第8話

 学園内へ門をくぐり、先に行ってしまったベアトリクスに追いついたアルベルトは、入学式が行われる講堂で、式典の開始を待っていた。


「アル、新入生って何人くらいいるのかな?」


「事前にもらった資料だと、二十人のクラスが五つで百人くらいだったはずだけど……ベア、入学の資料にちゃんと目を通した?」


「ほ、ほら、アルが分かっていれば大丈夫かなぁって……」


 ベアトリクスは剣以外の事には、面倒くさがりで、ずぼらな性格をしている。


「僕はベアの保護者じゃないんだから、自分でも調べないとダメだよ」


「わ、分かってるわよ。たまたま、そこを読み忘れただけよ」


 ベアトリクスは明らかに嘘だと分かる言い訳をしている。


『ただ今より王立セレスティアン魔法学園の入学式を始めます』


 魔道具により拡声された入学式開始のアナウンスが流れた。


「ベア、いよいよ入学式が始まるね」


 アルベルトとベアトリクスの二人が壇上に目を向けると、坊主頭に白い髭を蓄え、威厳に満ちた老人が現れた。


『これよりガレス・ドラコハート学園長より、入学の挨拶です』


 ――あれが、学園長……強そう……というか、凄い威圧感だな。


 七十歳は超えていそうな風体だが、ローブの上からでも分かるほど体躯たいくはガッシリしており、魔法使いというよりは歴戦の強者のような雰囲気をまとっていた。


「アル、あの人強いよ。凄い魔力を感じる」


 ベアトリクスは感覚派で、敏感に相手の実力を察知することができる。冒険者にとって、とても重要なスキルだ。


「ああ……僕でも学園長の凄さは分かるよ。さすが国内最高峰の魔法学園の学園長なだけはあるね」


「うん、早く戦ってみたい」


「が、学園長と戦う機会はないんじゃないかな? 教官ならいざ知らず」


「そうなのかなぁ……残念」


 ベアトリクスのような才能持ちの本能なのか、強者を求める傾向にあるようだ。


「戦いたいからって、いきなり切りかかったりするんじゃないぞ?」


「戦闘狂じゃないんだから、そんなことするわけないでしょ!?」


「ベアならやりかねないかなって……」


「アルは、あたしのことなんだと思ってるのよ!」


 アルベルトは鑑定の儀以降、ベアトリクスと共にパウルから剣を教わっている。パウルの指導のお陰で、それなりに強くはなったものの、模擬戦でアルベルトはベアトリクスにいつもボコボコにされていた。だから、ベアトリクスは割と戦闘狂なのかもしれないな、とアルベルトは思っていた。口には出さないけど。


「おい! 学園長のスピーチが始まってるんだ、静かにしろ! って……またお前らか?」


 アルベルトとベアトリクスと騒がしくしていたせいで、他の新入生から注意を受けてしまった。


「すいません……ヘ、ヘンリー様……? さ、先ほどに続き失礼しました」


 アルベルトたちを注意したのは、学園の門の前で絡んできた、貴族の息子のヘンリーであった。入学式の最中に騒いでいたアルベルトたちを注意した所を見ると、真面目な性格のようだ。


「学園内では同学年同士なら、敬称や敬語は不要というルールだ。ヘンリーでいい」


 こうやってご丁寧にルールやマナーを守ったりするところを考えると、平民を見下している感じはあるが、悪い奴ではなさそうだ。


「そ、そうか、騒がしくしてすまなかった。ほら、ベアも謝れ」


「騒がしくしてごめんなさい」


「ふん、さっきといい本当に遊び気分だな。訓練中に気を抜いて死なないように、せいぜい気を付けるんだな」


 ヘンリーは、それだけを伝えると壇上に向き直り、再び学園長のスピーチに耳を傾けた。


「ベア、僕たちも学園長の話をちゃんと聞こう」


 アルベルトがそう伝えると、ベアトリクスは素直に頷いた。

 ヘンリーに注意されたのは、アルベルトたちの不注意であり、二人とも反省して素直にスピーチに耳を傾けた。


『王立セレスティアン魔法学園は、特別な才能を有する者や、難関な入学試験を突破した優秀な生徒が集う学園です。私たちは、この学園においてセレスティアン・エンパイア王国の未来をになう人材を育成することを使命としています。卒業生には個人の魔法や剣術の技能で才能を発揮し、高位冒険者や宮廷魔導士として活躍する者、軍事、政治、経済といった分野で活躍する者が数多くいます』


