第16話 犯人との対話
「なんで、一条と伊丹と河合と、後誰か知らん奴と俺が同じ部屋に閉じ込められなきゃいけないんだよ!」
沢村会長は眉間に
「沢村…お前も今から話すことに関係しているんだよ」
一条先輩が目元を陰らせながら、子供をあやすように平坦な口調でそう言った。
「ええっと…つまり、
陰鬱な雰囲気の教室に場違い感のある河合のゆるキャラみたいな高い声が響いた。
その言葉を聞いたとき、沢村会長の顔から血の気が引くのが見えた。
「三紀だと…三紀って山本の兄の…」
「沢村会長が山本さんのあr…」
河合が話しそうとしたが、彼女の口を抑えた。今ここで余計なことを言われても困る。僕は沢村会長を鋭い眼で睨みながら話を始めた。沢村会長の顔はまだ青ざめていた。
「そう、その三紀さんです。沢村会長がお金を脅して取っている…」
「三紀、てめえ、伊丹に言いやがったのか!!」
三紀さんは怯えながら、首を振った。
「いや、沢村会長、僕に対して三紀さんは言ってません。ただ、一条先輩に対しては三紀さんはそのことを言ってました。しかし、一条先輩は告発はしなかった…そうですよね、一条先輩?」
僕は一条先輩の方に顔を向けた。先程「全部話す」と一条先輩は言っていたので、ここからは彼が話した方が良いと思ったのだ。
一条先輩は暫し黙った後、ゆっくりと重い口を開け語り始めた。
「…三紀君、君が沢村から脅しでもらっていた写真は全て実は僕が撮ったものだったんだ。正確には僕の動画から沢村が抜き取ったものなんだけども…結局僕が撮ったのには変わりない…」
その言葉を聞いた三紀さんの顔に驚愕と同時に動揺している様子が見て取れた。一条先輩は話を続けた。
「だから、僕は、言ってしまえば、加害者側の人間なんだ…だから、君から彼女の写真を使って沢村から脅されていることを相談されたときも、それを告発することはできなかった…告発したら僕にも何らかの形で罪が問われる可能性もあるし…僕の数少ない友人である君と別れたくないがためでもある…それで、あのとき、あの場所で、ちゃんと話し合うことを放棄してしまったんだ…ごめん…本当僕は情けない…君に自分が写真を撮った人間だということも話そうとしなかったし…僕は性格が醜くて、卑しい人間だ」
一条先輩は目元を潤わせ、鼻水を垂らし、身体を震わせながらそう言った。
三紀さんは依然驚愕と動揺の混ざった表情を浮かべている。
「三紀さん、一条先輩は複雑な心境だったんです…一条先輩の罪は許されることではないですが…それだけはわかってください…」
僕はそう三紀さんの方を向いて言った。
「ってかよ、なんか反省してますアピールしてるけど、お前が撮影さえしなかったら、俺はこいつに脅さなくて済んだんだぜ?事の発端はお前じゃないかよ」
黙っていた沢村会長が急に声を出した。しかも、責任転嫁をしている。つくづく最悪な人だ。
そう思った時、急に沢村会長が上体を崩した。
驚いた僕が眺めると、僕の後ろに居たはずの河合がいつの間にやら沢村会長の顔面を思いっきり殴っていた。河合はもう一発顔面を殴りながら、こう大声で叫んだ。いつもと違い、その声は低く荒々しかった。
「会長!!前から思ってたけどきめえんだよ!!セクハラもするし、失言だらけだし、後輩をこき使うし、挙句の果てにに、責任転嫁?元々山本さんの濡れ場を撮影しようと決めたのはてめえだろうが?」
その表情は獅子のようで、いつもの河合と違っていた。いや、常に河合はキャラを演じているように感じていたので、こっちがまさか…本当の河合?
