第7話
~ 鑑定の儀から七年後 ~
アルベルトとベアトリクスは十二歳になり、二人は今日から王立セレスティアン魔法学園に通うことになっている。
「ベア、そろそろ行かないと入学式に間に合わないよ」
その入学式が今日であり、迎えに来たアルベルトはベアトリクスの家のドアを叩いた。
「アルくん、ベアは支度してるから中で待っててね」
ルビナがドアを開け顔を出すと、アルベルトを家の中に招き入れる。
「はい、ありがとうございます」
「ベア、アルくんが迎えに来てるから早くしなさい」
「はーい」
奥の部屋からベアトリクスの声が聞こえる。
「アルくん、ベアが待たせてごめんなさいね」
「いえ、いつものことですから」
ベアトリクスはワガママを言っては、アルベルトを振り回すことが多い。アルベルトにとっては、いつものことであった。
「アル、待たせたわね」
奥の部屋のドアが開き、制服に身を包んだベアトリクスが姿を現した。
「ベア、制服に似合ってる。とても可愛いよ」
アルベルトの前世の基準だと、コスプレっぽい感じの制服で、短めのプリーツスカートからすらりと伸びた健康的な足に、膝上までソックスを履いていて絶対領域が眩しい。
年齢より大人びて見えるベアトリクスは、立派な美少女になっていた。
この世界の一日は26時間で一年は400日あるため、前世の日本での十二歳よりも身体は成長しているといえよう。
「そ、そう? ま、まあ、あたしは可愛いから何でも似合うけどね」
ベアトリクスは照れ臭そうにしているが、アルベルトに褒められたのが嬉しいのか、顔がニヤついていた。
「アルくんもカッコいいわよ。ね、ベア?」
成長したアルベルトはイケメンに育っていて、ジャケットにネクタイ、スラックスというシンプルな制服だがとても似合っていた。
「そ、そうね、アルにしては、そこそこ似合ってるんじゃないかしら?」
アルベルトに対して素直になれないベアトリクスらしい返事だ。
「ベアは相変わらず素直じゃないわね。正直にカッコいいって言えばいいのにね。昔はいつも『アルのおよめさんになる』なんて言ってたじゃない」
「マ、ママ!? そ、それは子供の頃の話だし! 大昔のことだからアルも勘違いしないでよね!」
小さい頃は素直で可愛かったベアトリクスも、今ではテンプレのようなツンデレになっていた。
「はいはい、そんことより早く行かないと遅刻するぞ」
この世界には魔道具の時計があるため時刻の概念があり、現在は八時を過ぎた辺りだ。
「そ、そうね、ママ行ってくる!」
「行ってらっしゃい。アルくん、ベアをよろしくね」
「はい、行ってきます。ベア、慌ててコケるなよ」
「こ、子供じゃないんだから大丈夫よ!」
アルベルトは十六歳で転生し、こちらの世界で十二年過ごしているので、精神年齢は三十歳近いことになる。そのせいかベアトリクスのことを、つい子供扱いしてしまうことが多かった。子供扱いされ嫌がるベアトリクスを怒らせることもしばしばだ。
アルベルトとベアトリクスの二人は、住宅地区を抜け商業地区を過ぎた自宅から三十分ほど歩いた城下町の外れに辿り着いた。
「やっぱり、何回見てもデカい学園だな」
学園に到着したアルベルトは、そびえ立つ入り口の門を見上げ、口を半開きにしながら呟いた、
王立セレスティアン魔法学園は、アルベルトたちが住んでいる首都アストリアムにある。王国内の各地から生徒が集まってくるため寮もあるが、アルベルトたちは近くに住んでいるので徒歩での通学になる。
「口が半開きでみっともないわよ。ほら、ネクタイも曲がってる」
アルベルト達の他にも、学園の生徒が多数集まってきて賑わっており、ベアトリクスは周囲の人目が気になるようだった。そんなベアトリクスが若妻のように、甲斐甲斐しくアルベルトの曲がったネクタイを直している。その姿は他人からは恋人同士のように見えるだろう。
「あ、ありがとう……」
向かい合ってネクタイを直しているベアトリクスの整った鼻筋と唇に、アルベルトは目を奪われた。
背の低いベアトリクスの頭頂部が、ちょうどアルベルトの鼻先に近付き、髪からの良い香りが鼻腔を刺激する。
