第14話

 入学式から一夜明け、いよいよ今日から本格的な授業が始まる。


「ベア、迎えに来たよ」


 昨日、ヘンリーに啖呵たんかを切った手前、初めての授業に遅れるわけにはいかない。アルベルトは気合を入れて、ベアトリクスの家のドアを叩いた。


「アルくん、おはよう。どうぞ、中で待っててね」


「おはようございます。ベアはちゃんと起きてますか?」


 ドアから顔を出したルビナに挨拶し、アルベルトは勝手知ったる我が家のように、リビングへと足を運んだ。


「もう、朝食は食べたから今は支度中よ。呼んでくるから、そこに腰掛けて待っててね」


 二度寝を心配していたが、すでに朝食を食べているなら、それはないだろうとアルベルトはホッと胸を撫で下ろした。


「アル、お待たせ!」


 制服姿のベアトリクスが奥の部屋からリビングに現れた。


「二度寝、しなかったようだね。エラいぞベア」


「あ、当たり前じゃない! 子供じゃないんだから」


「ベアね、本当は二度寝してたのよ。私が叩き起こしたけど」


「ママ!? それは内緒の約束でしょ!」


 アルベルトに怒られると思ったベアトリクスは、ルビナに口止めをしていたようだが、アッサリと裏切られてしまう。


「私に怒られるより、アルくんに叱られた方が、ベアには効き目があるからね。明日からはちゃんと一人で起きなさいよ」


 アルベルトに子供扱いされるのをベアトリクスは嫌がる。それを理解したルビナの作戦にまんまと嵌ったベアトリクスである。


「昨日、ヘンリーに偉そうに言っちゃったんだから、ベアもちゃんとしないと。初めての授業で遅刻したら何て言われるか分からないよ」


「ちゃんと起きられたんだからいいじゃない」


「ルビナおばさんが起こしてくれたからね」


「アルは細かいなぁ」


「ベアが大雑把過ぎるんだよ」


「あなたたち、朝から仲良しなのはいいけど、早く行かないと遅刻するわよ?」


 朝から二人の夫婦喧嘩のようなやり取りを見せられたルビナは、微笑ましく思うものの、いつまでも放っておくわけにもいかず、早く家を出るようにうながした。


「アルの小言を聞いてたら遅くなっちゃったじゃない。早く行きましょう!」


 そう言ってベアトリクスはアルベルトの手を取り、玄関へと向かう。


「ルビナおばさん、行ってきます!」


 アルベルトはベアトリクスに引き摺られるように、家を出ていった。





「アル、今日は基礎魔法の実践授業もあるから楽しみだね~」


 学園へ向かう通学路をベアトリクスは、スキップでもしそうなくらい上機嫌で歩いている。

 座学があまり好きではないベアトリクスは、実技の授業を楽しみしていた。


「一限目から魔法の実践授業とは、さすが魔法学園なだけのことはあるなぁ」


「あのヘンリーって嫌な男、あたしに当たったらボコっといてあげるからね」


「いきなり模擬戦はやらないだろうし、物騒なこと言わないように」


 ベアトリクスは昨日のことをまだ根に持っているようで、機会があればボコボコにしようと考えていた。


「アルのことバカにしたからね。その分は仕返ししてあげる」


「僕は気にしてないし、ベアが怒ってくれただけで僕は嬉しいよ」


 感謝の気持ちを伝えつつ、物騒なことを言っているベアトリクスを、アルベルトはなだめる。


「そ、そう? なら、手加減するくらいで勘弁しておくわ」


 ――うん? ベアのやつ全く分かってないかも。今日の授業大丈夫かな……?


 入学二日目も大荒れになりそうだな、とアルベルトは溜息を吐いた。



 一限目からいきなり基礎魔法の実技のため、アルベルトは日本でいうジャージのような服に着替えて演習場に集まっていた。

 そこには教官と思われる、細身だが筋肉質の男が腕を組み、腰に剣を差して立っていた。


「俺は、この授業を担当するマルクス・ズースだ。主に剣の実技を担当することになる」


 ――マルクス・ズースだって? 『竜殺し』の二つ名を持ったSランク冒険者じゃないか?


