第12話 下宿で推理合戦―突然の訪問者の推理

「久しぶり。ちょっと今日用事があって訪ねて来たんだ。バイト終わりだからこんな遅い時間になってしまってごめんね」

 下宿のドアを開けると、一条先輩はニッコリ笑顔を作り、手を振りながら中に入ってきた。先輩だし追い返すわけにはいかないし、色々聞きたいことがあったので好都合だった。

「なんですか?用事って僕たち1年以上あってませんよね?」

 僕は浮かんで当然の疑問をぶつけた。

「はは、確かにそうだね…まあ、用事ってのは山本さんのことでだよ」

 僕はその言葉を聞いてゾッと背筋が凍り付くように寒くなった。

 まさか、犯人は僕の予想通り一条先輩なのか?

「…僕は君が悩んでいる事件の犯人を知っているかもしれないんだ」


 僕は一条先輩の言葉を聞いて、一筋の希望が見えた気がした。一条先輩がこの非常にややこしい事件を解決してくれる、そう思えたのだ。


 一条先輩を家に引き入れて、湿布味のジュースをお互い飲みながら、僕と河合の推理合戦をまとめた表を一緒にパソコンで見ていると…

「戻ってきましたよ!」

 と元気な声で手を振って挨拶しながら河合が部屋に入ってきた。

「誰、この?彼女さん」

「「違います!」」

 僕と河合は同時に一条先輩の発言を否定した。僕も河合も共に顔を紅潮こうちょうさせている。

「僕の後輩ですよ。あなたの後輩でもあります」

「ど…どうも一条戻いちじょう れいです…」

 一条さんは握手をしてくれと言わんばかりに手を伸ばした。この人はガチで掴みどころのない人間だ。昔でいう不思議ちゃんというものなのだろうか。

「ああ、この方が一条先輩ですか。誰だぁ!と思って少し驚きました」

 そう言うと、不思議ちゃんが手を伸ばしているのに、こっちの不思議ちゃんは一条先輩の前を素通りして、ローテーブルの前に腰かけた。腰かける際、ふんわりとシャンプーの香りがした。

「もう、23時30分ですよ。早く謎を解きましょうよ!」

 隣の部屋の人に怒られるくらいの大声で河合は叫んだ。…やめてくれ、怒られるのは僕なんだ…と心の中で僕が呟いたのは言うまでもない。


「じゃあ、伊丹君、河合さん、さっき表をざっと見たから、君達の推理を踏まえた僕の推理を話すね」

「ちょっと待ってください。そういや、先輩はどこで山本さんの事件を知ったんですか?」

 僕は先輩が来た時、浮かんだ疑問をぶつけた。

「東条君が教えてくれたんだよ。伊丹君が山本さんの写真を自分の作品内で見つけて、気が気でない様子だって。それで彼は奈良県の実家暮らしじゃない?だから、君の近所に住んでいる僕に励ましに行ってもらうように頼んだわけ。僕と彼は実はね、仲良くて、サークルの皆は知らないかもしれないけど、1カ月に1回は飲みに行ってるんだ」

 それは意外だった。一条先輩は後輩好きなのはわかっていたが、東条と一番仲が良かったとは。

「久々に君に会いたかったのはさっきも言った通り、僕は犯人を知っているかもしれないってことからでもあるね。実を言うと、君たちの推理合戦の表を見てほぼ確信に変わったんだけどね。じゃあ推理を話すよ。僕は、2回生の後半になってインターンシップに行き始めたんだけど、最初に行った出版社のインターンシップで1人の同い年の青年に会ったんだ」

「インターンシップで忙しくて、今年はサークルに全く参加できてないんですか?」

 河合が空気を読まず口を挟んだ。

「違うよ。そうじゃないよ…」

 いつものように朴訥ぼくとつとした表情を浮かべていた一条先輩に一瞬陰りが見えたように感じた。何か事情があるのだろう。

「続きを話すね。インターンシップで会った青年は山本三紀やまもと みつのりって名前でさ。インターンシップ後にチャットアプリで友達登録をして、その後、何回か直接会って、身の上話をちょくちょく話していく内にわかったんだけど、彼は、実は…山本凛子やまもと りんこさんのお兄様だったんだ」

「あの時、山本さんの自殺を僕たちに伝えたお兄さんだったんですか、なるほど…」

「そうだよ、伊丹君。あのお兄さんだ。妹さんも美形だったからかなりイケメンだったな…彼は」

 一条先輩はそう言うと、湿布ジュースを一気に飲み干した。ここから、本題に入るのだろう。

「何を言いたいか皆わかっているだろうけど、僕が

「えぇっ、どういうことですか?」

 と河合は素っ頓狂とんきょうな声をあげた。

「三紀君は、山本さんの遺書に書かれていたことを一部だけだけど、実は僕に教えてくれたんだ。内容はプライバシーもあるし、あんまり詳しくは話さないが、そこには1人のサークル員に対することがたくさん書いてあったんだよ。それは、伊丹君あなたなんだ」

