【挿話】1フレームに映る君、
1フレームに映る君、
10/28
彼女の命日に僕は彼女の墓に参った。墓の前で彼女が戻ってこない現実を改めて思い知って僕は墓の前で
そんなことがあった後、霊園からの帰りのバスにおいてスマホで某SNSのアプリを開いたとき、偶然、彼女が入っていた自主映画制作サークルの公式アカウントが、彼女が遺書の中で感謝していた”伊丹五月”という名前が書かれた文章をあげていた。その文章には、3日後の10/31に彼の処女作が上映されるという旨も書かれていた。
僕は家に帰って僕の部屋にある彼女の遺品が詰まったダンボールから、彼女が前に自宅マンションで笑いながら
「大学に行って初めて友達ができたかもしれん。学校の学生サイト用の個別パスワードってあるやん。あれを声に出しながら入力してたし、しかも、サークルに自己紹介カードがあるんやけど、誰も他の人は個人情報書いてないのに律儀にメールアドレスも電話番号も書いてるし…色々と抜けてる所があって面白い男の子なんや」
と言いながら、僕に見せてくれた彼の自己紹介カードを探した。
果たして…見つかった。
彼の字は非常に汚かったが、どうにか読み解いた。
そこには、メールアドレスどころか、住所、電話番号、SNSのアカウントIDまで書かれていた。抜けているにも程がある。
彼のSNSアカウントを見ると、パソコンのSSDファイル容量が圧迫されてきていて、某オンラインストレージサービスにDVDに焼く前の動画ファイルをいつも保存しているらしい旨の文章と写真が投稿されていた。そして、『完パケした作品は完成版と書いて保存するのが僕の流儀だ!』とも書かれていた。僕は占めた!と思った。
午後、自宅から5限の授業を受けに京都にある大学に向かう電車内で彼のオンラインストレージのアカウントにアクセスできるか試してみた。彼女の話振りから考えて、少し抜けている彼のパスワードは単純そうだと思ったから試してみたのだ。スマホで前もって撮った彼の自己紹介カードの内容から色々な方法を試して、最終的に彼の誕生日の次に彼の名前のアルファベットを打ったらログインすることができた。大事なデータも入ってるだろうに、本当、何とも抜けている男だ。
なぜ彼のオンラインストレージのアカウントに不正ログインしたかというと、彼の動画ファイルが完成版と書かれたその直後、彼女が生前一番気に入ってて、彼女の遺影にも使った彼の撮ったオフショットの写真をそこに差し込み、彼女の生きた証を残そうと思ったのだ。そういえば、上映会初日はちょうどハロウィンの日だ。なんて良いタイミングだ。
僕は最初はイタズラ心、いや彼女への愛の証明のために彼女が存在したことを示す、ただ、それだけを行うつもりだった…
10/29
今日は、彼がSNS上で使っている動画ソフトを紹介していたので、
10/30
真夜中まで待ったが、この日、彼のSNSを見る限りだと、まだ映画は完成しておらず、完成が待ち遠しかった。
10/31
00:00を過ぎても彼のオンラインストレージ上で動画ファイルが完成版とならない。彼のSNSを見る限りまだ編集に苦戦しているようだ。いつ完成するのだろうか。2時間粘る。すると…完成版の動画ファイルがオンラインストレージ上にあがった。SNSも確認する。彼の文章の投稿は無くなっていた。彼の過去の投稿の傾向から察するに、完成版ができた瞬間は絶対に「できた!」と呟くはずなので、恐らく彼は寝落ちしたのだろう。
僕はすぐに伊丹君の映画の動画ファイルを自分のパソコンにコピペして移動させ、動画ソフトを起動し、彼女の遺影を伊丹君の映画に1フレームだけ挿入した。あくまで、彼の作品を汚すのが目的ではなく、彼女が生きた証を残すためにするから1フレームだけなのだ。彼のことが好きだった彼女も自分が彼の処女作に出演できて嬉しいだろう。
彼女の命日である10/28にちなんで、28:10に遺影は挿入した。それは少女が泣いているシーンでなんとも感動的で良いシーンだった。10:28にしなかったのは、その時間のシーンは殺し屋が悪夢に悩むものであり、彼女の遺影を差し込むには、適さないと思ったからだ。
動画編集に慣れておらず実家にある高性能PCを使ったものの、編集と書き出しに2時間くらいかかった。運良く彼のSNSを見る限り、まだ彼が起きている様子はなかった。スマホに僕の作った動画を移し、彼のオンラインストレージ内に僕の手を加えた『殺し屋と死を望む少女 完成版』をアップロードして彼のファイルの上から上書き保存した。
いよいよ今日の午後上映か。
