Girl’s/Slash/Egoism 第一幕:【刀銃朗血風譚】・破 しあわせであれという呪い


「——ふむ。つまりまとめると、こういうことであるな」


 停滞する懊悩に、軽佻な声が被さった。


「使命果たさば、かけがえなき愛の片方を失う。二つの愛を取ろうとすれば、鬼斬鬼千年の悲願を逃す——嗚呼。まこと人間とは哀れ。何が面白く何がつまらぬか、わかっていながら実行できんとは」


 きひひひひ、と。鬼脈の核を握る、連中の最も大役を担いし邪悪が口を裂く。

 其は、異形異質の【鬼】に於いて史上唯一、人の悪を模して生まれたモノ。図体は、決戦斬鬼甲冑を見下ろすほどの巨躯。頭頂に二対四本の角を持ち、両腕を巨大な金棒とする鬼脈守りの鬼大将が、他人の苦悩を肴としている。


「迷うことなどあらず。もう一度言おうぞ、今代刀銃朗。弾一発に剣一本、そこに打ち捨て退がるがいい。さすればこいつらを解放し、我らは今一度深きへ去る。お前が生きている間は、鬼一匹たりとも日の下に姿は見せぬと約束しよう」


 影が差す。

 陰で刺す。

 人が誰しも捨て得ない、心の弱さに、鬼はる。


「ここの三方口裏合わせさえすれば、そら、経緯は違えど不鬼なる世の到来だ。お主の死後に再び鬼が湧いたとて、そんなものは地獄の蓋がまた開いただのと言われるのみ。疑われたとて、お主はとうに勝ち逃げよ。墓下には何も聞こえん」


 それは、使命に悖ること。歴代鬼斬鬼全ての戦を汚す、言語道断尾籠千万。

 なれどもこの瞬間、どんな糖より甘い蜜。

 見ず知らずの他人とよく知る恩人——失えぬは、何れか?


「なあ。思うだけでも死にとうなるだろ? 親か、男か、どちらかが永遠に欠ける、もう二度と何の言葉も交わせない。嗚呼可哀想に、他ならぬ、お主がそう選んだせいで。その罪抱えて、めんの下からどのつら出して、鬼無き人世ひとよを謳歌する?」


 鬼の牙も爪も通さぬ甲冑の奥に言葉が届き、内から涙声の呻きが溢れた。

 こんなことは聞くな——少年が叫ぶ。皮肉だ。彼女を思いやれば思いやるほど、温かければ温かいほど、少年を失う恐怖で少女の心は凍り付く。


「悪いことは言わん。お主は褒美を得るべきだ。これまで幾体鬼を狩った? 弱肉共に、苦を他に押し付けることでしか味わえん甘さを提供してきた? その味を、お主も知ってよいのだ。さあ、おにを見逃せ。そうして己の福を掴め。過去など知ったことではあるまい。未来などどうでもよかろう。その甲冑に何もかもを閉じ込められて、大切なものまで失うつも」

「コラ。知ったふうな口、叩いてんじゃあねえぞ」


 惑わしの囁きを払う、女の声が割り込んだ。


「さっきから聴いてたらよ。人様の娘を見くびってくれるじゃねえか、クソ鬼が」


 葉渡椿。眼光鋭き鬼斬鬼の重鎮にして指南役が、言葉にて迷妄を断つ。


「見損なうな。私の娘は、やるべきことを見失わない。テメエが何をほざこうと、その苦悩すら切り拓く。そういうふうに育てたのでね」

『……かあ、さま』

「ふふ、よいよい。お前がそんな姿を見せるほど、奴はお前を殺せない」


 鬼大将は悲哀する。悲哀しながら楽しむ。人の弱さを、面白がる。


「いっそ醜態でも晒せばよいのにな。自分を殺させたいなら、見限られることこそ狙うべきではないか?」

「ド阿呆。そこがテメエの最大の誤算だ。私がどんな無様をしようと、その娘が私を見捨てられるものか。技も覚悟も何もかも吸収できたのに……結局、歴代のどの鬼斬鬼より、非情にだけはなれなかった、自慢の娘なんだから」

「はっ……ははははははっ! ではつまり!? 敗北宣言と受け取ろうか!?」

「逆だ、逆。勝利宣言だ」


 葉渡は歯を食いしばり、不敵に笑い……捉えられたまま、突如、血を吐いた。


「ま……まさか! お前、鬼斬鬼の仕込み毒を!?」

「ただでさえ、似合わない甲冑なんぞ着せたんだ。これ以上、大事な娘に余計な荷物、背負わせられるか。未来の為に死ぬんなら、自分で死ぬよ、ド阿呆」

「き、貴様ぁぁぁぁぁぁっ!」 

『かあさまぁぁぁぁぁぁっ!』


 憤怒と慟哭が交わる。状況は、かくして停滞より脱す。

 後はもう、なるようにしかならない。


 鬼狩り鬼斬鬼は、ひとでなし。ひとでなきを殺す武器。

 刃一振り弾一発。討ち果たす敵と同じ数。三代刀銃朗、一族の悲願を果たし鬼脈を封ず。

 自身の、本当の恋と引き換えに。

 本来の、悖るものも背負うものもない、自由な心と引き換えに。

 

 ————それが、正式な脚本だ。【刀銃朗血風譚】、涙涙の終幕、鬼大将との大一番。

 この喪失を切欠に、鬼斬鬼刀銃朗は【自分のために死なせてしまった義母の為にも、最高の幸せを掴まないとならない、義母も認めてくれた相手と結ばれなくてはならない】と、拭い去れない罪悪感を抱く。未来への祝福が、歪んで呪いと化す程に。


 崩壊の布石はかくて打たれる。

 彼女だけではなく誰の恋も実らない、トゥルーエンドの後に待つバッドエンドへ、未来は決定されて直行していく——

 


「うーん。それはどうかと思うねえ」



 ——そこに、今。

 本来の脚本にいなかったはずの、未知なる役者が割り込んだ。


「我が子への親愛より出た誠の行い。涙涙、ああ涙。結構なことだ、大したものだ」

 

 視線が集まる。鬼大将、刀銃朗、葉渡、日向……舞台上の誰もが闖入に注目する。

 それは、今の今まで、鬼に纏わる一連の物語に現れたことのない存在。

 雰囲気が違う。作風ノリが違う。別の本の登場人物が突如として紛れ込んだような軽薄な違和感を、古びた外套の上から纏っていた。

 顔は、フードの下に隠れて見えない。


「——何故今、この鬼脈に、鬼でも鬼狩りでもないものが現れる。何者だ」

「おいおい、愚問中の愚問だぜそれは。この格好を見ればわかるだろう?」


 面を秘していたフードが、もったいつけずに脱がれる。

 銀縁の眼鏡。嘘っぽい笑み。二つに結わえた長い黒髪。


「不幸の側に佇むもの。不公平に肩入れするもの。世界はそれを、【魔女】と呼ぶ」


 そのように、彼女は名乗った。

 ——凪波智悟の仮装をし、凪波智悟の主義を実行する——【万能にして未熟の魔女】に扮した役者、

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