「僕がですか、何で…」

「別に悪口とかではなくてありがとうという気持ちが書かれていたんだ。で、もう一人サークル員で名前が挙がっていたのが沢村だね。沢村に対しては彼女、あんまり好意的でなかったみたいだね。あの遺書の感じからいって…」

「沢村会長が強引に付き合ったって感じでしたもんね。彼女顔には出さなかったけど…」

「沢村はまあ、そういう奴なんだよ。恋に不器用なんだ…」

 一条先輩の顔にまた陰りが見え始めた。さっきより元気がない声で、続けて言葉を発し始めた。

「伊丹君に届いたあの濡れ場の写真たちは君の推理通り僕が撮ったやつなんだ…スタッフは僕1人で一眼レフカメラにマイクをつけてやった。濡れ場の撮影は普通前張りをするんだけど、カップルだから必要ないだろって沢村が言って、僕は了承してしまった…そうしたら、リアルな絵が撮れると僕は思ってもいた…当時の僕はおかしかった。リアルさより倫理観を取るべきだったんだ…撮影前に山本さんが作り笑顔だったことにも気づかなかった。僕が撮影しているとき彼女の顔はひどく苦しそうだったけど、彼女が初体験の痛みの演技をしていると思ったんだ。情けない…しかも、それを撮影している時、官能的で美しいとさえ思ってしまった。最低な奴だよ僕は…」

 一条先輩の発する声はどんどん早くなっていって語調が強くなってきている。自分自身に対する怒りがそこには感じられる。

「当時の僕は、彼女があのシーンを撮られて傷ついているなんて思ってなかったんだ。くそ野郎だよ。本当。彼女は撮影の数日後に亡くなった。明らかにあの撮影が関係していると思う…」

 一条先輩の目には涙が浮かんでいた。

「そういや、君たちの推理には間違いがあったよ。あの動画を消したのは沢村の独断なんだ。その場では消してない、後日消したんだ。理由は『やっぱり過激過ぎるからやめ!』っていう感じ。身勝手過ぎるよ。彼女は撮影直後もニッコリしてた。今思えば、あれも作り笑顔だったんだろうな…彼女の演技を見破れなかった…僕は恥ずべき人間だ…僕はあの撮影のことが後ろめたくて、サークル、特に沢村がいるサークルに居るのが嫌になったんだ。それでサークルを避けてたら沢村とも疎遠になってしまった」

「じゃあ、あの画像データはいつできたんですか?」

 と河合が口を挟んだ。

「あれは…沢村がやったらしいんだ。数十枚、静止画で保存して自分のパソコンに入れたらしい。悪趣味だよね…けどそれを撮ってしまったのは僕だ…」

「あれ?けど、そうだったら、なんで伊丹先輩のオンラインストレージに山本さんのお兄さんがそれらの画像をアップロードできたんですか?後、何でオフショットの写真もお兄さんが持ってたんですか?部外者だから、沢村会長からの信頼も無さそうなのに…」

 河合は一条先輩に首を傾げて疑問を投げかけた。僕は三紀さんがオフショットの写真を持っていた理由に関しては、一条先輩の話からなんとなくわかっていたが、山本さんのあられもない姿が写っている写真をなぜ三紀さんが持っているかはわからなかった。しかし、今のこの瞬間、この場はあくまで先輩の主張の場であり、河合みたくすぐにツッコミを入れるのはやめた。時刻は間もなく00:00になろうとしていた。

「それは今から話すよ。まずはオフショットの写真について。お兄さんは山本さんの死後、彼女のスマホを使って、僕たちにメッセージを送ったんだから、彼女のチャットアプリの履歴も確認できるわけだ。彼女ももちろん沢村の青春映画のグループチャットに参加していたわけで。そこから伊丹君が撮ったオフショットの画像データを抜き取ることはできる。

 次に、濡れ場撮影時の写真について。濡れ場撮影時の写真は沢村が持っていたわけだけど、彼女の死後、彼女のアカウント宛にチャットアプリで大量の写真が送られてきたらしい…」

