第4話

「パパ、まだぁ? はやくはじめようよ」


 結婚云々の話しに飽きたのかベアトリクスがパウルから距離を取り、早く始めようとせがんでくる。

 五歳のベアトリクスには色恋の話はまだ早いようで、剣術の方に興味があるようだ。


「アル、その棒を貸してくれ」


 アルベルトは剣に見立てた木の棒をパウルに渡す。


「こりゃ随分と軽いな」


 受け取った木の棒を何度か振り、パウルは半身になり片手持ちで構える。すると相対するベアトリクスは両手持ちで構える。


「薪に使えるくらい乾燥させてますからね」


「ま、これなら子供でもケガをすることはないだろ。アル、始めるから下がってな」


 パウルとベアトリクスの二人が視界に収まるくらい距離を取ったアルベルトは、固唾を飲んで二人を見守っている。

 大人顔負けの力と動きをするベアトリクスが、元冒険者のパウルにどれだけ通用するのかに興味があった。


「パパ、きょうはまけないからね!」


 今までベアトリクスとパウルが剣の練習をしている姿を、アルベルトは何度も見たことがある。しかし、パウルはいつも教えるモードで本気ではなく、ベアトリクスを軽くあしらっている姿しかみたことがない。


「もし、ベアトリクスが勝てたら、こんな棒切れじゃなくて練習用の木剣を買ってやろう」


「ほんと!? じゃあ、あたしほんき出すからね!」


 その言葉と同時に先手必勝とばかりに、ベアトリクスはパウルに向かって踏み込み、一瞬でその距離を詰める。


 ――僕とやった時より速い!?


