5.下宿で推理合戦
第10話 下宿で推理合戦―伊丹五月の推理
「さっきも言った通り、沢村会長は容疑者から外しますね」
そう言いながら河合はボールペンで沢村会長の部分を何度もぐちゃぐちゃに塗りつぶした。黒い雲のようなものがそこには出来上がった。よっぽどさっきの写真が頭に来たのだろう。劇物を見て記憶を消せないことに対する怒りがその動きからは読み取れた。
僕はセクハラ行為になるかもしれないが、河合に写真を見たときの胸の内を語った。誰かに語らないと何かが壊れそうな気がしたのだ。
「知り合い同士の性交シーンって初めて見たんだけど、エロさより嫌悪感が沸き立つんだな…僕が経験無いからなのかもしれんが…」
「えっ先輩ドーテーなんですか!!?」
河合は驚いている様子だった。少しして続けてこう言った。
「はあ、だからこんだけ私が近くにいても襲ってこないんだ」
河合は表情を変え、にやけ顔になっていた。顔が近い。
「それとこれとは違うよ…河合は僕のタイプじゃないんだ…」
河合の顔から逃れてそう言った。
「そういや、先輩って私以外の女子とあんまりしゃべりませんよね。じゃあ、私は親友みたいなポジションってことですか」
「そ…そうだ、多分…」
「へえ…」
「僕の話はもういいから!それより容疑者は2人に絞られたわけだから、推理してくれよ…」
「いや、まず先輩の推理から私は聞きたいです。だって、私一条先輩のことは全然知らないんで。後、沢村会長が撮った映画のこともよく知らないし」
「まじか…」
僕は気が乗らないが、確かに彼女の言う通りなので、先に推理をすることにした。推理材料はいっぱいあるし。
そして、十数分間思考を巡らせた僕は推理を始めた。
僕の下宿で僕と彼女の推理合戦が始まったのである。
「じゃあ、まず動機からだ。僕が思うに、この犯人の動機は告発だと思う」
「告発ですか?」
わざとらしく首を傾げる河合。
「そう、告発。具体的に言えば、”山本さんの性被害の告発”だ」
「確かにどの写真も嫌がってましたもんね絶対、山本さん」
河合の表情に怒りが見えた。
「このことから考えられるのは山本さんが”意図せぬ濡れ場撮影”を行われていたことだ。僕たち制作スタッフに渡された脚本には濡れ場なんか無かった。ヒロインの初体験を匂わせる台詞はあったが、あくまで台詞だけだったんだ。そして、なぜ今なのかはわからないが、制作スタッフの誰かが彼女の性被害を僕に告発しようとしている」
「意図せぬ濡れ場撮影か…最悪な話ですね…おぇー」
「僕はこの濡れ場の撮影に呼ばれてなかった。それは当時、僕が沢村会長とそんなに仲が良いわけではなかったのと、僕は音声担当だったのだが、マイクを取っている時にお腹の音を鳴らしたり、タッチノイズを鳴らしたり、色々ヘマをやらかしていたので信用されていなかったのだろう。まあ、何よりも僕が山本さんとサークルの同期かつ同じ学部でそこそこ仲が良かったのも関係しているだろう。僕が居ると彼女は絶対この撮影を拒否するだろうし…そういや東条も撮影中に照明を担当していたけど色々とやらかしていたし信頼関係という点では僕と同じくらいかな…」
「そう考えると…やっぱり怪しいのは一条先輩ですね」
「そう、それを言おうとしていた。一条先輩は、当時2回生で前年に1年間沢村会長と一緒に切磋琢磨して映画制作に携わってきた仲間だ。沢村会長からの信頼がある。一条先輩は大人しかったが、なぜか意外と沢村会長と馬が合っていた覚えがある。あくまで去年の話ではあるが」
「へえ…上映会後の沢村会長の言動的に今では犬猿の仲って感じでしたけどそうだったんだ」
「そして、この数十枚の写真を見て欲しい。気が乗らないなら見なくて良いが」
「もう何回も見てるので、目が慣れてきたから大丈夫ですよ」
そう言いながら河合は僕のパソコンに顔をぐっと近づけた。
「この写真群は被写界深度と画質から言って、一眼レフカメラで撮った可能性が高い」
「なるほど。ピンボケ具合が確かにスマホのそれとは違いますね」
「そして、この写真は撮影技術が高い。照明が少ないのに画面全体を明るくできるISO値を上げたとき素人がやらかすと出るノイズが無いし、かと言ってこんなに綺麗に静止画が切り抜けるのだから、シャッタースピードも正確だ。なのにきちんと明るくピントが合っている。映画撮影は24FPSが主流だ。現にこの沢村会長の映画も撮影の様子を見学していたとき24FPSで撮っていた。シャッタースピードは高いほど画面は暗くなるが、一方でFPSよりも低いシャッタースピードを設定するとカクカクした映像になってしまうことが多い。元の映像が残っていないからこの元になった動画自体がちゃんと綺麗に撮れていたかは正確にはわからないが、この写真だけから察するに撮影者はかなりその道のプロだと思われる」
「確かに私も一眼レフカメラ、色々覚えることが多くて未だにうまく使えません。来年までには上手く撮れるようにならないと!」
「それでだ。今の河合のように、サークルに入って半年ぐらいの東条は大学で初めて一眼レフに触れたもんだから、うまく扱えるはずがないんだ。しかし、一方で…もう1人の容疑者である一条先輩は高校生の頃から映画研究部に所属していて、その頃からすでに一眼レフカメラに触れていた。つまりは、沢村先輩の信頼も高く、撮影技術も高い一条先輩が僕は犯人だと思う。一条先輩が僕に何らかの意図を持って、僕の動画を勝手に編集することで、僕がオンラインストレージ内で動画ファイルを見るように誘導し、この画像群を見つけさせたのだろう。山本さんの性被害告発のために、僕だけに対してメッセージを送ったつもりが、河合という部外者も入り込んできてしまったのだが…これは彼も予想していなかったに違いない」
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