「えっ、それって…」

 またもや、河合が口を挟もうとしたので、僕は河合の顔の前に手をやって制止した。

「ここに関しては、もちろん僕は山本さんのお兄さんである三紀君から聞いたんだ。僕は卑しい人間だから、その話を聞いたとき、自分がその撮影をした張本人だなんて言えなかった…僕はサークルで撮影監督を主にしていることを話していたから、薄々気付いていたかもしれないけど。山本さんは優しくて僕のことは全く遺書に書いてなくてそれで僕があの写真の撮影者だということを問い詰めることもできなかったのかもしれないね」

 先輩はそう言い終わった後、大きく「フー」っと息を吐いた。長い間あった胸のつかえが漸く下りたのだろう。僕は良いタイミングだと思い、先程から話を聞いて、ちょっと気になったことを話しかけた。

「沢村先輩は何で三紀さんにそんな写真を送り付けたんですか?嫌がらせですか?」

「それはね…伊丹君、お金だよ、お金」

「お金?」

 と河合がまたもや首を傾げて聞いた。

「僕は今サークルにあんまり行ってないから、知らないけど、多分、今現在の沢村のお金の使い方何だかおかしくなっているんではなかろうか?」と一条先輩が聞いた。

「あっ確かに飲み会の時に私の前で沢村会長が「月2でデリへルを呼んでいる」って言ってました」とそれに対し、河合が答える。

「確かに河合の言うように、全然バイトもしてなくてたまに単発バイト行くだけで、実家が太いわけでもない沢村会長がデリへルを月2回呼べる経済状況っておかしいですね」と僕が彼女に続けて言った。

「だろう?それがヒントだ。アイツは山本さんの死を知らされてから数日後くらいから、山本さんのチャットアプリのアカウントに話しかけることで、あろうことか傷心の三紀君に脅しをかけ始めたんだよ。彼女のあられもない姿の写真を使って。これをバラまかれたくなかったら、お金をよこせ、後、今後のためにお前の連絡先も寄越せってね。山本さんはお金持ちだろう?彼女が投身自殺をしたのも自宅のタワーマンションだし。それで、月5万円のお金を請求していたわけだ。5万円は学生にとっては大金だ。奴は半分くらいを君達の話だとデリヘルに使っているみたいだが…その関係は山本さんのスマホを解約した後も、三紀君のチャットアプリのアカウントで続いているみたいで。しかもご丁寧に毎月あのおびただしい量の卑猥な写真を毎回送ってくるんだと」

「いや待ってください!」

 僕は河合が先にしたように一条先輩の話に入り込んだ。

「そんな状況の三紀さんが何でわざわざ僕にその妹のあられもない姿の写真をオンラインストレージ内に勝手に入れたんですか?ちょっとやってることと三紀さんの置かれている状況が嚙み合わないというか…」

 僕の言葉を聞いて、暫し一条先輩は黙った後こう呟いた。

「それは僕にもわからないんだ…三紀君に聞くのも気が引けるし…だってそのことに関して詳しく話したら、僕が彼女の妹の卑猥な姿を撮った張本人だとバレて、僕と彼の関係が崩れる可能性があるんだよ…ただ、もしかしたら、君達の推理通り妹の性被害の告発をしたかったのかもしれないな…遺書で妹に褒められていた信頼のおける君に。彼は非常に真面目だから」

 ただでさえ先程まで元気の無かった一条先輩の声がさらに元気を無くしていた。

「そうですか…」


「話が長くなったね。まあ、僕が君達に言えることは、今のところ。理由は3つある。

 1つ目の理由は、山本さんのあられもない姿の写真を持っていること。

 2つ目の理由は、今は山本さんのスマホは解約しているわけだから、伊丹君のチャットアプリの友達ではないってこと。

 3つ目の理由は、彼女の性被害の告発を行うという動機は考えられること。

 だ。それじゃあ僕が言いたかったことは言えたし帰るよ。バイバイ」

 そう言いながら、一条先輩は玄関に向かった。その背中はなんだか寂しそうだった。ドアを力無く、弱々しく閉める音が部屋に響いた。


 先輩を見送ってから振り返ると、河合がなんだか納得の行かない顔をして腕組みをして立っていた。頬を膨らませてもいる。


「うーん一条先輩の推理、私の推理、伊丹先輩の推理を組み合わせて考えてたんですけど、1つだけわかんないことがあって、何で三紀さんは伊丹先輩がオンラインストレージサービスに動画ファイルを保存していることを知ってたんですかね?」

 それは確かにそうだが…頭の中を巡らせるとその答えは簡単に見つかった。

「僕のSNSアカウントだ…名前も本名だし…動画ファイルをあのオンラインストレージサービスに保存していたことも述べていた…」

「やっぱり先輩のセキュリティ意識ガバガバですね!!」

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