もしかして:私サブヒロイン

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 日向志央ひゅうがしお

 九十九ヶ丘高校普通科、二年三組。試験での順位は上位グループやや真ん中。昼はもっぱら購買か学食、お気に入りは特製厚切りハムカツサンド。


 身長は遠くからでも目に留まる180cm強。半袖の夏服になって露出している腕は鍛えられた引き締まり方をしているが、部活動や委員会の類には無所属。放課後はぶらぶら校内を冷やかしていることもあれば、帰りのHRが終わった直後に飛び出していくことも多いとか。

 バイトの許可をもらっているという話も特には聞かず、今年から一緒になったクラスメイトの所見は以下の通り。

 

『真面目だが堅物でもなく洒落も分かって話しやすいが、放課後や休日なんか自分の時間をどう使っているのかがいまいちよくわからないヤツ』。


「はぁ……。愛理咲が惚れたのが、よりにもよってあの日向とは」


 放課後。

 本人を確認すべく、九十九ヶ丘高校正門を見張る校庭の桜の木の陰で、智悟が溜め息をつく。


「えっ、あれっ!? なみちー、日向くんのこと知ってるの!?」

「ああ。愛理咲と学校が別だった痛恨の暗黒期、中学時代のクラスメイトさ。一緒に学級委員を務めたこともあった——ふふ、ああ、もう。思い出したくない思い出だとも」


 なんと。予期せぬ情報源の到来に、愛理咲が色めき立ちかけた……その時だった。


「——あっ! き、来た来た来た来た来た来た来たっ!」


 対象が姿を表す。

 切れ長の目やデフォルトの表情のぶっきらぼうさ、体格の立派さも相俟ってややもすれば近寄り難い雰囲気を纏いがちなところもあるが、恋の前にはそのようなことは一切関係ないとばかりに愛里咲は語尾上がりの声を発する。

 

 開襟シャツの第一ボタンを外しているのは、放課後の開放感となお絶好調の熱気故だろう。午後四時前など六月にあっては夕方というより真昼同然、落ち着くところを見せない日差しにうんざりするのと「これぞ夏だ」と歯応えを感じているのが半々に混じった表情で、学校指定の鞄を持った手を担ぐように肩で支え、有坂愛里咲の想い人……日向志央が歩いていた。

 

「すげえ……すげえよ……歩いてる……日向くんが歩いてる……う、う、うなじが見えちゃってるぅ……尊いぃ……ひゅわああああ……」

「……愛理咲。どうしてあの朴念仁にそこまで、とか、いつの間にそんなことになってしまったのか、なんて野暮を聞くまい。


 愛理咲は眉をひそめかけ、すんでのところで思い直った。


「ねえ、なみちー。結局、どういうことなわけ?」


 先刻、「恋した発言」をした昼休み、体育館と武道場の間にいた時。

 愛理咲の想い人の名を聞いた智里は、複雑な表情をしたのちにこう言っていた。


『本当にこのまま、有坂愛里咲は日向志央に恋していくのか、確かめにいこう』と。

 それが今、こうして二人で彼の尾行に至った経緯である。


「確かめるって、何を? それに、日向くんの後を尾けるって、本当にいいのかな……?」


 質問に対し、凪波智悟は口を閉じる。そして、言葉以外の使い道をもって返答とする。

 智悟は、自分より背伸び分ほど背の低い愛里咲の、その右瞼の上に——優しく、一瞬の、キスをした。


「…………? なみちー?」

「すまないね、急に。あれの状況をきちんと見通すには、眉唾をしておかないと、ね。普段は気づかないように、色々な閲覧制限フィルターが貼られているから」


 奇抜には慣れているし、相棒のことはよくわかっている。

 こういう場合、愛理咲は智悟の行動を、余計な問いも疑いもしないで受け入れる。そうしよう、と決めている。


 有坂愛里咲が凪波智里を信じることに理由はいらない。

 初めて出会った、幼稚園の頃から。


「ん、わかった。よく見る!」

「では、行こうか」


 運動部の友人なんかと挨拶を交わして、日向志央が校門をくぐる。二人も十分な距離を開けてその後を尾ける

 何気ない道を歩き。変哲もない角を曲がり。

 は、呆気なく訪れた。


「たーいーーちょぉーーーーーーーーっ!」


 およそ完璧な奇襲。

 それは突如として頭上、塀の上から、捕食者の勢いで日向へ飛び掛かった。

「おわぁぁぁぁぁああっ!?」と悲鳴が上がり、縺れ、倒れ——かくして馬乗り、一丁上がり。


「にゃっはははは、何してんすか奇遇っすね! おれ!? おれは勿論、はい、正義をやってましたっ! ほらここ、佐藤のばあちゃんち、でっかい木があるじゃないですか! 枝が伸び過ぎちまって大変だって、業者さんも予約が一杯だってんで、そんなら一丁一肌脱ぐかと! 俺がやらねば誰がやると! ちょっきんしていた次第ですっ!」


 学校指定の赤ジャージを着て、その腰には、手製感丸出しの特撮ヒーロー的ベルト。

 見るからにパンチのきいた有様で、変身ポーズめいた仕草をした後に、肩から肘、肘から手、手から指の先までも意思の通った敬礼を、自分の尻で腹を潰している日向志央に、太陽もかくやの笑顔と同時にかました——のと同時に、その胸部が、荒々しく主張した。

 目算140cm弱の小柄、引き締まった肉体に、暴力的と呼ぶ他に無い乳だった。


「……何してんすか、と言われたら。平和に下校中だ、と答える状況だったんだが」


 苦悶と呆れの混じった顔で、日向は馬乗りのジャージ女子の、その太腿を指で突く。


「そういう俺ののんびりに、いっつも賑やか運んでくるよな、#燃義(もゆるぎ)。太陽が降ってきたかと思った」

「ぴひゃっ!? そ、そ、そんな褒めないでくださいよ隊長、照れるじゃないっすか……!」

「ぐふっ。身ぃ捩る前にまずは退こうな、腹、腹ガチにヤバいから……潰れるから……」


 尻が浮き、日向は窮地を脱する。本気のトーンで注意が飛び、ジャージ女子が高速ししおどしめいて頭を下げる——その光景を見れば、誰もがすぐにわかるだろう。

 二人の間にある気安さ、仲睦まじき関係性が。


「あ、あ、あわ、あわ、あわわわわ……」


 ——なので。

 それらのやり取りを遠巻きに目撃してしまった愛理咲は、泡吹く寸前の狼狽で志央たちを指差しつつ、藁に縋りつく必死さで後ろにいる智里を見た。

 さもありなん。世の女子には標準装備として、特定対象周囲の人間関係、そこにあるラブちからを計測する機能が備わっているのは周知の事実。

 その感覚センスがあらん限りに告げている。


 どうにもならない。

 あれは、メインヒロインだ。



 

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