実を言うと…記念すべき上映1回目は、現場に見に行こうと思っているのだ。
僕は映画の上映が楽しみだった。
彼が『やばい!寝落ちしてた動画をDVDに焼かないと!』という文章をSNS上であげているのを確認して僕は安心して、上映会に備えて仮眠を取った。
ピロンピロンピロンピロンピロンピロンピロンピロンピロンピロンピロンと
通知音を鳴らしたのは、あいつからのメッセージだった。最悪な目覚めだ。
『おい!俺は今月ピンチだから、これらの写真をバラまかれたくなかったら、来月の分の金を前もって出せ』というメッセージと共にいつものごとく、彼女のあられもない姿が写った写真が数十枚送られてきた。
僕はそれを見て舌打ちを鳴らしつつも、ネット銀行で彼に振り込みを行った。
僕の家は大手製薬会社を経営している家系でこんな写真をバラまかれたら、スキャンダルで家庭が今以上に崩壊してしまう可能性もあるのだ。彼女が自殺した際は会社がマスコミに圧力をかけて報道はされなかったものの、僕の祖父である会長から現社長である僕の父は厳しくしかられ、首を切られかけた。なので、彼女の死後、家庭内の雰囲気は最悪となり、彼女は元々いなかった人間として扱われるようになった。だから、常に墓参りをしているのは僕だけなのだ。
だからこそ妹の生きた証を残したい。
僕はふと思った。伊丹君にこの僕が今置かれている事態を解決してもらえるかもしれないと。そして、僕は、彼女のあられもない姿が写った写真群を彼のオンラインストレージ内に”伊丹君へ”というフォルダを作って保存することにした。
彼なら他の人にデータを渡すこともないし、この写真から何かを読み取って沢村一夫を懲らしめてくれる、そう思ったのだ。彼女のそういった写真を他人に共有するのは肉親として少しいたたまれない気持ちにはなったが、現在のこの状況を打破するにはこの手しか無かった。
僕はこれらの写真のどれを見ても彼女が嫌がっているようにしか見えなかった。これはいくら彼らがカップルだったとはいえ、強姦ではないのだろうか。この写真のことが原因で彼女は自殺したのだと僕は考えている。彼女は優しく遺書では死に繋がった出来事に関して詳細は書かなかったので、真実はわからないのだが。
僕は脅されている身分であるので、この写真を用いて沢村の暴走を止めることは難しいが、彼なら止めてくれるかもしれない。
彼のメールアドレスは知っているが、彼はSNS上の情報ではメールを滅多に見ないらしく、すぐに見てくれるであろう動画ファイルのあるオンラインストレージ上にあげることが最適だと思った。あえて文章は残さない。彼女と仲の良かった彼なら、僕が言わんとしていることが写真からわかる、そう思ったからだ。また、文章を残すと、うっかり彼が沢村に話してしまったときなどに僕がその写真を流した犯人だと沢村にバレるリスクが高くなるのもある。彼女のあられもない姿が写った写真だけをアップロードするには少し抵抗があったので、彼が撮ったオフショットの写真も数枚入れて中和しておいた。
上映会直前まだ照明の点いた教室に、伊丹君らしき人が入ってきた。彼女の言っていた通り少し抜けた感じがする。しかし、真面目そうな好青年だ。
電気が消え彼の処女作の上映が始まった。彼の方をたまにちらりと見ることを繰り返していたが、彼はキョロキョロと観客のことばかり見ている様子で、僕が彼女の写真を挿入した映画を全く観ていない様子だった。
やがて、僕が編集して彼女の遺影が1フレームだけ映るシーンが来た。
僕は感激した。1フレームに映る君、わずか19歳で自ら命を断った君、家から居なかったことにされた君、彼氏が乱暴で可哀そうだった君、そんな君がハロウィンの日に死後、彼女の好きだった青年の処女作の映画に出演できた…存在価値を証明できた…なんて良い日だ…
僕の心は幸せで満たされた。あの世にいる彼女も喜んでいるだろう。
彼の作品の上映が終了した。急に電気が点き目がちかちかする。彼の映画に対するアンケート用紙が配られた。名前記入欄(任意)と性別欄と5段階評価と自由記入欄があった。彼の方をまたちらりと一瞥したが、観客をキョロキョロとまだ見ており、彼女の遺影に気付いた様子はやはり無かった。これでは彼女がいたたまれない。僕は彼に彼女の遺影を絶対に見てもらおうと自由記入欄にこう記した。
『映画はアクションも演出もかっこよく、めちゃくちゃおもしろかったのですが、映画内で本編にいない女の子が一瞬映ったんですが、あれは演出ですか?』
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