率直、真っ直ぐ、最短に


「彼女らの物語はね、ちと中心が多過ぎた。誰もが彼へ本気の恋をし過ぎていていて、妥協も譲渡も祝福も出来ない。更に悪いことに、日向志央は、あれは根っからの……思春期未満の朴念仁で、自分への恋も、自分からする恋も、とんと無頓着だ。あれのまんなかには、厄介ごとに首を突っ込む志しかないから」


 推測ではない。予測でもない。

 智悟はまるで、もう印刷されて変わらない脚本を読み上げるように語る。


「彼はどの恋も選ばない。選ぶことができない。108つの片想いは、誰がどんなアプローチを行っても進展しないことで焦り、怯え、恐れ、ついに誰からともなく超えてはならない一線を超えて、抜け駆けは連鎖し、互いの圧で支え合っていたアーチが崩れるかのごとくに終わる。……そう、つまり、チャンスはそこにあるんだ」


 手をとって、目を見つめる。

 魔女の助言が、道を示す。


「瓦解の後の瓦礫を登れ。自分の優柔不断が最悪の結末を招いたと落ち込む日向に、愛里咲、舞台上ではなく観客席にいたからこそ無事だった君だけが、近づき慰められるのさ。いくらあれが朴念仁でも、自分が招いた崩壊による傷心は、付け入る隙を作り出すから」


 それは。

 その構図はまさしく再演だ。彼女ら108人の恋敵が、彼への恋に落ちた経緯と。


 人は、救ってくれた相手に、好意を抱く。

 人が落ちずにいられない、救助の体験を繰り返せと、凪波智悟はそそのかす。

 実に聡く。

 極めて狡く。


「そう。傷こそが、絆を創る。私がそれを手伝うよ。君がと言ってくれれば、私は全力で、叶わざる愛里咲の恋の、道理を曲げる尽力を」

「やだ」


 決断は迅速で、また、強情であった。

 ……ご存知の通り。

 何をすればいいのかが見つかっている時の有坂愛里咲は、率直で、真っ直ぐで、最短だ。


「いま。なんて言ったの、なみちー。日向くんと、あの子たちが……だめになる……?」


 雫を溢れさせる瞳が、乱暴に力強く、自らの手で拭われる。

 そこに一瞬前の悲しみはなく、もっと強いものがある。


「そんなの! ダメに! 決まってるでしょっ!」

「……いやいや。しかしだよ、愛里咲。そうしなければ君の恋は」

「叶わないって!? 悲しいね! 切ないよ! だけれども!」


 悲しみを吹き飛ばし、涙を干上がらせ。

 有坂愛里咲の瞳には、爛々と、別の信念かくあれが燃えている。


「誰かの不幸を喜びながら、私だけ幸せになんかなって、どうするのーーーーっ!」


 それは、とても普通な。

 ありふれた、特別でない、誰もが教わる道徳。


「…………はっ」

「第一さ、私、あの子たちだって好きだもん! あんないい人柄キャラクター、台無しになっちゃうなんて、そんなの絶対よくないよ! だめです! ぜったい。だめーーーーっ! ああ、どうしようどうしよう、こんなの知っちゃったら意地でも絶対どうにかしなきゃ! と、とりあえず皆で穏便に話し合いとかできるお茶会とか開けばいいかな!?」

「あははははははははっ!」


 凪波智悟は、わかりすぎるほどわかってしまって笑いこける。

 こういうことを、この友達は本音マジで言う。


 抱えた想いはポッと出だろうと、嘘でも適当でもなかったくせに。

 本当の本当に恋した相手といちばんに結ばれたくて、本当の本当に、恋が実らないのは胸が張り裂けるほど悲しいくせに。


“できたはずのことをわざとやらず、誰かを嘲笑った上で享受する蜜”など、心外・論外・迷うまでもなく除外。

 こういう性質タチをどう言うか、これもまた、魔女はよーく知っている。


「愛里咲」

「何かな」

「きみ、ばかだぞ。ばかな上に不器用だぞ」

「……? なにそれ? 知ってますけど?」

「みすみす好機を逃してる。そんなんじゃ、ずぅっと誰かに先を越されっぱなしだぜ」

「かもね。でもね」


『大好きな相手に胸を張れない結ばれかたなんて、こっちから願い下げだよ』と。

 少女は真っ向言い切った。


「知ってるでしょ、なみちー。私が目指すのは、日向くんの恋人と……それより前から、人を幸せにしちゃうスーパー役者! だからこんなの、捨てたって惜しくない! 全然好機とかじゃないし真逆だし! ウッカリ乗ったら自分が嫌いになっちゃうピンチだしっ!」

「勿論、ご存知でございますとも。きみは感受性豊かで、とびきりへこたれやすいが、そのくせいつも、どうそそのかしたところで曲がったほうには行きやしない。あんまり損な性格すぎて——世界のバランスなんぞ、パトロンになりたくなるくらいにね」


 眼鏡の少女は友人のことを笑う。嘲りや失望の類を一切感じさせない、好意と歓喜に満ち溢れた雰囲気で。

 そしておもむろにスカートのポケットを探ると、スマートフォンを取り出した。

 小気味よく指が弾む。液晶に描かれる、細やかで、不可思議で、滑らかな軌跡。


 ……それが、と離れて空に滑った時。

 某社製作流通市販品、何処にでも売っている汎用的で最新型の端末から……明らかに通常の仕様にはない、起こり得ることのない、虹色の粒子が溢れて溢れて波打って、空間を満たしていく。


 夜が昼より明るく染まる。

 凪波智悟が満面の笑みで、友へ選択を投げかけた。


「さて。お久しぶりに、【万能にして未熟の魔女】からの質問だ。親愛なる一般人、有坂愛里咲よ。君の思い描くハッピーエンドの為に……皆のトゥルーエンドを、台無しにする勇気はあるかい?」


        ■

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