩。

 愛里咲はそれを、愕然と見ている。

 目の前の光景が、あまりにもなめらかで……スムーズで。

 何度も繰り返されている、自然な日常の1ページすぎて。


「愛里咲。彼女のことは知っているね?」

「……環為備作楽かんなびさくら先輩……九十九ヶ丘高校の、生徒会長、さん。別名、九十九ヶ丘の奇祭製造機トリップスター……」」


 その仰々しいアダ名は、彼女が全国トップクラスの学力じあたまのよさと、県内に並ぶものなき性癖を併せ持つことに由来する。

 一言で言えば【笑い事大好き人間】。息抜き無き日々を心から憂い、忍び寄る退屈を打破せんため常に十重二十重の仕掛けを密かに動かしている。


 校内に多大な功績をもたらすものの、トータルでそのギリギリちょっと下程度の騒動を巻き起こす元凶なのは周知の事実。教師陣を【リターンとリスクの割合が絶妙すぎる】とヒヤヒヤさせながらも、先の生徒会長選挙では生徒から圧倒的な支持を得て通算三期目の任命が決まったスウィートデビルお姉さん。それが彼女、環為備作楽である。


「環為備先輩もまた、日向志央の幼馴染(年上)かっこ・としうえさ。燃義炎と三人で、小さい頃からつるんでいる。彼女が外では見せない顔、悪戯好きな秘密の理由も……日向は当然、ご存知だ」

「ぺぱっ」


 深刻な情報過多で息が詰まった。飲み込んではいけない事実が喉元に押し寄せ、愛里咲が必死であえいでいる。希望は。希望はないのか。


「愛理咲。まだだ。こんなものは、序の口だぜ」

「は……はへ……?」


 背中をさすりつつ、智悟は「あちらをご覧ください」と手で示す。

 本番は、ここからだった。


「ガシオーーーー!」


 順番に説明せねばなるまい。

 まず、平凡で普通な町に不釣り合いで見慣れない高級車が、おもむろにやってきた。

 そこから、道ですれ違ったら二度見必至の、改造着物の女の子が降りた。

 攻め攻め丈のミニスカートを真正面から相手取れる短さの裾から覗くのは、鮮やかな褐色の太腿。顔貌はエキゾチック、左目は髑髏の眼帯で秘され、右目には美しい蒼が転がっている。


「ヒサビサだよです、わたシのタカラバコ! 元気しておリマしタか、ライム果汁は足リるのことカ、あナタの進路は晴れ、波穏やカニ、追イ風恵まれルの日々デすカ?」


 胸の辺りに飛び込まれながらそれを受け止め、日向は穏やかに笑いながら頭を撫でた。

 姉的&妹的存在の二人も、突然の闖入者に、まったく驚いていない。


「こちとら普通の学生なんでね。お前との航海くらい、スリリングな冒険はそうそう無いよ。……久々、ミレーネ。また日本語、うまくなったな」

「っ! ほんと!? リアル!? マジのガチ!? ふふふふふっ、えへンです!」


 無邪気に喜ぶ少女。

 一方こちらでは、愛理咲がぱくぱく口を開け閉めし、智悟が解説を行う。


「彼女はミレーネ・ベルダ・ガルガスダン。とある会場運送会社社長の、目に入れても痛くない一人娘……というのは表向きの話。七つの海を股にかける豪傑揃いの海賊団の、未来の大船長候補さ」

「……はい?」


 なにか。

 日常ラブコメとして厳守まもられねばならない一線が、易々と侵犯された気がする。

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