第6話

『ベアトリクス、祭壇の前の魔法陣へ』


 鑑定待ちの子供が少なくなり、いよいよベアトリクスの順番が回ってきた。


「パパ、ママ、あたしがんばるね」


 ベアトリクスは少し緊張しているようだ。その顔に不安の表情をのぞかせていた。


「ベア、緊張しないで。いつも通りにしていればいいのよ」


「ベアトリクス、行ってこい」


 ルビナとパウルは緊張しているベアトリクスに、優しい言葉を投げ掛けた。


「アル……いってくるね……」


「緊張してコケるなよ」


「だいじょうぶだもん! いっぱいほうせきを光らせるんだから!」


「ああ、楽しみにしてるよ」


 アルベルトが緊張を解こうと冗談っぽく揶揄からかうと、少し落ち着いたのかいつもの調子に戻ったようだ。


 ――とは言ったものの、僕の方が緊張してきた……ベアもパウルおじさんも期待してそうだし、良い結果になればいいな。


 自らに才能がないと思っているアルベルトは、自分のことよりベアトリクスの鑑定結果の方が気になり落ち着かなかった。


 ベアトリクスが魔法陣の中央にひざまずき、祈りを捧げる。

 神官が魔法を唱えると、魔法陣がこれまで以上の光を放ちベアトリクスを包み込む。


『おお! 火、水、風、土の四属性持ちとは! 神はあなたに類い稀なる才能を与えました。ベアトリクスよ、この結果に満足することなく、慢心せず努力を続けるのですよ』


 なんと、ベアトリクスはクアドラプルという、非常に稀有けうな四属性持ちであった。伝説とされている勇者が、闇以外の五属性持ちであったと言い伝えられている。クアドラプルは最高ランクのS級冒険者や宮廷魔導士という、国の中枢にいる重要人物になることがほとんどだ。


「クアドラプルだって……? ベアに才能があると思っていたけど、これほどとは……」


「あなた……クアドラブルだなんて……ベアにこんな才能が……」


「そりゃ、ルビナと俺たちの子供だからな! 自慢の娘だ!」


 予想以上の鑑定結果にアルベルトをはじめ、ルビナも驚きを隠せないようだ。パウルは当たり前だとばかりに我が子を褒め称えた。


 鑑定の儀は全員の鑑定が終わるまで帰ることはできない。既に鑑定が終わった者や、これから鑑定を受ける者たちからのどよめきに斎場は包まれ、ベアトリクスの鑑定結果がいかに衝撃的であったかがうかがえる。


『アルベルト、祭壇の前に』


 ざわめきが収まらない中、名前が呼ばれたアルベルトは、ベアトリクスに釘付けになっていた視線外し両親に向き直った。


「父さん、母さん、行ってきます」


 ――魔法属性が無いなんて鑑定結果になったら、二人ともガッカリするかな……?


 最高の鑑定結果を出したベアトリクスの後で、アルベルトは少し弱気になっているようだった。


「アルベルト、鑑定結果など気にするな。才能がなくても幸せになれる。俺がそうだったようにな」


「私はハンスとあなたがいれば幸せなの。だから、何も心配する必要はないわ」


 アルベルトの不安が両親に伝わってしまたようだが、二人は優しい言葉を投げかける。二人とも我が子の才能の有無など気にせず、幸せになってくれればそれでいいと心から思っているようだ。


