第3話

「アル、またベアトリクスと二人で剣士ごっこか?」


 剣士ごっこを終えた二人に声を掛けてきた筋肉質の大男は、ベアトリクスの父親のパウルだ。パウルは元Bランクの冒険者で結構有名だったらしい。今はベアトリクスが生まれて冒険者を引退し、冒険者ギルドで指導官として働いている。母親のルビナは同じギルドで受付嬢をしている。


「こんにちは、パウルおじさん。仕事終わりですか?」


「ああ、ルビナはまだ仕事が残っててな、俺だけ先に帰ってきたんだ」


「そうなんですね。今日もベアに負けちゃいました」


「まあ、ベアトリクスは天才だからな。負けたからって落ち込むなよ? アル」


 我が子の可愛さで親バカになるのはどこの家も変わらないようだが、ベアトリクスが天才というのはあながち間違ってはいないだろう。


「はは、落ち込んでいないから大丈夫ですよ。むしろベアがどれだけ強くなるかが楽しみです」


 アルベルトが嘘偽りのない気持ちを伝えると、それを聞いていたベアトリクスが得意顔で近付いてきた。


「ほら、アルはもっとあたしをうやら……? うま……?」


うやまうじゃないか?」


「そう! うまやう! もっとあたしをうまやいなさい!」


「はいはい、ベアは凄いな」


 アルベルトが褒めると、ベアトリクスは満足そうに破顔した。


「それにしてもアルは相変わらず礼儀正しくて落ち着いているな。娘と同い年とは思えないし、その辺の冒険者よりよっぽど大人だぞ」


 荒くれ物の多い冒険者たちをいつも見ているせいか、パウルにとってアルベルトの言動は教養の無い平民の子供とはとても思えなかった。


「僕の取り柄はそれくらいですしね」


 ――まあ、本当の中身は十六歳以上なんだけどね。


「そうやって謙遜するところも子供らしくないんだよな。まあ、アルにどんな属性があるかは明日の『鑑定の儀』で分かるし、うちの娘の鑑定結果も楽しみにしていようじゃないか。な?」


「そうですね。ベアにどんな才能があるか楽しみです」

 

「アルは自分の才能より、ベアトリクスの方が気になるのか?」


「まあ、今まで自分に才能があると感じることはなかったですしね」


「そういうもんかね……ベアトリクス、アル、二人ともそろそろ家に帰るぞ。明日は『鑑定の儀』で朝早いからな。」


「えー、あたしまだ剣士ごっこしたい! こんどはパパがあいてをしてよー」


 アルベルトが相手では物足りなかったようで、ベアトリクスは帰りたくないと駄々をこね始めた。

 

「もう十分アルベルトと剣士ごっこしただろ?」


「まだアルとはいっかいだけだし、パパとやりたいの! だめ……?」


 ベアトリクスはこてんと首を傾げ、パウルにおねだりするかのように、あざとい視線を送った。


「しょうがねぇなぁ……一回だけだぞ? 負けたからもう一回とかなしだからな?」


 パウルも可愛い我が子にお願いされて断れないようだ。


「やったぁ! パパだいすき!」


「ベア、よかったな」


「うん、アルもだいすきだよ!」


「はいはい、僕もベアのことは好きだよ」


 アルベルトが声を掛けるとベアトリクスは満面の笑みで応えた。

 五歳児くらいだと、こういうことも恥ずかしげもなく無邪気に言えるんだな、とアルベルトは感心しながらベアトリクスの好意に応える。


「やったぁ!」


「ベアトリクスをアルの嫁にやるって、まだ認めたわけじゃないからな」


 アルベルトの言葉に喜んでいるベアトリクスを見るパウルの表情は真剣そのものであった。


「パウルおじさん、子供の言うことを真に受けないでくださいよ」


「あたしがアルのおよめさんになるの?」


 パウルとアルベルトの会話を聞いていたようで、ベアトリクスは頭を傾げ不思議そうな顔をしている。


「そ、そういう訳じゃないから!」


「アルならおよめさんになってもいいよ! でも、あたしに剣でかてたらね!」


「そうだな……結婚相手に相応しいのは、やはりベアトリクスよりも強い男でないとな。アルも頑張れよ」


 ――そう言われても……ベアトリクスに剣で勝てるイメージが湧かないのだが?


 慌てるアルベルトを横目に、パウルとベアトリクスの意見は一致してしまったようだ。


 元冒険者のパウルにとっては、純粋な戦闘力というのはッ非常に重要なことのようだ。魔物が蔓延はびこる世界だから、仕方がないと言えばそうなのかもしれない。

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