河合は何度も沢村会長の顔を往復ビンタし始めた。さすがに傷害事件になってもまずいので僕は彼女の両腋を掴み、暴走を抑えた。
僕も沢村会長を殴りたかったので、彼女のおかげで気持ちが少しスッキリした。
「先輩、女の子に許可なくボディタッチするのはだめですよ!」
僕の胸元にある顔を河合はこちらの方に向けてそう言った。
いつの間にやら、いつもの河合に戻った…
沢村会長は彼女のパンチが強烈だったのか気を失っていた。
気を取り直し、僕は話をまた始めた。
「話を戻しましょう。一条先輩は許されないことをして、その罪を問われないために、友情のために、彼女がされたこと、沢村会長がしたことを告発しなかった。それで、代わりに僕に告発をしてもらいたかったのか、三紀さん、あなたはあの大量の写真を僕に送ってきた。僕の撮ったオフショットの写真も入れて…僕はそれがよくわからないんです。妹のあられもない姿が写った写真を普通、他人に送りますか?いくら、遺書で何度も感謝の言葉を述べられていた人間に対してといっても」
三紀さんはゴクリと唾を喉に落とし込んでから、口を開けた。
「ぼ…僕は、彼女のあんな卑猥な写真を送るのは
「中和?」
僕は思わず素っ頓狂な声を上げた。
「中和です。確かにあの卑猥な写真たちは肉親の僕は見るのも嫌な写真ですが、彼女の生きた証、生の象徴ではあると思うんです。そして、君の撮ったオフショットの写真もまた、彼女の生きた証、生の象徴です。それら2つの相反する生きた証を混ぜることで彼女の人間としての本質を再現しつつ、中和できると思ったのです。あのフォルダを自分のPCで完成させたとき、少し満足感がありました。
僕の家は厳しく彼女が自死したことは恥ずべきこととされています。絶対に恥ずべきことではないと思うのですが。つまり、僕は、無言の告発をしつつ、彼女の生きた証を君のオンラインストレージ内に残したんです。
写真だけなのは、僕が君にデータを渡したことが沢村にバレにくいというのもありますし、君なら僕の意図がわかる、そう思ったからです。告発という意図は伝わったみたいで良かったです」
「なるほど…」
僕は頷きながらそう言ったが、内心では意味がよくわかっていなかった。まるで奇書の文章を読んでいる気分だった。
話を続ける。
「ってことは、三紀さんが僕の映画に山本さんの写真を挿入したのもその、彼女の生きた証を示すためなんですか?」
僕がそう聞くと、三紀さんは口角をニンマリと上げた。
「さすが、彼女に気に入られていただけはありますね。そうです。僕は自分以外の人々が彼女の記憶を失っていくのが嫌だった。皮肉なことに沢村ぐらいでしたから、僕の周りで彼女の話をよくするのは。一条は彼女の話になると、はぐらかしてあんまり話しませんでしたからね。その理由は今日分かったわけですが…」
三紀さんの声は異常に明るかった。
その様子を見て一条先輩は気まずそうな顔で俯いていた。三紀さんは話を続ける。
「伊丹君は最初の上映の時、ちゃんと僕の演出を見てくれなかったから、すこし怒りを込めてあのアンケートに書き殴ったんですよ、嘘の感想を。だって、彼女はあの麗しき遺影でせっかく君の映画に出演できたのに、浮かばれない。そして、今日、あの演出を含んだ映画がまた上映されて僕の気持ちが君に伝わったと感動したんです。実際そうだったんですか?」
「あなたの気持ちは詳しくはわからなかったですが…彼女のことを映画に登場させたかったという気持ちは今朝から薄々気付いてました」
そうである。僕が同じDVD-Rを上映したのはそのことが理由だった。
「なるほど、まあ一部だけでも伝わっていて良かったです。ありがとう」
この事件は三紀さんの感謝の言葉で一旦幕引きを迎えた。
三紀さんは京都駅まで歩いていき、一条先輩もそれについて言った。
三紀さんは
僕は正直、三紀さんが今回の事件で意図していたことは完全には理解できなかった。
そして、何か三紀さんの発言で引っかかることがあったが、思い出せない。
僕が頭の中で記憶を巡らせていると、河合が僕の肩を叩いた。
「伊丹先輩、そういえば、1つ気になることがあったんですけど、なんで、三紀さんは山本さんを呼ぶとき、妹じゃなくてずっと彼女と言ってたんでしょう?」
河合が言ったそのことこそ僕が引っかかったことだった…
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