負けヒロインな有坂愛里咲はこのようにして108人の恋敵の成立フラグをブチ折ることに決めたのだ


「志央さん!」


 ……と。

 何やら道の向こうから、少女が一人駆けてくる。

 九十九ヶ丘中学の鞄を持った、透けるように白い肌をした、小柄な金髪の女の子だ。


「こんなところで会えるなんてド奇遇ですね! これはもう、それがしたちに良縁あるものかと!」

「……あのね。その発言には無理があるぞ、キリエ。どんな偶然で、九十九ヶ丘中学ツクチュウ生のお前が、方向真逆の通学路ウロついてんの」

「秒でばれた! さすが志央さん、それがしの鬼狩り道を導いてくださったあの頃のまんまの鋭い思考!」


 にへへへ、と笑う金髪少女。ニューヒロインまたも登場……ではないことを有坂愛里咲は直感し、ほどなくして答え合わせがやってきた。


「そこまでだ、ド阿呆娘」

「ぎゃふん!?」


 颯爽とママチャリで登場した、前カゴにエコバッグを搭載した主婦が金髪少女の頭をしばいた。


「少し目ぇ離したらこれだ。命二つ持ちだった真の姿の鬼大将を仕留めたおかげで鬼脈の完全封鎖も成り、見回り含む鬼斬鬼の御役目から完全に解放されたからって、こんな時間の使い方あるか。もう言い訳は通じないから、いい加減マトモに学校通え。遅刻すんぞ」

「う、うううう、でもぉ、それがし……」


 はぁ、と溜息を吐きながら、自転車を降りる主婦。

 そして、金髪少女の持っていた鞄を、前籠に入れた。


一鬼当千いっきとうせん刀銃朗が、三十ぽっちのクラスメイトに人見知りして怯むとか笑い話だぜ。……つって、慣れてないのは私もだよ。鬼狩りならまだしも、『まわりから浮いて困ってるんだけど、どうすればいい?』とか普通の親らしいお悩み相談に期待されても困るんだが……歩いてきゃいい道までは、一緒に戻ってやるよ」

「…………」

「おら、行くぞ。あとほれ、本来の用。忘れてった弁当箱。ったく、ド阿呆娘がクラスにいねえもんだから無駄にえらい恥かいた」

「……うん! ありがと、かあさま!」


 母と、娘が、手を繋ぐ。

 ——ああ、と。愛里咲は、その光景を見る。目を細め、唇を結んで。


 自分は、恋敵の切実な恋心を、身勝手なエゴイズムで修正した。

 新しい鬼斬鬼刀銃朗も前と変わらず日向志央に恋しているが、その深度や濃度が違う。亡き母に報いるためにも何だってしてやる、という痛ましい強迫観念……しかして確かに、恋する巨大なエネルギーを、断りもなく消し去ってしまったのは紛れもない事実——

 ——昨夜からずっと残留していた愛里咲のモヤモヤが、今こそ、傷跡さえ残らず消える。


 この光景が、【もっとよいもの】でないはずがない。それはきっと、彼女もそう言う。

 昨日、愛里咲に自らの恋の生まれを語り聞かせた……【瑕疵ある結末】の刀銃朗も。

 大切な義母を失った少女だって、これこそが本当に、辿り着きたかった未来だと。


「なみちー」


 恋敵が抱いていた、不退転の執念のフラグは折られ……しかして新たに上がるのは、恋敵がより魅力的になる二週目ハッピーエンドのフラグ。ヒロインレースを勝ち抜くには、目的とあまりに反する真逆の行動。


 けれど。

 感想ならば、【最高だった】の一語に尽きる。


「私。やってよかった。やっていくよ。これからも」 


 やればやるほど苦労の恋、困難なるみち、望むトコ。この先もこんな、心の底から胸がすく場面を見られるならば……役者冥利に尽きまくり、見物料とて安すぎる。


 さあ、いざ、ここから。

 108の絆傷、そこより生まれし悲恋たち。

 失う終わりを芝居で埋めて、運命さえも変え尽くす、青春公演ロングランを始めよう。


 少女に恋は大切だけど。

 同じくらい、“胸を張って愛せる自分でいる”ことだって、大事なのだから。


「日向くんと結ばれたいのも、本当で、大事だけど。日向くんたちの繋いだ関係がもっと素敵になることだって、私は、同じくらいに見たいか——」

「——ああ、そうだ」


 ふいに。去りかけていた主婦がブレーキをかけて止まり、振り向いた。

 ……どことなく。思い出した、とかではなくて……今まさに、勇気を振り絞ったように。


「坊主。これ」


 ママチャリの籠のエコバッグを漁って取り出されたのは、もう一つの弁当箱。

 主婦はそれを、ぶっきらぼうに突き出した。


「いっつも昼は購買だっつってたよな? 小遣い浮くだろ、食っとけ。味は期待すんなよ」

「まじすか。ありがとうございます、椿の姐さん。でもすみません、味には期待します。前食わしてもらった昆布締め、あれ絶品だったんで」

「……はっ。やめろやド重い。アラサーにゃ、現役時代の甲冑よかよっぽどキツいぜ」


 義理の娘と共に去っていく主婦。

 そこに、愛里咲は確かに見た。

 少年に見られぬよう浮かべた笑顔……剣の鋭さとかけ離れし、饅頭の如き感情を。


「……え? あ、あれ?」

「葉渡椿。元・三代刀銃朗、キリエ・梧桐ごどうの義母」


 愛里咲の困惑へ、助言の魔女が解説する。

 神妙さと、友人の困難を楽しむ嗜虐顔、おおよそ7:3の割合で。


「鬼斬鬼に人生を捧げてきた2X歳、独身、恋愛経験無し——つい最近から、淡い気持ちの想い人、有り」

「……あ」

「そういうことだ、愛里咲。これからも、困難な恋路をがんばるといい。恋敵を助ければ助けるほど……新たなサブヒロインも発生するかもしれないがね!」


 空が青い。

 日々も青い。


 かくして有坂愛里咲、これより、百と八では留まらぬ、数えきれぬ恋敵を演じ、片っ端から悲恋フラグをブチ折り抜くこととなる芝居馬鹿は、悲喜交々綯い交ぜの、要約したありったけの本心を、それはそれは高らかに、爽快ヤケクソに叫び散らすのだった。


 ……嗚呼。

 六月末の夏空には、少女のシャウトがバチクソえる。


「人が、人を、好きになるって、ステキだなーーーーーーーーっ!」



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[負けヒロインな有坂愛里咲はいかにして108人の恋敵の成立フラグをブチ折ることに決めたのか]

[おあとがよろしいようで]

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