第19話
『闇に眠りし魔獣の魂よ、我が呼びかけに応じ、その姿を顕現せよ』
魔核を中心に魔法陣が広がり、アルベルトの視界は再び暗闇に包まれ、不快な無重力状態に陥る。
――落ち着け! パニックになるな、視覚に頼らず心で感じるんだ。
アルベルトはソフィアの助言を思い出す。
――こ、これは……宇宙⁉
意識を集中したアルベルトの脳内に、宇宙のような闇に大小の光り輝く星々のような光景が浮かび上がった。
――この星のような輝きが魂なのか……?
アルベルトは更に魔核から繋がっているという光の線を探す。
――見るのではなく、感じるんだ。
視覚にとらわれず、五感を全て駆使しアルベルトは光の線を探す。
――見つけた!
『
無数の光り輝く魂の中、光の線が伸びた先の小さな光に向かって、アルベルトは手を伸ばし詠唱する。
するとアルベルトは暗闇から解放され、魔法陣の中心に置かれた魔核が光に覆われ、徐々に魔獣の姿へと形作っていく様子が視界に飛び込んできた。
――成功……したのか?
魔法陣が消え、そこには真っ白なザコウスラビットがその愛らしい姿を現していた。
「アルベルトくん、おめでとう。二回目で成功させてしまうなんて驚きました」
「いえ、先生が詳細に説明してくれたお陰です」
ソフィアのアドバイスがなければ、アルベルトは暗闇に放り出されてパニックになり召喚するどころではなかったであろう。
「召喚した魔獣は召喚者の命令に従います。何か命令をしてみてください」
「それじゃあ――!?」
アルベルトがザコウスラビットに命令をしようとしたタイミングで、演習場に爆音が鳴り響いた。
「な、なんだ!?」
アルベルトが振り返ると、魔法の演習をしている別のグループの近くから土煙が上がっていた。
「あれはマルクス先生のグループ……魔法の暴発かもしれません、私は見てきますのでアルベルトくんはここにいてください」
「僕も行きます!」
爆発が起こった生徒のグループにベアトリクスが参加しているのを思い出し、アルベルトは先生の指示を無視して付いていこうとする。
「……分かりました。召喚したザコウスラビットは連れてきてください。命令すれば付いてきます」
アルベルトがクラスメイトを心配していることを汲み取ったソフィアは一瞬だけ悩み、ザコウスラビットと一緒に付いてくるように指示を出す。
「ありがとうございます! ザコウスラビット、付いて来い!」
先に爆発現場に向かったソフィアの後を追いながら命令をすると、ザコウスラビットはアルベルトの後をピョンピョンと跳ねながら付いて行った。
「お前たち、大丈夫か!? ケガしているやつはいないか?」
ソフィアが駆け付けると、ちょうどマルクスが生徒の安否確認を終えたところであった。
「マルクス先生! 何があったのですか!?」
地面に五メートルほどのクレーターが空いている演習場の光景が、ソフィアの目に飛び込んできた。その場所には魔法の標的にする的が複数あったはずだが、そのうち一つは完全に消し飛んでいた。
「ソフィア先生? いや、生徒が魔法の威力の調整を誤ったようで……俺が付いていながら申し訳ない」
「そうですか……それで、ケガ人は?」
「的の周囲が吹き飛んで土や石が飛んできたが、幸いなことに生徒に被害がなかったのが幸いだったよ」
「それはよかったです。ところで……マルクス先生の授業は火の属性魔法だと思うのですが、中級魔法でも使ったのですか? 今日は初級魔法の実践だと思ったのですが……?」
初級魔法は火の粉や小さな火球をを飛ばしたりする程度なので、地面に穴を空けるほどの威力はない。
「それが……」
マルクスはソフィアに何か伝えたいようだが、言い
「ベアトリクスさんが何か?」
それを察したソフィアがマルクスに問う。
「地面にあの大穴を空けたのはベアトリクスのファイヤーボールなんだ」
「……ファイヤーボールであの威力を?」
初級魔法で中級魔法並みの威力を出したことにソフィアは驚きを隠せなかった。
「ソフィア先生、嘘のような話だが本当のことなんだ」
「そうですか……ベアトリクスさんの魔力は思っていた以上に大きいようですね」
