サムライは今日も今日とて平和を守る
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人の生活圏、日常のすぐ傍らにも異界は生まれる。
製法は至極簡単、郊外・丘の上という立地、入り口には一目で足が音を上げる長い階段、鬱蒼と茂った林に囲まれた寂れた古寺と来れば、これはもう立派に、多くの者にとって【普段はとても踏み入らない、日常の外にある場所】だ。
その異界で、まさしく、相応しき事象が発生していた。
林の中、供養も粗末な草葉の陰より、湧き出でるは無数の闇。
薄明かりに揺れる黒き身体には、目らしきものがあり、足らしきものが生えている。
およそ尋常の範疇、
——その試みを、晴天の霰が挫いた。
昼日中に降り注いだのは無数の礫、すなわち、鬼斬鬼が誇る武装の一、
草葉の陰の闇……【小鬼】の処置は、あっけなく終わった。
『
声発されるは、土より実に十尺分の高さの位置だ。巨大侍甲冑……鬼斬鬼刀銃朗が、今しがた撃ち放った巨銃を腰へ差し直す。
『容易くなったものだ。鬼めらはもう、小さきものが散発的に湧き出るのみ。【
鬼潰し自体からは生涯解放されることなどなかろうし、御役目を担う身分で他の生き方など選ぶべくもないが、それでも命の危機の有る無しでは天地ほどにも日々は違う。
——それもこれも、あの彼のおかげだ、と。
剣呑なる武者甲冑の内より、温かなものが滲み出る。
思い出すのはあの笑顔。共に修羅場を駆け抜けた、かけがえなき幾月下。
想い人……日向志央を思い出すたび、彼女は当たり前の少女となれる。
『……あのお方が、いてくれたから。鬼斬鬼は……某は、日の下にいる。……たとえ、取りこぼしてしまったものが、あろうとも——』
そうして、刀銃朗は聞く。
分厚き甲冑の中よりも更に内、肉の身体の己の胸の底の底に染みついた声を。
優しき、強き……地の底の洞にあってもなお輝きしき、凛とした母の言葉が、何度でも魂を打つ。
——ただでさえ、似合わない甲冑なんぞ着せたんだ。これ以上、大事な娘に余計な荷物、背負わせられるか——
思い出すたび、身が引き締まる。
——けれど。
それは今や、願い、というだけでなく——。
『……ええ。わかって、います。故に某は、貴方に報いる為にも、必ずや彼と——何があっても、何をしようと、他の誰が競う相手であったとしても、某こそが——』
「うわーーーーっ! いーーーーたーーーーっ!」
『ぴぇっ!?』
不意打ちに等しき大声に驚きながらもそちらへ向けて戦技の一つも抜き打たなかったのは、刀銃朗が平和で鈍った故でなく、聞こえた声に微塵の敵意も害意もなかったから。
振り向いた先には、長い石段を駆け登って来たらしい、大粒の汗をかきながら巨大侍甲冑を指差す女子高生がいた。
そう。
『放課後くらいの、鬼斬り殿の居場所? うーん、そうだね。よし、目星をつけたげよう。この時期ならきっとこのどこかだ。本当に会いたいなら、必死こいて行くといい』と候補をくれた参謀魔女の導きに従い真夏の炎天下を走りに走り十二ヶ所目でついにようやくアタリを引けたがんばり少女、有坂愛理咲である。
「今日もお勤めご苦労様です、鬼斬鬼さんちの刀銃朗ちゃん! あの、ちょっとおはなし」
いいでしゅか、という言葉を吐きつつ、身体がふらりと揺れて地面にぶっ倒れた。
「あ、あっちぃ……。み、
『ちょ、え、えええっ!? えと、ええっと、え、えーーーーいっ!』
即断即決、行動神速。これぞ鬼斬鬼の反応速度。
甲冑腕部がうぃんと開き、中から出てきた水筒の中身を、愛里咲に向かってぶちまけた。
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