魔女は熱意を受け流す
「…………成程、そうか」
これには、さしもの魔女とて頷く他ない。彼女は神妙に、すべて合点がいったという態度でこう返した。
「新しい脚本のネタか。既に相当仕上がってるな。まるで本当かと思ったよ、愛理咲。そのセリフで世界を取ろう」
ぱち、ぱち、ぱち。
おとなしめ拍手を全部浴び終えてから、「違くて」と愛里咲は訂正する。
「驚けなみちー。これ、マジです。私ね、っこ、ここっこ……こ、いっ! 恋ッてやつを、しちゃってるみたいなんだぜこれがっ! うひー言っちゃったぁ! こんな濃密な変化しちゃったら、私の演技も経験値爆上がりでレベルアップ待ったなし、役者としても超進化間違いなしって思わないっ!?」
「はーふん。もぐもぐ」
「待って。もぐもぐタイム一旦即刻中止。受け止めて受け止めて。私が勇気炸裂させた打ち明けを」
智悟の様子には【お話の途中ですが失礼します】といった気負いは無い。むしろ【申し訳ありませんが
「すまない、たわけた言葉のあまり脳が糖分を求めてしまった。だがこうして落ち着けば簡単だ。甘いね愛理咲、騙されまいよ。あの演劇馬鹿、いや失礼、青春の方向音痴こと有坂愛理咲が、そんな真っ当なアオハルイベントに突入するわけないだろう? ははははは」
あんまりな言い振りだが、その言い草に反論の余地が無いのもまた事実。
有坂愛理咲といえば、同年代の少女たちが心血を費やしてきた桃色行事に真っ向背を向け、自分のやりたいことだけをひたすらに追いかけてきた寄り道なしの特急列車だ。
その事実は、他ならぬ智悟……幼馴染みで相棒にこそ、シラを切れようはずがない。
有坂愛里咲は、恋知らぬ少女。
……けれど、それは、つい最近までの話。
「————そ」
愛理咲が、歯切れ悪く口ごもる。
口ごもりながらも……必死で、実直に、反論する。
「そ、そんな、こと、自分でも、ううん、自分が一番、わかってるよぅ……。変だよね、おかしいよね、笑っちゃうよね、でもさ、でもさでもさ、す、好きになっちゃったもんは、しょうがないじゃんかよぅ……」
……得てしてこの世は、わかっているつもりのことほどわかっていない。
そして、何かを好きになることなんて——外から来るものなんて、言うに及ばず。
智悟はふう、と息を吐き、眼鏡の奥の目を凝らして、改めて親愛なる友人を見つめる。
真っ直ぐに語り、恥ずかしがりながらも自らの気持ちを否定しなかった、親友の瞳を。
「肝心なことを聞いていなかったね。誰なんだい、亜理紗にそんな可愛い顔をさせる人物は」
ずい、と顔が寄せられて、鼻先が触れ合うほどに近づく。
先ほど自分であんなにも、体育館で武道場で青春の汗を流す男子に女子に大盤振る舞いで届くほどの大声で宣言したにも関わらず、彼女はその最後の一線を、再びの発言を、消え入りそうな囁き声の真っ赤な顔で、目線を反らして口にした。
「
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