第18話

 魔獣の授業の後、休憩時間を挟んで魔法の実践授業の時間になったアルベルトは、演習場へと向かった。


「えーと……ソフィア先生はどこかな……」


 演習場はかなり広く、日本でいう四百メートルトラックがすっぽり収まるくらいの広さだろうか。

 他の属性の授業を受ける生徒たちは既に集まっており、演習場でまばらに集団を作っていた。


「お、あそこだな」


 闇属性の受講者はアルベルト一人しかいないため、ソフィアの姿は埋もれることなく、すぐに見つけることができた。


「ソフィア先生、遅くなりました」


 ソフィアを待たせてはいけないと、アルベルトは足早に駆け寄った。


「それでは、さっそく召喚魔法の実践形式の授業を始めたいと思います。一対一の授業になるので、ゆっくりやっていきましょう」


「はい、ソフィア先生よろしくお願いします」


「アルベルトくんは魔法を使ったことがありますか?」


「はい、母が元冒険者で光属性を持っていたので教えてもらいました」


 アンナはパウルと同じパーティーで活動していたこともあり、ヒーラーとして主に後方支援を担当していた。


「光属性を持つ人はとても少ないんですが、身近にいたアルベルトくんは恵まれましたね」


 闇属性ほどではないが、光属性もまたレアな属性であり、回復や支援役として欠かせない存在だ。


「何の光魔法が使えますか?」


「回復の魔法の光癒ヒールライト、状態異常解除の光浄ピュリフィケーション、周囲を光で照らす光輝ルミナス、それと攻撃魔法の光の矢レイ・オブ・ライト が使えます」


「回復に補助魔法、それに攻撃魔法も使えるのですね。それなら魔法を発動する基礎は理解できているということなので、召喚魔法もすぐに使えるようになると思います」


「だといいのですが……光魔法では苦労しましたので……」


 感覚で魔法を使いこなしてしまったベアトリクスに比べて、アルベルトはその思慮深さからか、余計なことを考えてしまい、魔法を発動できるようになるまで時間が掛かってしまった。

 

「今日、すぐにできるようになる必要はないですから、焦らずジックリいきましょう」


「はい、頑張ります!」


「それでは、さっそく始めます。まずは身体強化魔法を最大に掛けてください」


「身体強化魔法ですか?」


「はい、マルクス先生から全ての生徒が使えるようになったと報告を受けています」


「分かりました」


 アルベルトは二属性持ちのダブルなので、身体強化魔法を二重掛けした。


「身体強化魔法はあくまで身体能力を上げる魔法なので、魔力の威力が上がったりと魔法に影響することはありません。万が一の時に備えて魔法の実践授業の時は、生徒に最大の強化魔法を使ってもらっています」


「万が一とは?」


 強化魔法を使う理由は何となく想像できたが、アルベルトはあえてソフィアに質問した。


「魔法のコントロールミスや暴走から身を守るためです。身体強化魔法を使えば身体の強度があがりますので、万が一の時に少しでもダメージを減らすのが目的です」


 ――まあ、そうだよな。未熟な生徒の魔法の実践授業なんて、危険しかない気がするし。


 この学園は魔法の実技は入学試験にはないため、ここで初めて魔法を使う生徒もいる。それを考えると致し方のないことであることは容易に想像できる。


「それでは、アルベルトくんにはザコウスラビットを召喚してもらいます」


 ソフィアは巾着袋から魔核を取り出し、アルベルトに手渡した。


「召喚魔法は魔法を発動してからが非常に重要です。一般的な魔法は発動条件を満たせば即発動ですが、召喚魔法は発動から魂を召喚するプロセスが非常に繊細で難しいのです」


「魂を召喚するプロセス……ですか?」


「具体的には”魂の回廊”への門を開き、魂を魔核に導く道を作ります。そこから術者は無数にある魂の中から、召喚する魂を特定して召喚魔法『アニマ・レヴォカーレ』で、魔核に導かなければいけません」


 ソフィアの説明で概要は理解できたものの、アルベルトは具体的なイメージをすることは出来なかった。


「こればかりは言葉では説明できませんので、実際にやってみましょう。呪文は覚えていますか?」


「はい、大丈夫です」


「それでは魔核をを地面に置いて呪文を唱えてください」


 ソフィアの指定した場所にアルベルトはザコウスラビットの魔核を置き、距離を取った。


『闇に眠りし魔獣の魂よ、我が呼びかけに応じ、その姿を顕現せよ』


 アルベルトが呪文を唱えると魔核を中心に魔法陣が浮かび上がる。

 それと同時にアルベルトの身体が浮遊したような感覚に襲われた。


 ――こ、これが……魂の回廊?


 アルベルトの脳裏が真っ暗な闇で埋め尽くされ、視界さえも真っ黒に染まる。しかも上下左右の感覚が分からなくなり、まるで無重力の空間にいるようだった。


 ――な、なにも見えない……この暗闇の中から魂を探す……のか?


 アルベルトは


「――アルベルトくん! 魔法を解除して!」


 五感の中で聴覚は残っていたアルベルトはソフィアの呼び掛けに反応し、魔法をキャンセルすることができた。魔法陣は消え、浮遊感はなくなり、真っ暗闇であった視界に光が戻ってきた。


「はぁ……はぁ……」


 無重力状態のような感覚から現実に戻されたアルベルトは、平衡感覚を失ったように足をふらつかせていた。


「アルベルトくん、大丈夫ですか?」


 突然、視界を奪われた上に、上下左右も分からない無重力のような状態の中に放り出され、恐怖を感じたアルベルトだったが、ソフィアのお陰でパニックにならずに済んだ。


「は、はい、なんとか……」


「まずは深呼吸して気持ちを落ち着けてください」


 ソフィアの指示に従い、アルベルトは数回深呼吸をして心を落ち着かせる。


「落ち着きましたか?」


「はい、もう大丈夫です」


「大丈夫そうですね……アルベルトくん何か見えましたか?」


「いいえ、真っ暗で何も見えませんでした。上下左右も分からなくて、混乱しました」


「その真っ暗な空間が”魂の回廊”と呼ばれている場所です。アルベルトくんの身体が実際にその場所に移動したわけでなく、意識を”魂の回廊”に接続した、というのが最も正しい表現でしょうか」


「接続ですか……」


「そうです。”魂の回廊”には無数の魂が存在しています。その中から召喚に使った魔核の持ち主を探し出し、現世に召喚します」


「ソフィア先生、真っ暗で何も見えない中でどうやって魂を見つけるのですか? 本当に何も見えなかったです」


 アルベルトは”魂”が人魂のようなもので、フワフワと魂の回廊に浮いているイメージを持っていたが、実際には何もなく真っ暗なだけであった。


「意識が魂の回廊に接続した段階で、魔核と魂に細い光の糸のようなもので繋がりができます。それを辿れば見つけることができるはずです」


「あの暗い中で光の線があれば気付くと思うのですが、何も見えなかったです」


 あれほど真っ暗闇の中なら僅かな光でも気付かないはずがないと、アルベルトは疑問に思う。


「アルベルトくん、あの暗闇は視覚で見ようとしてはダメです、例えが難しいのですが、心で感じるというのでしょうか……そういう意識を持ってください」


「心で感じる……分かりました。もう一度試してみます」


 アルベルトは深呼吸し、再び魔核に向かって掌を向けた。

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