ハッピーエンド結果発表



      〈③〉



 その朝、いつもの通学路でいつもの二人が顔を合わせた。

 だがちょっとだけ様子が違った。


「やあやあ。おはよう、愛里咲」

「やあやあ。おはよう、智悟」


 顔も姿もまるで異なるが、表情や仕草がまるで鏡合わせのようにそっくりで。

 軽薄で不敵な笑みを浮かべる有坂愛里咲へ、友人は端的に指摘する。

 

「愛里咲、愛里咲。凪波智悟わたしが抜けていないね?」

「……? …………はっ!」


 ツッコミを受けて勢いよくかぶりを振る……二重の意味のキャラ被りを、振り落とす。愛里咲は自らの顔を揉み揉み脱力し、普段通りデフォルトの元気面に回帰した。


「ふゅー! あっぶねえやべえサンクスなみちー! どうりで朝ごはんのとき、家族に怪訝な顔されてたわけだね!」

「ふふ。そこまで私という役にのめり込んで頂いて、嬉しいやら恥ずかしいやらだ。……うん、本番でボロを出さなかったおかげで因果変動値も修正許容範囲。事象分岐による影響は自然調整域に留まる。ではこれをもって昨日の部分限定的過去場面介入の経過観察を完了としよう。いやいやよかった。喜ぶといいよ愛里咲、君の恋でセカイがヤバい、は回避成功だ。……今回は(小声)」

「そっか! なんだかよくわかんないけど、よかったならよかったー!」


 あははと笑う愛里咲は、親友の語る魔女的世界観関連専門用語なんかふくざつでむずかしいやつについて仔細に認識していない。

 これも、彼女と彼女のいつも通り。普通の少女と万能の魔女の距離感だ。


「さて。昨日は君が疲れ果ててすぐにお開きだったから聞けなかったが……どうだった? 鬼斬鬼刀銃朗と日向志央、二人の個別シナリオの大詰めに、スポット参戦した感想は」

「えー、そーですねー。自分の登場はほんの少しで、更になみちーさんを演じる形での参加ではございましたがー、非常に良い経験が積めたかとー」

「そうだね。そこだ。


 曲がり角の少し前、隣歩く親友が立ち止まる。

 夏の朝に風が吹き、青い空を雲が行く。


「歪んでしまった、傷だらけの絆たち。崩壊の悲劇に辿り着いてしまう、日向志央と108つの恋心。君はそれをどうにかするため、また舞台再演をやるんだね」

「うん」

「目的は、強迫観念的恋心の悪化要因を潰し、決壊に繋がる瑕疵ある結末スカーエンドを修正すること。君はその為に、常に【絆傷きずなきず】の発生を阻止できる力を持つ、他の誰かを役として被って振る舞う。つまり」


 有坂愛里咲が彼女の意志で、彼女の努力で成したこと。

 その全ては、【演じた役】の、“本物”へと還元される。


「君の奉仕を、恋敵たちも、他ならぬ彼も、認識しない。日向志央争奪戦で……君の順位は、どれだけ駆けずり回ろうと、まったく変わることがない」


 ——それでも君は、その身の危険も顧みず、他人の世話を続けるのか。

 ——自分に振り向かない相手、自分を選ばない思い人に、尽くすのか。

 智智が告げたのは、マイナスを知らせる、そういう意味の問いだった。


「ふふ。そうそう、それだよ」


 ……しかし。愛里紗はむしろ、喜んで笑った。


「日向くんも、他の人も気づかない……それがいいんだぜ、なみちー」

「……良い、だって?」

「そうでしょ? これは、私が好きで、私の勝手でやってることだし! 【やってもらった】【助けてくれた】とか、まるで恩みたいに着せないで済むんだよ? それにさあ」


 これが一番の理由であると、有坂愛里咲は胸を張った。


「助けてあげたから惚れてくれ、なんて格好よくないじゃん! 助けられちゃったから惚れちゃった、ならまだしもね! だから私は宣言しますっ! 諦めないって決めたんだから、こっから先は一直線! 他の皆がどれだけ魅力的でも、ううんだからこそ、やるなら正々堂々と! 有坂愛里咲も魅力を磨いてアタック重ねて、日向くんに恋させてみせ——」

「ん、呼んだ?」

「ふぁひゅ!?!?!?」


 完璧に不意を突かれた。

 曲がり角の向こうからひょこっと現れた日向志央に、愛里咲は思いっきりどもる。


「あ、ひゅ、ひゅひゅ、日向くん、お、おはっは、ょござんまっす」

「ん。おはよう有坂さん。……っと。なんだ、お前も一緒か」

「一緒だが? 何だい何だい、私がこの子と超仲良しだと何か問題あるのかね、志央」

「……し? しおー?」

「別に。ちょっと驚いただけ。……そっか。お前に、一緒に登校する相手ねえ。大切にしとけよ。ただでさえ分かりづらい世話焼きに、そんなの二度と現れないかもだぞ、智悟」

 

「……ちさ? ち、ち、ち、ちち、ちさちさ?」


 それは、まるで気の置けない、気安く親しげな名前呼び。間近で予期せず見てしまった距離近キョリチカムーブに困惑する愛里咲に、智悟がそっと耳打ちする。


(ほら、あれだ。君、私を演じて彼を窮地から助けたろう? 不本意ながら私は彼の恩人となった、その分の好感度の辻褄合わせフィードバックだよ)


 ナルホドネ、と納得する。これが例の【功績の本物への還元】だ。

 今回は、姿と力を演じさせてもらった智悟の好感度が増えたが……これから愛里咲が同じことを続ければ、その都度日向には別の恩人が増えて、その分だけ自分の恋路は険しくなる。


(ちなみに。日向は筋金入りのにぶちんだが、恩知らずでは断じてない。こういう方向からの好感度が累積したら、万が一、まさかの天秤ぶっ壊れ事態も……ごほんごほん。やめとこうか暗い話は。大丈夫かい愛里咲、やっぱり折れとく? 瓦礫ルート、選ぶ?)

(お……っれ、まっせん! まだ! 既に結構足に来てるけど……っ!)


 進めば進むほど他の恋敵に靡いてく想い人。それは確かに、想像するだけで眩暈のする難儀だった。

 有坂愛里咲という少女は何しろ……曲がりはしないけど、結構普通に、へこたれるので。

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