Girl’s/Slash/Egoism 第一幕:【刀銃朗血風譚】・急 リテイク・リメイク・ハッピーエンド



        ■


        

 舞台袖から舞台へ出る前、役者はパトロンよりこう説明を受けた。



 ——いいかい愛里咲。君はこれから凪波智悟として舞台に上がり、過去脚本へ介入する。

 ——その際、

 ——まあ、要は。私が言わないようなこと、やらないようなことは、してはならない。

 ——ひとでなしの可動域のまま、魔女が取り得る行動だけで、君が願う筋書きを通せ。

 ——これを破った時、もう、元の人物には帰れない。

 ——それでも君は、叶うと決まっていない恋に、他の誰かの愛に、己を捧げるかい?

 


「鬼というもの。君らがやろうとしていることに、興味がないではない。悪くない」


 その姿、喋り、立ち居振る舞い。傍目にはどう見えたか。

 底知れず、得体の知れない、地に足つかぬ奇妙不可思議?

 だとすれば、それは賞賛されるべきだ。顔合わせもリハも無いぶっつけ本番の大舞台で……内心と外面を、見事に切り離してみせた一役者を。


 クールだなどととんでもない。

 演じる彼女はいつだって、見えないところで大粒の汗をかいている。


「実際ここまでは、だから傍観だったんだ。どちらが勝っても、眺めるだけのつもりでね」


 有坂愛里咲は、名役者などでは断じてない。

 だからいつでも考えている。役を演じる時、常に——自分の演技は正しいか、これがこの役に相応しい有様か、やらないこと、言わないこと、役ではなく自分の心を選んでやしないか。

 空想逞しく、妄想豊かな性格の反作用だ。無数に湧き上がり続けてしまう演技プランに自分自身が振り回されて、役に没入しきれず、【我】のほうを覗かせてしまい続けてきた。それが今までの、いまいちウケない理由の原因だ。


 だけど。

 今回の彼女は、悩まない。


 一秒毎にリロードされ続ける無限に等しい選択肢。

 その正解をどんぴしゃりで選び続ける。

 率直で、真っ直ぐで、最短に。


 だって。

 自分で考えた、自分の脚本のキャラクターよりも、もっと、ずっと、うんと。

 この少女の事ならば、有坂愛里咲は、十年分知っている。


「惜しかったね。君は最後の最後で誤ったよ、鬼大将」


 役に自分のさせたいことを、筋や主義を曲げて、無理矢理に取らせる……のではない。

【皆が見たいことを起こせる、やるべきことをやる】為に。

【こういう理由であるならば、その役は動いてくれる】を思索する。


 たとえば。

 愛里咲の知る凪波智悟は、一般的な正義感や道徳では足の小指も動かさない偏屈屋で……想い合う友人相手でもない限り、ピンチを助けなんてしない。崩壊を予測していた108人の恋愛コミュニティを、わかっていながら放置していたように。

 

 ……しかし。けれども。

 こんなふうな動機なら、こういうふうに動いてくれる。


「人質を取っての追い込みなんて、まるでそこらの悪党だ。私が鬼に期待していたのは、そんなつまらないものじゃあない。つまり心底、がっかりした。なので私は只今をもって、不公平になるとするよ。手のひらを返すようで心苦しいが——少々心を鬼にして、ね」


 掲げた腕、その指を鳴らされる。


「[《Re Verse》]」


 すると、どうだ。

 いかさまが起こった。


「が…………あ、はっ…………え?」


 夥しい吐血の後、俯き動かなくなっていた葉渡の口に、吐き出したはずの血潮が、命が失われていく事実が、逆戻しをするように吸い込まれ……服毒の事実そのものが、なかったことになってしまった。


 それだけに留まらない。魔女が左手を広げ、右手を拳にしてその上に“ぽん”と落とす。

 すると……人質を取っていた二体の鬼が、跡形もなく消え去った。

 ——そして、それを即座に機と見る者がいた。


「失礼!」


 自分が解放された刹那、日向志央が、地面に落ちた葉渡を担ぎ上げて離脱する。力が足りなかろうと常人だろうと、今、自分がすべきことをする……そういう状況や判断に慣れた反応だった。