 その名の通り、魔物の中でもトップクラスに強いドラゴンを討伐した実績を持つ有名な冒険者だ。他にも気付いた生徒がいたようで、驚いた生徒同士の会話で騒がしくなる。


「この学園は優秀な生徒が多くてな、それに見合った実力のある教官が必要なんだ。そこで俺に教官の依頼がきたというわけだ。特に今年の新入生は凄いのが多いらしいからな」


 ――確かに……ベアはその辺のC級冒険者より強いし、クレナの実力は分からないが、かなり強いことは間違いないだろう。


「そんな優秀なお前たちだが、まずは基礎からいま一度取り組んでもらう。最も基本的で最も重要なのは『身体強化魔法』だ。その名の通り、身体能力を格段に上げる魔法だ。この世界には人間より遥かに身体能力が高い魔物がたくさんいるのは知っての通りだ。が、そんな脆弱な人間がなぜ魔物を倒すことができるのか? それは身体強化魔法を使えるからだ」


 アルベルトが前世で暮らしていた日本で例えるなら、ヒグマと人間が素手で戦うようなものだ。人間などヒグマの相手にならない。筋力や攻撃力、防御力に圧倒的な差があるからだ。


「つまり、魔物と同等か、それ以上に魔法で身体能力を上げれば、対抗できるというわけだ。身体強化魔法はシングルで身体能力を約二倍に上げると言われている。そして重要なのが、『身体強化魔法は持っている魔法属性の数だけ重ねがけできる』ということだ」


 この世界で脆弱な人間が魔物に対抗できる理由は、まさに身体強化魔法にあった。たとえ切れ味鋭い剣を持っていても、魔物の動きについていけなければ意味がない。身体強化魔法は筋力だけでなく反射神経までも強化できる。


「言葉じゃ分かりにくいだろうから、実際にやってみるか」


 その場を離れたマルクスは、演習場の片隅にあった人の背丈ほどある岩を、軽々持ち上げ運んできた。


「これは身体強化魔法を使ってるから持ち上げられるわけだ。更に」


 マルクスは岩をその場に下すと、腰に差していた剣を抜いた。


「この剣は頑丈だが、切れ味はイマイチだ」


 マルクスは剣を構えると、運んできた岩に向けて斜め上段から切り付ける。


 ガキッ! っという鈍い音を立てて、剣が岩の表面を削った。しかし、大きく砕くほどではなく、わずかに岩の表面に刃を立てただけであった。


「今のは身体強化魔法を使わずに放った斬撃だ。次はよく見てろよ」


 マルクスは再び剣を構える。しかし、先ほどと違いマルクスの身体が僅かに光を帯びているように見える。


 集中しているマルクスが、それを解き放ち、岩に向けて一閃を繰り出した。

 目にも止まらぬ斬撃は激しい衝突音を上げて、岩を粉々に砕いた。


 マルクスが繰り出した一撃を見た生徒から、おおっ! という歓声が上がった。


「今のが身体強化を使った斬撃だ。剣の切れ味がイマイチだったから岩は砕けちまったが、良い剣なら真っ二つにできたはずだ」


 今回の一撃は鈍器で叩きつけたような感じであったということだろう。マルクスは武器の性能により結果は大きく変わると言いたいようだ。


「四属性持ちのクアドラプルは、16倍に身体能力を上げることができる。攻撃力とかは数値化できるわけじゃないが、仮に攻撃力が”2”としよう。シングルなら”4”、ダブルは”8”、トリプルは”16”、クアドラプルは”32”という攻撃力になる。更に重要なのは、基本の攻撃力だ。もし攻撃力が”3”だとすると、クアドラプルの最終的な攻撃力は”48”になる。元々1しか差がない攻撃力が16も違ってくるということだ。これが意味するところは『基礎体力が重要』ということになる」


 ――具体的な数字にして言われると、身体強化魔法はとんでもない性能だな……五歳のベアが大人のパウルと互角に渡り合えたのも、身体強化魔法を多重掛けできたからか。


「つまり、基礎体力は大事! 基本を疎かにしてはいけないということで、身体強化魔法を教える前に、まずは演習場を三十周だ!」


 マルクスの言葉に、生徒たちから悲鳴が上がる。なにせ演習場は広い、そして全ての生徒が体力に自信があるわけではない。


「今の話で分かったろ? 体力の底上げは重要だ。ほら、さっさと走れ!」


 Sランク冒険者のマルクスが言うと説得力がある。生徒は文句を言いながらも走り始める。


「おっと、先に言っておくが、走っている間は身体強化魔法の使用は禁止だぞ。身体強化している間にいくら鍛えても、体力は上がらないからな」


 この学園に入学してくる生徒は、すでに身体強化魔法を使える者も多い。だから、マルクスは無駄な努力にならないように先に釘を刺してくれたのだ。

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