「はい!」


 気持ちが楽になったアルベルトは上を向き背筋を伸ばし、堂々とした態度で魔法陣の中心へと歩いて行く。


『神聖なる力よ、深淵なる魂の奥底に潜む、この者の真の力を示したまえ』


 神官が呪文を唱えると、魔法陣の中心から淡い光が広がり、アルベルトを包み込む。直後、淡い力は徐々に濃くなり黒さを増していく。


『おお……まさか……』


 神官が驚きの表情を見せたと同時に、魔法陣が完全に黒い光に包まれアルベルトの姿が見えなくなってしまう。

 今までの鑑定と違う魔法陣の様子に、祭事場にいる一同が戸惑いを見せ始める。


「い、いったい何が……?」


 何が起こっているのか理解できないハンスが、ボソリと呟く。


「あ、あなた……」


 我が子の身に良くないことが起こっているのではないかと、アンナは不安になりハンスの手を握った。


 しばらくすると魔法陣を覆っていた黒い光が徐々に薄くなり、魔法陣の中心に黒い光をまとったアルベルトが姿を現した。

 そして魔法陣の周囲に配置された、白い宝石が神聖な淡い光を灯し、黒い宝石が黒い輝きを放っていた。


『……光の属性……それと……なんということだ……闇の属性を見るのは二十年ぶりになるだろうか』


 今まで終始、ベアトリクス以外にはテンプレートの言葉で儀式を進行していた神官が、アルベルトの鑑定結果に驚き、神官という立場を忘れて素に戻ってしまっていた。


「闇……? 勇者を召喚した英雄が持っていたとされる属性じゃないか……それに光の属性だって? 闇と光の属性の両方を持っているなんて聞いたことがないぞ。おい、お前の息子はどうなっているんだ?」


「お、俺だって分からないよ……」


 闇の属性とは、数十年に一度しか持つものが現れないレアな属性で、勇者を召喚できる魔法が使える唯一の属性として、この世界では伝えられている。そんな、お伽噺とぎばなしのような話に、パウルの問いに対してハンスは戸惑うことしかできない。


『アルベルトよ、あなたは闇の属性を与えられた、神に選ばれし者のようだ。光の属性を併せ持つあなたは、今後、セレスティア・エンパイア王国のみならず、この世界を救う英雄になりうるのかもしれません。これから様々な困難が待ち受けていたとしても、神はいつでもあなたを見守っています』


 神官はそう言葉を締め括ると斎場内に歓声が沸き上がった。ある者は拍手をし、ある者はアルベルトに対し、お祈りを始めた。


「アル、凄いじゃないか!? 四百年前に勇者を召還した伝説の英雄と同じ属性持ちだぞ!」


 家族の前に戻ってきたアルベルトに、興奮した様子のパウルが声を掛けた。


「パウルおじさん、英雄って言われても僕にはサッパリです」


「アルはえいゆうってやつになれるの?」


「ベア、僕は大昔の英雄と同じ属性持ちなんだって。だからって英雄になれるとは限らないけどね」


「そっか、さすがアルだね! あたしだってまけないからね!」


 べトリクスにまだ、今回の鑑定結果がどれほど重要なことか理解できていないようで、素直に賛美を送りつつも負けず嫌いを発揮していた。


 ――僕が英雄になるかもしれない……だって……?


 自分には才能がないと思っていたアルベルトにとって、今回の鑑定結果には戸惑うしかなかった。


「アルベルト、おめでとう……と言うべきかな」


 才能持ちは苦労すると思っていたハンスにとって、素直に喜べる鑑定結果とはいえないようで、息子が伝説の属性持ちだというのに、その表情は冴えない。


「父さん、ありがとう」


「アル……」


「父さん、母さん、僕は英雄と同じ属性持ちになれて光栄だと思ってるよ。だから心配しないで」


 不安そうにしているアンナを安心させようと、アルベルトは戸惑いはあるものの、精一杯の笑顔を見せた。


『皆さん、お静かに。まだ鑑定の儀式は終わっておりません。鑑定の儀が終わった後に、鑑定書をお渡ししますので、帰らないように願います』


 アルベルトの鑑定結果に興奮しザワついてる祭場に、進行役の役人が落ち着くようにとのアナウンスが響きわたる。


 こうして鑑定の儀は終わり、シングル七人、ダブル四人、トリプル一人、クアドラプル一名、属性無し二人という鑑定の結果に終わった。

 クアドラプルと闇属性持ちの英雄候補が現れたことにより、今回の鑑定の儀は王国内のみならず、国外でも話題となった。

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