「ぐっ……! 逃すか、小虫がッ!」

「[《Re Take》]」


 鬼大将が叩きつけようとした金棒が魔女の【指摘】を受け、一瞬強制的に止まる。遅れて叩きつけられるも空を切り地を打ち、背を押す風圧となって逆に日向たちを逃した。


「君、なんだな。根本的にエンタメがわかってないな。単なる繰り返しは興醒めのマンネリだぞ。私の前でそんな退屈をやってくれるなよ、見ているこっちが恥ずかしい」

「こ、この痴れ者がぁぁぁぁっ……!」

「——おいっ!」


 叫びが来た。十分に距離を取った日向が、振り返っている。

 助けに入った、第三者……自分にとって知り合いである、魔女を見ている。

 ……瞬間、役の内の奥にいる愛里咲の心臓が、緊張で高鳴る。


 もしも、彼が何かに気付いたら。

【今そこにいるのは、凪波智悟】ではないとバレたのなら、その瞬間、全ては——


「お前ってさあ! 自分じゃ色々言うけどよ、やっぱ前に言ってやった通りだわ! ——シニカルな振りしといて、結局案外親切なヤツだよ、凪波っ!」


 ……そう呼ばれた魔女は、肩をすくめる。漏れた言葉は「どういたしまして」、凪波智悟がいかにもこういう場合に言う台詞。

 

 それ以上の言葉は、思っている感情は、今。

【刀銃朗血風譚】の、表に出すべきではない。


『……魔女殿。それとも或いは、ナギナミ殿』


 侍甲冑が、動く。鬼脈のほうへ、怨敵がほうへ歩み出る。


『かたじけない。貴殿が何者かは存じぬが、主人殿の知己なれば、万の信頼に値する』

「これまた、どういたしまして、と言っておこうか。しかしだがね、私はやっぱりそう親切でもない。全てに手を貸しはしない。敵が、全人類の脅威であってもね」


 指差す先には鬼大将。人の姿、悪辣を模し、鬼斬鬼に切り捨てさせようとした怪物。

 それは今、自らの持つ“余分”を切り捨てていた。


 姿も悪辣も、人の振りなど放棄する。原初の【鬼】、太平を脅かす怪物へと姿を変える。足は三十、金棒の腕は八、蜘蛛の如き威容で地に這い、槍衾の牙を剥き出しに。


 その姿こそ、正史脚本に於いては、義母を失い鬼人と化した刀銃朗が、電光石火の早業で変異する前に首を落としたために表れることのなかった……あちらでは取られざる、鬼大将の真にして本領の異形であった。


「魔女はいつだって、結末を委ねるもの。最後の活躍は、主人公がやらなくちゃ」

『是非も無し』


 刀一本、弾一発。

 ——誠に目出度い。不足なし。

 斬るだけでは、撃つだけでは足りぬ卑劣を——斬って撃つ、二人分・二度の応報を食わしてやれる。

  

『御照覧あれ。これなるは三代鬼斬鬼、一世一代大立ち回り——一切合切天に悖らぬ、明日が為の戦なり!』


 鬼吠える、鎧鳴く。

 金棒唸る、剣飛ぶ。


 千年悲願のその決着、本来は悲劇であった脚本の、変化と決着を。恋敵の、名場面を。

 果たして有坂愛里紗は、かぶりつきより更に近く、同じ舞台で見届けた。


『悪鬼、成——————敗ッ!』


 最後の一撃は高らかに。悔い迷いなく、悲しみ無縁に晴れ晴れと。

 その美しき太刀筋を見た愛里紗は、心の底からの感動で、全力を持って拍手した。




   ■■■■■■■ 閉幕【刀銃朗血風譚】 お帰りはこちら ■■■■■■■



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本作をお読みくださり、ありがとうございました!

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