Girl’s/Slash/Egoism 負けヒロインな有坂愛里咲はいかにして108人の恋敵の成立フラグをブチ折ることに決めたのか
殻半ひよこ
芝居少女は六月の炎天下に初恋を叫ぶ
〈①〉
「『この世に、物好きではないものなどいると思うか?』」
開幕は毎週月・水・金。
私立
場所は、二つの校舎の二階を繋ぐ屋外渡り廊下。大仰に身を振り手を振る少女のリボンの色は二年の藍。ブレザーの襟には普通科の校章。髪型は癖っ毛のショートボブ。
現在——演劇部なき学校にて、恒例となった一人芝居の真っ最中。
「『まさか、まさか! 人は誰しも一人残らず物好きだ! 俺も、君もね!』」
格式高く、“恵まれた者”特有の恐れ知らずな大胆さを隠しもしていない、そういう人間へなりきっている。
少女の斜め前に位置する簡素なめくりは、上演中の話が【ロンディナム侯の奇異なる購入】だと告げている。珍品蒐集家である侯爵が旅商人から“売り物にならないもの”を買い上げようとする様を描いた、一公演五分程度の
変人侯爵の瑞々しい奇態、生き生きとした詭弁を存分に笑い飛ばして楽しむコメディ……なれども、客の集まりは、著しく悪い。
それもそのはず。
彼女が【一人芝居の舞台をやる】と許可をいただいた屋外渡り廊下は、通過するだけならまだしも、足を止めて腰を据えるには環境がよろしくない。とくにこう晴れ渡った炎天下には、25メートル先の空調がよく効いた校舎内へ避難したくなって当然だ。
かくして観客は素通りす。幻想に落ちるにしても寝苦しき灼熱の炎天下、真夏の昼の夢を見るために、ベッドへ潜れるものは無し。
——ただ一人を除いて。
「…………ふむ」
いかにも高価そうな刺繍ハンカチを惜しみなく尻の下へ敷き、黒の日傘を差した少女が、アンダーリムの銀縁眼鏡の奥から芝居少女を見据えている。
絵面の奇妙さは二点。熱心な視線は正面からではなく真横……舞台袖の方向から向けられていることと、今吹き抜けた風にボリュームあるツインテールが踊ったものの、一服の清涼からありがたさなど感じることもないように、白い肌に汗の玉のひとつも浮かんでいないこと。
「『誰もが要らないものだろうと、誰かが欲することもある! むしろ、誰にも欲されないようなものこそが、俺は愛おしくてたまらないんだ! 今回は、そう——これを貰おうじゃあないか!』」
ロンディナム侯が指を差し——そして、残心めいた間を置いて、姿勢が直った。
表情が直った。
雰囲気が直った。
そこにいるのは、珍品蒐集家の変人侯爵ではなく——九十九ヶ丘高校二年生の少女になっていた。
「——以上、【ロンディナム侯の奇異なる購入】でした! 演じさせていただきましたのは普通科二年
元気よく挨拶した後、彼女はあさっての方向に笑顔で手を振る。
さながら、劇場の二階席などに挨拶するように……西校舎や東校舎の窓や屋上、見下ろせる一階に向けて、もしも遠くから見てくれていた人がいたら、精一杯応えられるようにと。
——無論。
今回も、そんな相手はいなかったのだが。
しかし、それでも、だとしても、その表情はいささかも曇らない。
「よし撤収っ! 行こ、なみちー!」
「はいはい。で、いつものとこかい」
「いえすざっつらいっ!」
ひと芝居終えたら速やかに撤収。それがこの場所での一人芝居許可を得る際に結んだ約束事でもある。
唯一の荷物といえる大道具、自作のめくりを分割解体して二人で分担、小脇に抱えて、「廊下は走らない」の校則に抵触しない程度の早さで移動を始める。
向かうは定番、体育館と武道場の隙間であり、そこでようやく、芝居少女……愛里咲の腹が鳴り、「おぅ」と恥ずかしげに手を当てられる。
「お疲れさま、愛理咲。ほら」
「わ! ありがとなみちー!」
眼鏡少女が開演前に預かっていた、購買部の人気商品【秘伝ソースと焼きたてパンのハムカツサンド】を返却すると、彼女はすぐさま階段に腰掛け、消費した分+午後をがんばるための必須カロリー補給へ取り掛かる。豪快に、猛獣のごとく。
それに対し、眼鏡少女は簡素で控えめなものだ。四つ一セットな菓子パンを、ゆったりとしたペースでもぐ、もぐ、と食べる。
ただし。
ふいに口から飛び出た言葉の破壊力は、その控えめさに比例しない。
「それにしても、たいそう空振りしたねえ、愛里咲」
「むぐっ」
パンも喉に詰まる痛恨の指摘。
水筒から注いだお茶で辛くも窮地を脱するが、その間にも追撃は止まらない。
「ロケーションが観劇に向かないのは百も承知な前提だけど、それにしたって大概だよ。事前の周知は学内掲示板やチラシ配りに放送部への懇願で行い、今回はそれを見て来たであろう生徒が三人、それ以外の通りすがりが十五人だったが、見事に誰も最後まで足を止めなかったなあ。恒例を超えて環境音、声はデカくてよく通るが工事の音と変わらない扱いだ」
要するに『我慢してまで見る価値はないし、昼休みを注ぐ程興味も引かない』と言外に、だがこの上なくハッキリと、観客に示されたに等しい。
しかし、本当に恐ろしいのは、こんなことをオブラートに一切包まず言ってのけたこの少女であることもまた、言うまでもない。
銀縁眼鏡ツインテールといういかにも可愛らしい外見とは裏腹に、聞けばやられる呪いの言葉を、親しいものにほど遠慮なく吐き散らす彼女の名を、
有坂愛里咲の親友であり、その目標である【人の運命を変えるスーパー役者】を目指す活動を無償かつ面白半分、否、“面白全部”でサポートする相棒は、時にこんな風にも呼ばれる。
【魔女】と。
「ぐうううう、ず、図星が、図星が痛い……っ!」
「これは失礼。手加減しようか?」
「いりません……! いりませんけど、慰めはちょうだい……っ!」
愛里咲が頭を差し出せば、『よしよし』と撫でられる。
「まあ、マンネリなんだな、要するに。君の芝居は脚本も演技も我流だし、率直に言って停滞が著しい。必要なのは抜本的な根底からの変化、差し当たって打破の手段は二つだね。本を変えるか、君が変わるか、どちらがいい?」
提唱されたのは、夢を掴むための現実……厳しい言葉だ。普段の愛里咲であれば、ナキウサギめいた鳴き声をあげて困窮必至な課題の突きつけ。
……しかし。
今日は、違った。
「……ふっふっふ。なぁんだ、そんなことでいいのかい。ご安心めされよ、なみちー。それなら、今まさに進行中だぜ」
瞳に浮かぶ確信・自信の得意げ顔。幼稚園からの幼馴染み関係でも類を見ない反応であり、智悟の口からも「その心や、いかに」の問いが弾んだ声色で投げられ、愛里咲がおもむろに弁当箱を横へ置く。
彼女はそのまま数歩歩くと、振り返り、親友へニヤリとした笑みを浮かべ——
吠えた。
「好きな! 人がッ! 出来、ま、したァーーーーーーーーッ!」
炎天下は人の気力を削ぐ。
……けれど。
六月末の夏空には、少女のシャウトがバチクソ
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