ヒロインランクをアップするにはフラグが足りない
「ふぅぅ、ふうぅぅぅぅ……。な、な、なんだよぅあれ……ズル、ズルすぎるってばぁ……。気遣いの鬼かよ、さりげなく普段から見てたんだ発言とかファンサ完璧か……はぁ、もう……
「やあやあ、おはよう。具合はどうだい、恋愛クソザコ芝居娘。中々重症な御様子で」
机に頰寄せグニグニ悶える奇態に、辛辣な言葉が投げかけられた。
「……おはよー、なみちー……。あたしゃだめだあ……」
「知ってるとも。舞台袖から見てたからね、さっきのやりとり一部始終」
後ろの席に腰を下ろし、智悟はやれやれと首を振る。
「【日向志央への恋に挑むか】という問いについて、さっきのが答えでいいのかな? 何しろ昨日は『考える時間をちょうだい』なんてかわされたからねえ」
そうなのである。
愛里咲は結局あのあと、“恋するorしない”のどちらも選べず、考え続けたまま悶々の一夜を過ごしたのだ。おかげで少々寝不足もある。
「参戦を選んだのなら、またとないチャンスだったろう? 向こう側から心配されて話しかけられ、しかも周りには恋敵も不在だった。やりようによっては好感度をガツンと稼ぎ、次のイベント発生にだって繋げたはずだ。愛理咲がクソザコでさえなければね?」
「や、なんと言いますか……アタマが真っ白になって……急に日向くんが来たので……」
「普段の芝居のクソ度胸は、何処へ引っ込んでしまったんだい? 誰に見られようが、野次を飛ばされようが、先生に詰められようが、へいちゃらな顔をしてたじゃあないか」
「や、なんと言いますか……アタマが真っ白になって……急に日向くんが来たので……」
「おっとフラグ管理のミスかな?」
ぽんこつ化したクソザコ友人、恐るべきはそうさせた男、と智悟は眼鏡の位置を直す。
「それにしても……あの調子で君まで毒牙にかかっていたというわけかい。やれやれ、予想外だよ。君みたいなタイプは、あいつと交わることはあるまいと思っていたんだが」
ぴく、と机に突っ伏していた亜理咲が反応して顔を上げる。
「なみちー、それ、どういうこと?」
「言った通りさ。恋占いの類ではなく、信頼性のある統計的なデータだよ。日向は、なんというか……うん。特別な訳ありとばかり関わりを持つやつでね」
「……? え、えっと?」
「言ったろう? 中学時代、私は日向のクラスメイトだったと。この世には運命という台本、各々に決められた出番があるが、彼はまるっきりそれを無視してしまう。本来首を突っ込むはずがないところに首を突っ込み、無縁に縁を結び、ありえなかった関係を繋ぐ。その結果が108人のフラグ乱立だ。いやはや、ルール違反にも程がある。私がそう思うなんて大概だぞ」
要約すれば、【日向志央は面倒見の良い気遣い屋で、皆の問題を積極的に解決した結果、モテモテになった】ということだろうか。
なるほど、と頷きつつも、智悟の仏頂面に愛里咲は「はっ」と気づいた表情になった。
「も、も、ももっも、もしかしてなみちーも日向くんのこと!?」
「あー、大丈夫。彼に渦巻く相関図の中で、私はサブヒロインですらない。ルートなど存在しない、通りすがりのモブヒロインさ。あんな伏魔殿に飛び込むなんて冗談じゃないよ」
「よ、よかったぁ……なみちーがライバルだったら、私なんてどうにもならないよぉ……」
「おいおいこらこら。安心している瞬間など一秒もないぞ、メインヒロイン志願者」
くくく、と智悟は面白がる笑いを愛里咲に向ける。
「まあ私はいい女だがね、連中だって中々のものさ。昨日の五人も、君が未だ見ぬ百三人も、それぞれがそれはそれは立派なフラグを立て終わっている。——この劣勢、わかるね?」
「ふ、ふぐぅぅ……わっかりまっしゅ……」
ここで言うフラグとは、すなわち厚み。
例えば、過ごした時間。一緒に積み重ねた出来事。もう既にある絆の結び目。
作劇風に考えるなら、【このキャラとならくっついていい、納得感と必然性】だ。
客観的にも……主観的にも、恋愛がいつ成立してもおかしくない状況にある。
「そういえば、これも聞いていなかったねえ。なあ愛理咲、そもそも何がどうして、君はあの厄介物件に惚れたのだい? そこに、どんなフラグがあった?」
「……………………し、芝居を見てくれて、ほめ、られ、まして…………たはは…………」
「うわ、ちょろ、ざっこ」
「ひぅぅぅぅ……! わ、わわわたしだってそう思ったよぅ、でもしょうがないじゃんかぁ、ぐさって、ぐさって刺さったんだもん……! 誰も見落としちゃうような私を、ちゃんと見て、わかってくれたんだ、ってぇ……!」
「ふふふ。そうだねえ、惚れたの理由を問うも野暮なら、恋にけちをつけるも無粋か。私の役目があるとするなら、精々、いつもみたいに支援と
「……えへへ。なみちーがそう言ってくれると、助かる。千人ぶん助かる」
にひ、と笑う愛理咲。昨日の夕方から続いてきた緊張が、気の置けない友人のおかげでようやく少し収まる心地だった。
「では僭越ながら、友人の険しき恋路への助力として、ひとつ情報提供なぞ」
「おっ、おおーっ! なになになになに!? 日向くんの好みとか!?」
「ああ、そういうのじゃない。日向は相手に合わせて尽くすタイプでね、あれはあれで節操がないんだよ。だから、愛里咲が知るならば、彼を取り巻く恋敵についてだ。ただ一人選ばれるには、同じキャラの二番煎じにならないよう、ライバルの情報と対策は必要だろう?」
確かに! と愛里紗は頷き、こういう時のアドバイスに一家言ある銀縁メガネのツインテ参謀が、我が意を得たりとにたりと笑う。
「そうだ。例えば昨日居た、とびきり目立つ巨大甲冑。覚えているかな?」
「えっと、——たしか、キザキさん!」
「そうそう、鬼斬鬼刀銃朗。世のため人のため、この世の陰で鬼と戦う正義の武者」
あの子はね、と。
アドバイザーは、さして珍しくも特別でもないように、さらりと言った。
「日向志央の命を救い、心と未来を救われている」
「なみちー」
言葉には詰まらない。
席から身を乗り出している。
何をすればいいのかが見つかっている時の有坂愛里咲は、率直で、真っ直ぐで、最短だ。
「おはなし、聞きたい。キザキさん——放課後、どこに行けば会えるかな?」
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