 学園長のスピーチからも分かるように、王立セレスティアン魔法学校は、国の発展にかかわる専門家を育てる学び舎である。

 授業の内容は政治、経済、軍事、魔法の研究者志望の学生向けのカリキュラムもあり、たとえ魔法や武術の才能が無かったとしても、将来の道を努力で切り開くことができる。

 とはいえ、魔法属性を最低は一つ持っていることが入学の条件であり、そのような生徒は才能持ちの生徒に比べると、より一層の努力が必要となる。なぜなら、クアドラプルのベアトリクスや闇属性持ちのアルベルトは、特待生として入学試験と学費が免除であり、才能持ちはスタートから優位である。


『本年度は才能ある生徒が多数入学し、豊作の年となりました。勇者の子孫であるクレナ・アシュフォードを始め、エルフ族のリアンヌ・シルヴァーナ・アーシェ、そしてベアトリクスの三人のクアドラプルの称号持ちが入学し、我が国で二十年ぶりに誕生した闇属性を持つアルベルト・ペンウィックは、その才能を当学園で開花させることでしょう。その他にも、多くの優秀な生徒が学園に集まっております。彼ら一人ひとりが、それぞれの才能を最大限に発揮し、将来、王国の未来を切り拓く人材として活躍することを期待しております』


 スピーチを終えた学園長は壇上から降り、続いて進行役の職員から入学式後の予定を聞かされる。


 ――入学式のスピーチで名前を披露されちゃって恥ずかしいな……この世界では個人情報を保護するなんて概念はないんだろうな。


「アル、あんたずいぶん期待されてるみたいじゃない?」


「そういうベアだって名前呼ばれてたじゃないか」


「もしかして、あたしたちって注目されてる?」


「不本意ながらそうらしい」


「あたしたちが目立たないっていうのは無理じゃない?」


 あまり目立たず学園生活を送りたいと思っているアルベルトだが、二人の入学の経緯を考えればそれは無理であることは分かっている。


「それでも入学式で新入生全員に自分の名前が周知されるのは嫌かなぁ」


「ま、そう言っても披露されてしまったものは仕方がないし、なるようになるでしょう」


「ベアは凄いな。そういう所は見習わないといけないね」


 ベアはあまり細かいことは気にしない方だ。自分の名前が知れ渡った方が都合が良いと考えているかもしれない。


「そうよ。アルはあたしをうやまいなさい」


「今度はちゃんと”うやまう”って間違わずに言えたね。昔は”うまやう”って言ってたから」


「い、いつの話してるのよ!」


「鑑定の儀より前かな?」


「よく覚えてたわね……そんな昔のこと覚えてないし、今はちゃんと言えるわよ」


「ベアが、成長して僕は嬉しいよ」


「あー、あたしのことバカにしてるでしょう? 後で覚えてなさいよ。剣の練習でボコボコにしてやるんだから」


「そこは手加減して欲しいところなんだけど」


「ダメよ。アルは弱っちいんだから、あたしが鍛えてあげないと、学園で困るでしょう? ああ、あたしって何て優しいのかしら?」


 ベアは自己完結して悦に入っているようだ。


「はいはい……ベア、僕たちもそろそろ教室に移動しないと」


 アルベルトとベアトリクスが無駄話をしている間に、生徒たちは各教室に移動をし始めていた。これから教室でホームルームが行われ今後の説明を受ける予定だ。

 

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