「ああ、ベアトリクスには魔力の調整をシッカリと身に付けてもらわないと、今後も同じようなことが起こりそうだ」
小さい頃に父親のパウルと剣士ごっこをした時も、魔力調整ができずにいた。ベアトリクスの性格上、細かいことは苦手なようだ。
「とりあえず、マルクス先生は学園長にこの件の報告をお願いします。私はマルクス先生の授業を引き継ぎます」
「アルベルトは大丈夫なのか?」
「あの子はもう召喚魔法を使えるようになりましたから。他の生徒に後学のために見てもらいましょう」
「ほう……初めての授業で召喚魔法をもう習得したのか……ベアトリクスといい、今年の新入生は豊作だな」
「本当に楽しみですね」
「それじゃあ、俺は穴を埋めてくるので、生徒をよろしくお願いします」
マルクスは生徒をソフィアに引き継ぎ、ベアトリクスの空けた大穴に向かった。土魔法を使えるマルクスなら容易に埋めることができるだろう。
「マルクス先生の授業を受けていた生徒は集まってください」
ソフィアは残った生徒を集め、アルベルトと二人で召喚魔法の授業をしていた場所へと全員で移動した。
「ベア、大丈夫か?」
ソフィアとマルクスの話を聞き、事情を知っていたアルベルトがベアトリクスを心配して声を掛けた。
「うん、大丈夫。なんか……魔力調整を失敗しちゃったみたいで……」
大事になってしまい、ベアトリクスは少し落ち込んでいるようだ。
「ベアが無事で良かった。他のみんなもケガとか無かったみたいだし、あまり気にするなよ」
「うん、もっと魔法を上手に使えるよう頑張る」
「ああ、僕も召喚魔法に成功したし一緒に頑張ろうな」
ベアトリクスの魔法の才能はコントロールさえできれば、一流の冒険者に匹敵するレベルだ。ベアトリクスが前向きに努力する意思を感じたアルベルトは自分のことのように嬉しく感じた。
「その後ろにいる魔獣って……もしかして、アルが召喚したの?」
アルベルトの近くで大人しくしている、真っ白なザコウスラビットをベアトリクスは驚いた様子で指差した。
「ベアちゃ~ん、さっきの魔法凄かったね――って、か、可愛いーーーッ!」
アルベルトとベアトリクスの元に駆け寄ってきたクレナは、アルベルトの足元でぴょんぴょんと跳ねているザコウスラビットを見つけ、歓喜の表情で迫ってくる。
「ク、クレナもケガがなくて何よりだったね」
クレナの勢いにアルベルトは少し引き気味だ。
「ん? ああ、全然大丈夫だよ。身体強化魔法も使ってたしね。それより……この魔獣はアルが召喚したとか?」
ベアトリクスの放った魔法はかなりの爆発であったが、クレナは全く意に介していないようだった。
「あ、ああ、僕が召喚魔法で呼び出したんだ」
「そっかーアルもベアちゃんも凄いね。私も負けてられないなぁ」
言葉とは裏腹に、クレナは特に悔しそうな素振りは見せていない。どちらかと言えば、アルベルトには嬉しそうに見えた。
「アル、その子に名前は付けないの?」
「確かに、名前がないと呼びにくいね」
クレナの疑問にベアトリクスも同調する。
「ペットじゃないんだから魔獣に名前って必要かなぁ?」
「アル、たくさん魔獣を召喚したら名前を決めておかないと命令する時に困ると思うよ? それに愛称って大事じゃない?」
「まあ、クレナの意見には一理あるかも……?」
「でしょう? じゃあ、名前を決めよう! ベアちゃん、何かいい名前ある?」
クレナはベアトリクスに視線を送った。
「そうだね……ザコウスラビットだからザコちゃん!」
ベアトリクスらしい実に安易な名前である。
「うん、いいね! ザコちゃんにしよう!」
「え? クレナもそれでいいの? ザコウスラビットを複数召喚したらどうするの?」
「アル、その時はザコ2、ザコ3って呼べばいいんだよ」
「愛称とは……?」
まるで愛情を感じない命名に、アルベルトは首を捻った。
転生召喚士は異世界で勇者を召喚する ヤマモトタケシ @t_yamamoto777
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