制服に身を包んで大人びたベアトリクスに、今まで意識していなかった女性を感じたアルベルトは、思春期の男子のようにドキドキしてしまう。
「はい、直ったわよ。アルがあんまりだらしないと、一緒にいるあたしまで恥ずかしくなってくるから、シッカリしてよね」
「う、うん……気を付ける……」
――女の子って知らないうちに成長するんだな。
ベアトリクスを異性として意識し始めたアルベルトは、少し気まずい気持ちと、恥ずかしさで彼女から目を逸らす。
「お前ら、道の真ん中で邪魔だ。新入生か?」
人が多くなってきたとはいえ、アルベルト達が邪魔になるほどの混雑ではなかったが、通学路のど真ん中で男女がネクタイを直していたのが、イチャついているように見えて気に障ったのだろう、同じ制服を着た不機嫌そうにしている男に注意されてしまう。
「あ、ああ……そうだけど……君は?」
「俺も今日からこの学園に入学するヘンリー・フォン・ドラクロイ だ」
――ドラクロイ……? 貴族の子供だったのか……。
「ヘンリー様、大変失礼いたしました。僕はアルベルト、彼女はベアトリクスと申します。同じ学園に通うとのことで、よろしくお願い申し上げます」
「ふん……入学式当日に彼女連れで乳繰り合っているとは、緊張感がないやつだな。そんな遊び気分で、この学園の授業に付いて行けるのか疑問だな」
「ち、違います! ベアとは単なる幼馴染で、彼女とかじゃありません!」
「そ、そうです! 乳繰り合ってたわけじゃなくて……アルがだらしないからネクタイを直していただけです!」
二人は否定したが、他人から見れば、恋人同士でイチャついているようにしか見えなかった。
「平民同士、せいぜい慣れ合ってるんだな」
二人して否定の言葉を重ねるが、ヘンリーにとってはどうでもいいことらしく、捨て台詞を残し学園内へと向かっていった。
「なんか、感じわるーい。アルだって貴族様なのにね」
「ああ……そういえば貴族と名乗るのを忘れてしまったな……なんか貴族なんて慣れなくて……」
アルベルトは闇の属性持ちということで、入学前に叙爵され、一代貴族の準男爵に爵位されている。
「まあ、アルが貴族だなんて今でもピンとこないけどね」
「一代限りの準男爵だからね。領地も無いし名ばかりの貴族だよ」
勇者を召還できる可能性があるのは、闇属性を持つ召喚士だけである。この国では闇属性を持つ者に準男爵という爵位を授けることで、国を上げて保護する重要な人物である、ということを王国内だけでなく、国外に向けても表明しているのだ。
「まあ、アルがあんまり高い爵位になって、その……遠い存在になってしまったらイヤだなって……」
ベアトリクスが恥ずかしそうに、俯きながらゴニョゴニョと呟いている。
「大丈夫だよ。僕はどこにも行かないから」
「ず、ずっと一緒にいたいって言ってるわけじゃなくて、その……剣の練習相手! 練習相手がいなくなったら困るし! ほ、ほら、同年代じゃアルしか相手にならないし」
明らかに照れ隠しな言い訳であるが、ベアトリクスはこの七年間で剣の腕を上げ、今ではまともに相手ができるのはパウルくらいである。アルベルトも上達したものの、本気を出したベアトリクスには全く歯が立たない。
「その心配はいらないんじゃないかな? 学園には僕より強い人はたくさんいるだろうし、ベアトリクスの練習相手には困らないだろうな」
「そ、そうなんだけど……それとこれとは別なの! (もう……人の気も知らないで)ほら、遅刻しちゃうから行くよ」
ベアトリクスは一人で正門を潜り、さっさと先に行ってしまう。
――なんか怒らせちゃったかな? 思春期の女の子の気持ちは難しいな……とりあえず後で謝っとくか。
アルベルトは見失ってはいけないと、小さくなっていくベアトリクスの背中を小走りで追いかけた。学園の門を潜ったアルベルトは、学園での新たな生活に心躍らせる。
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