1フレームに映る君、

村田鉄則

1.上映会での事件

第1話 上映会

 学園祭初日、飲み物を買いに東校舎から外に出ると、ステージに立つお笑い芸人が自前のギャグを披露し、目の前に居る観客が盛り上がっていた。

 僕はちらりとその様子を一瞥したが、校舎脇にある自販機で温かいお茶の入ったペットボトルを買うと、すぐに踵を返し校舎に戻った。

 校舎に入り、エレベーターに駆け込むと胸がざわつき始めた。

 いよいよだ。ドキドキしてきた…

 僕の初監督作品である自主制作映画『殺し屋と死を望む少女』が今日この東校舎の1室で初上映されるのだ。

 心臓の鼓動が早まる。

 この作品は、僕が1回生の時、1年を通して何度も頭を抱えて推敲すいこうを繰り返してできた脚本を、2回生の半年間を使って撮った自信作である。

 3階に辿たどり着き、古びたエレベーターのドアがぎこちなく開く。

 エレベーターから一歩足を出した瞬間に声をかけられた。

 「伊丹いたみ先輩!もうちょっとで上映会始まりますよ!!」

 声の主は、後輩の北野きたのだった。そういや、彼が今の時間の受付と上映用のDVDを交換する担当だったか。

「まじか。急ぐわ」

 僕は上映会を行っている大教室の、後方にあるドアを開けて、中に入った。

 まだ上映開始前の休憩時間であり、教室の中は明るかった。

 観客は思ったより入っていた。後方から数えると13人居た。

 僕が観客を数え終わったと同時に、北野が教室前方のドアから入ってきて、僕の作った映画が収録されたDVD-Rを教卓の裏にあるDVD再生機器にれた。

 その後、すぐに北野は教室の電気を消した。

 いよいよか…

 僕の処女作である映画の放映が始まった。

 

 殺し屋が日中の公園で銃を用いて、結婚詐欺師を殺す場面からこの映画は始まる。

 その様子を公園で首を吊ろうとしていた1人の少女が目撃してしまうのだ。

 殺し屋役は北野、少女役も後輩である河合萌かわい もえが演じている。

 何度も演技指導した甲斐かいもあって、2人ともなかなか良い演技をしている。

 少女は、男に自分を殺す依頼を頼む。少女は最愛の彼氏に振られ人生を捨てようとしていたのだ。

 殺し屋は女性と子供は殺したくない。それは、彼自身の経験が関係している。

 娘の誕生日当日、彼が意気揚々とケーキを抱え、家のドアを開けると、リビングで彼の妻と娘が無残な姿で横たわっていたのだ。状況から考えて、彼に対する報復と考えられたが、玄関の鍵はかかっており、家にある窓も全部閉め切ってあり、つまり、現場は密室状態で…結局、犯人はわからなかった。

 中盤になった。殺し屋は少女に生きる希望を与えるために動物園や美術館など様々な場所に連れていった。殺し屋と少女の間にはいつしか友情が芽生え、彼女は生きることを選択した。

 終盤になった。彼女は「なんだかあなたは私のパパみたいだった。今までありがとう」と言い、彼のもとを泣きながら去る。

 その言葉を聞いた瞬間、事態は覆る。

 殺し屋は序盤からずっと、毎日悪夢に悩まされていた。それは、彼の愛した妻が出てくる悪夢だ。彼女は、体全体に黒いもやのかかった輪郭の曖昧な男に銃で殺されている。影男は彼女を銃で打ちながら、ニンマリと不気味な笑みで微笑んでいた。殺し屋のトラウマが夢に反映されているかに思えたが…

 実は違った。

 

 彼の記憶とは違い、実際は自分が殺し屋であることを妻と娘が知ってしまった際に、組織から彼女たちを殺すよう頼まれたのだった。彼はその現実に耐えられなくて記憶を自分の都合の良いように改竄していたのだ。

 銃を向けた際、「パパ!!!」と娘が泣き叫ぶ声が彼の頭に響く。

 殺し屋はうめき声を上げ、自身の蟀谷こめかみに銃を突き付け、涙を流しなら引き金を引く…銃声が響く…


 上映会が終わり、教室の電気が点いた。

 僕は、上映中、観客のことばかり見ていた。彼らの僕の映画に対する反応が気になって仕方がなかったのだ。

 通常は、この後、電気を消したままDVDを入れ替え、他の作品を続けて上映する。しかし、僕がサークルの総会のとき無理を言って、僕の作品の上映直後、数分間だけアンケートを取ってもらうように言ったのだった。僕の意欲作の評価がたいへん気になったのだ。

 北野がアンケートを観客に配り始めている。僕は、またドキドキし始めた。

 数分後、アンケートが回収された。アンケート回収後、数人は上映会から出ていったが、他の人たちは続けて別の作品を見るらしく、残っていた。

 僕は、教室の前方に移動して、北野が持っているアンケート用紙の束を受け取り、すぐに教室を出た。

 僕が教室を出た瞬間、電気が消えた。

 わがままを言って自分のためだけに時間を皆にとってもらい、なんだかちょっとだけ申し訳ない気分になった。

 受付の椅子に座り、僕はアンケートを読み始めた。

 アンケート用紙に書かれていた評価は好評が多く、どんでん返しに驚いたという感想が多かった。中には、某映画に似ているというもっともな批判もあった。僕はその映画のオマージュのつもりで脚本を書いたのだから当たっているので、少し「ウッ」となりつつも同時にちょっとにっこりした。

 微笑みながら、アンケート用紙を眺めていくと早いもので最後の1枚になった。

 僕は、それを読み、顔から…笑顔が消えた。

 そこには、こう書かれていた。


 『映画はアクションも演出もかっこよく、めちゃくちゃおもしろかったのですが、映画内で本編にいない女の子が一瞬映ったんですが、あれは演出ですか?』

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