 鋭い踏み込みで距離を詰めたベアトリクスは、アルベルトの時と同じように上段から木の棒を真正面からパウルに振り下ろした。


「おお、速いな。でも、直線的過ぎる」


 そう言ってパウルは打撃をアルベルトのように木の棒で受けることなく、真っ直ぐに振り下ろされた一撃を最小限の動きで躱す。


 突進した勢いのまま振り下ろした一撃を空振りしたベアトリクスは、体勢を崩すもアルベルトの時のようにすぐさま立て直し、そのまま横薙ぎの一閃をパウルに向けて放つ。


「なかなかの切り返しの一撃だ、が体勢を崩したことで一瞬の間ができている」


 パウルは横薙ぎの一閃もバックステップで難なく躱す。

 その後もベアトリクスの攻撃は、全て躱され空を切るばかりだ。


 ――さすが元B級冒険者だな……技術や経験に差があり過ぎる。


 いくら力が大人並みでも、技術もなく闇雲に木の棒を振ったところで当たらないのでは意味がない。


「それじゃ俺からも攻撃するかな」


 ベアトリクスが空振りを繰り返し、息が切れて動きが止まったタイミングでパウルは攻撃に転じた。


「くっ……!」


 カンカンと木の棒を交える軽い音が響きわたる。パウロが繰り出す変幻自在な剣撃に、ベアトリクスは防戦一方に追い込まれる。


「やっ!」


「おっと」


 ベアトリクスが押され続ける中、不意に放った鋭い一撃もパウロはバックステップで距離を取り、難なく躱す。


「今のは一撃は良かったけど、まだまだだな。どうだ降参するか?」


 ――これ以上やってもベアトリクスの勝ち目はゼロだな……。


 パウルも同じことを思ったのだろう、ベアトリクスに降参するか尋ねた。


「まだ、まけてない。こうなったら……パパにはないしょにしてた、とっておきを見せてあげる」


 負けず嫌いのベアトリクスは降参せず、とっておきを見せると言って木の棒を両手で持ち、正面に構えた。


「とっておき? それは楽しみだな」


 パウルも木の棒を片手に持ち、半身に構えた。ベアトリクスの”とっておき“の攻撃を真正面から迎撃するつもりだろう。


 ベアトリクスの身体から微かに淡い光が放たれ、手に持っている木の棒から赤い炎のような揺らぎが発せられた。


「やあっ!」


 これまでとは比べ物にならないほどのスピードで踏み込んだベアトリクスは、上段からの一撃をパウル目がけて放つ。


「ッ!?」


 ベアトリクスの鋭い一撃を避けることができなかったパウルは、木の棒で受け止めるも、カァンという渇いた音と共に、受け止めた木の棒が折れてしまう。


「なにっ!?」


 木の棒を折られたパウルは咄嗟にベアトリクスから距離を取る。


「パパ、こうさんする?」


 とっておきの技を見せたベアトリクスは満足そうに告げた。


「ああ、剣を折られしまってはな……パパの負けだ」


 こういった勝負では剣を落としたり、折られたりすれば勝負ありだ。それを理解しているパウルは素直に負けを認めた。


「やったぁ! あれれ?」


 パウルに勝った喜びも束の間、ベアトリクスが持っていた木の棒が、焼け焦げたように崩れ落ちていった。


「パウルおじさん、今のって火の魔法……ですよね?」


 木の棒が纏っていた赤いオーラのようなものは、火の魔法であったと確信したアルベルトがパウルに同意を求めた。


「ああ……魔力を木の棒に込めただけで魔法とは呼べないが……それに身体強化の魔法も途中で一段階上がっていたな」


 ベアトリクスがアルベルトとの模擬戦で大人並みの膂力りょりょくを発揮したのは、身体強化魔法を使っていたからだ。ベアトリクスがとっておきを見せると言った直後に、スピードが格段に上がったのは、身体強化魔法を更に多重掛けしていたからのようだ。

 つまり木の棒は魔力を纏ったことに加え、ベアトリクスの強化された膂力に耐えきれずに崩壊してしまったということだ。


「ベアトリクス、今の技はいつ覚えたんだ?」


 パウルは自分で教えた技ではないのに使えたことが気になり、ベアトリクスに尋ねる。


「ひとりでれんしゅうしてる時にね、できるようになったの」


「誰かに教わったとかじゃなくてか?」


「うん」


 ベアトリクスは誰にも教わらずに、身体強化魔法と火の魔法を使ったのである。


「パウルおじさん、ベアって身体強化を重ねがけ出来るってことは、ダブル以上なのでは……?」


 誰にも教わらずに魔法を使えたことにも驚くが、ベアトリクスは最低でも二属性以上の魔法の資質を持っていることになる。


「ああ、我が娘ながら驚くべき才能をもっているのかもしれないな……どっちにしろ明日の『鑑定の儀』で分かることだ」


「そうですね……」


 ――僕は今まで何も才能というようなものは感じたことはなかった。もし、何の才能も無かったら……。


「アル、お前にも才能はあるかもしれないし、今は考えるな」


 アルベルトが明日の『鑑定の儀』に不安に感じていたことが、パウルに伝わってしまったようだ。


「はい、そうします」


「それでだな……ベアトリクスはパパの許可なく今の技は使ってはダメだ」


 パウルはベアトリクスに向き合い、魔法の使用禁止を言い渡した。


「なんでぇ~?」


「俺だから今のは避けられたが、普通の人だったらだったらケガしてたぞ? アルベルトにケガさせたくないだろ?」


 確かに相手が身体強化魔法を使っていないアルベルトであったなら、避けることもできず、まともに食らって大ケガをしていただろう。


「わかった……がまんする……」


「ベアトリクス、良い子だ。今度からパパが技の使い方をちゃんと教えてやるからな」


 まだ、幼いベアトリクスには自分の力を制御することは難しいだろう。だからパウルの言うことはもっともで、しかるべき訓練を受けてから使うべきだ。


「うん! パパ、たのしみにしてる!」


 とっておきを禁止されたことで、少し落ち込んでいたベアトリクスだが、パウルのひと言を聞き、満面の笑みを浮かべた。


「それじゃあ、二人とも家に帰るぞ」


 こうしてアルベルトとの剣士ごっこは、ベアトリクスの隠れた才能を見出すことで終わりを告げた。

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