恋敵ワンハンドレッドエイト
「ほらほら。ぼーっとしない、目を逸らさない。次の客がお着きだよ」
「あ、お、おうさ……っ!」
愛里咲は混乱冷めやらぬまま、促された通りに視線を戻す。
『おお。これはこれは、奇遇ですな、主君殿』
がしょん、がしょん、がしょん。
普通の女子高生が平凡に生きる上でまず聞き慣れない音を伴って、それはやってきた。
身の丈、実に
『御学友に御客人も御一緒とは。此処で会ったも何かの縁、取り出しますは当家秘伝の握り飯。どうぞお召し上がりなさいませ。美味いですぞ、
腰に提げていた包みを開けば、そこには夏場の持ち歩きでも安心、保冷剤にて冷やされた小さな漆器。蓋を取ろうとした侍甲冑を、しかし、日向は制する。
「待った。そういうことなら、
『い……いえいえ! 本日の務めならば先程終わらせ、後任へと引き継いだところにて!』
「あいよ。それじゃ行こうぜ。皆でよ」
行こう行こう、と歩き出す日向たち。
いやついて行けんのですが、と表情で訴えるのは、彼らを遠くから眺める愛理咲だ。彼女の目線は、さらっと日向一行に加わり町角を歩く侍甲冑……継ぎ目は覆われ中が見えず、頭部にも面を付けていて顔が窺えない……と智悟の間を、何度も何度も往復する。
「かの御仁は、
今度は、愛里咲がおもしろリアクションを取るより早かった。
日向一行の向かう先、中空の空間にヒビが入ったかと思うと、ガラスのように割れ、向こう側からそれが飛び込んできた。
「ふん、相変わらずゴミゴミしたトコロね。マナも薄くて、身体が重いったらありゃしないわ」
絵に描いたような、という表現こそ相応しい。
それは、甘くて、可愛くて、ふわふわしていて、ときめくもの。大人も子供も隔たりなく、うららかな日曜の朝に見る、とびきりの
誰もが一目でそうとわかる、“魔法少女”だった。
「やっほー、ヒューガシオ! 世界にアタシが足りなくて、イマイチときめけなかったでしょ? 来てあげたから夢見なさい!」
「……夢見てんのかと思ってるトコロ。次元の壁って、こんなホイホイ渡るのダメじゃなかった? あれだけ必死になって、俺とお前で苦労して閉じたはずなんだけど」
「はぁぁ? なにふっるいユメ見てんだか。そんなゲンジツ、もうとっくに超えちゃった! ってわけで、これからはもっと気軽に会いにくるから! 嬉しいでしょ? 楽しみでしょ? ふふ、アンタのお願いヒトリジメね!」
「はいはい、楽しみでございますよ、皇女様。でも、ちゃんと覚えとけよ。お前がもし、前みたいにみんなのユメを自分の道具にしようとしたら……また俺のほうから、魔法の国でも世界の果てでも、叱りつけにいくからな。ロロイア・ニル・ティアナ・リーベル」
考えることがありすぎると、言葉はつっかえるし、リアクションも取れない。
愛里咲が次の一言を喋るには、日向一行が歩いていき、見えなくなってからだった。
「な、な、なみ、なみ、なみなみちー」
「五人か。いや、今日は随分と——少なくてよかったねえ」
「……ん、んんん? え?」
「高校二年生現在、日向志央には既に、108人のシナリオ攻略され済みヒロインがいる。好感度はもれなくカンスト、彼女らは総じて彼の最愛の座を狙っているのだが……まあ、幸いにというか、まだ特定の誰かと結ばれている、という状況ではないね。なにしろ当の本人が、そういう感情に疎くって」
思考が再び、処理不可能な情報でつっかえる。
困惑する友人に、日向志央とは中学の頃からの付き合い——凪波智悟が、先程、保留にしたままだったことを尋ねる。
「さて、愛理咲。恋愛とは戦いで、戦況は余りに不利だ。勝負は既に、始まる前から決まっていると言っても過言ではない。それでも君は、やはり——日向志央に恋をするかな?」
遠くでカラスが鳴いている。
芝居鍛錬で培った肺活量のすべてを、あらん限り用い……恋愛初心者の現状把握が、六月の夏空をふたたび激しくつんざいた。
「恋敵、ソシャゲくらいおるんだがーーーーーーーーーっ!」
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