第10話

「それじゃあ、貴女あなたから順番に自己紹介をお願い」


 ソフィアは扇状に広がった教室の、最上段に座っていた金髪でセミロングの少女に声を掛けた。


「え? 私ですか?」


 心構えができていなかったのか、突然指名された金髪の少女は戸惑っている。


「はい、貴女からお願いします」


「わ、分かりました。私はアリアと申します。使える属性は光、水、土のトリプルです。北の地方都市エルウィンの修道院で孤児として育てられましたが、知見を広めるために修道院長の許しを得て、貴学園に入学しました。皆さん、どうぞよろしくお願いいたします」


「五歳で神託を受けた聖女がいるって噂があったけど、彼女のことだったんだ」


「クレナ、どんな内容の神託だったんだい?」


「アル、キミだよ。闇の属性持ちの赤子が誕生するっていう神託。夢の中でお告げがあったらしいよ」


 アルベルトが準男爵の爵位を叙爵じょしゃくされた授爵式じゅしゃくしきで、神託があったことを王から直接、告げられた。


「そうか……彼女は僕が生まれることを、お告げで知っていたのか……」


 そう考えるとアルベルトはどこか運命のようなものを感じ、上段の席に座っているアリアに目を向けた、。するとアルベルトの視線に気が付いたアリアがニッコリと微笑んだ。


 ――ッ!


 一瞬、アリアと見つめ合ったアルベルトは、慌てて目を逸らした。


「彼女のオッパイが大きくて可愛いからって見惚みとれちゃだめだよ? アルにはボクがいるんだから」


 確かにアリアは身体は小さいが胸とお尻は大きく、グラマラスな体型をしている。そしてアルベルトより五歳は年上であり、その大人びた容姿には人を惹き付ける魅力があった。


「いやいや、僕はクレナとどうこうなった覚えはないけど?」


「それにさ……ベアちゃんがヤキモチ焼くから気を付けないと、ね?」


 クレナがベアトリクスに目を向けた。それに釣られてアルベルトも隣に座っているベアトリクスを窺う。


「むぅ……」


 ベアトリクスは頬を膨らまし不機嫌そうにしている。


「どうせ、あたしは胸が小さいですよ」


 ベアトリクスは本人が言うように、胸はあまり大きくない。僅かに膨らみがあるくらいでクレナやアリアと比ぶべくもない。


「いや、僕は別に胸なんて見てないから」


 アルベルトが弁解をするものの、ベアトリクスは腕を組んでツンとそっぽを向いてしまった。


「クレナが余計なこと言うからベアが拗ねちゃったじゃないか」


「へへへ、ゴメーン」


 クレナは舌をペロッと出して悪びれた様子もない。


「まったく……」


 アルベルトたちがそんなやり取りをしている間にも、自己紹介は進んでいく。


「俺はヘンリー・フォン・ドラクロイ。使える属性は火、土、風のトリプルだ。ドラクロイ家の長男として、その名に恥じない剣士になるために、この学園に入学した」


 ドラクロイ伯爵領を治めるドラクロイ家の長男ヘンリーは、責任感が強い真面目な男のようだ。


「だから、お遊び気分の奴らは俺の足を引っ張らないでくれ」


 そう言ってアルベルトたちを一瞥いちべつすると、ヘンリーは再び着席し正面の教壇に視線を戻した。


 ――すっかり嫌われてしまったようだな……まあ、僕たちが騒いでいたのが悪いんだけど。


「あたし、あの人きらーい。何だか偉そうだし」


「彼は真面目だね。せっかくの学園生活なんだから楽しまないと」


「ベア、クレナ、彼にも貴族としての責務があるんだから、仕方ないんじゃないか? ヘンリーは責任感が強くて立派だと思うよ。僕たちも見習わないと」


「もちろん真面目に授業は受けるけど……学園といえば男女が集まる場所! やっぱり楽しまないとね!」


 ――クレナは一体何を求めて入学してきたんだ……?


「次の自己紹介は赤毛の貴女よ。君たちもちゃんと聞いていなさい」


「は、はい!」


 ベアトリクスに自己紹介の順番が回ってきたことに気付かず、アルベルトたちはソフィアから注意されてしまう。


「あたしはベアトリクスです。火、水、風、土の四属性のクアドラプルです。この学園には剣聖になるために入学しました。いっぱい強い人と戦いたいです!」


 ベアトリクスが自己紹介すると、教室はどよめきに包まれた。四属性持ちのクアドラプルは、それだけで時の人だ。


 ――それにしても剣聖とはベアトリクスも大きく出たな。まあ……ベアトリクスなら近い将来なれそうだけど。


「それにしても、ベアちゃんは強い人と戦いたいって面白いね。でも、そういうのボクは良いと思うな」


 この学園に入学してくる生徒は何かしら目的があってしかるべきだ。ベアトリクスも剣聖になるために、強い人と戦いたいという目標がある。


 ――でも……僕はこの学園で何がしたいんだろう……?


 アルベルトは闇の属性持ちというだけで、半ば無理やり入学させられたに等しい

。だから、学園で何かしたいとか明確な目標がないアルベルトは、ヘンリーたちのように胸を張って自己紹介ができるのかと、不安になっていた。


「アル、今は目標がなくても大丈夫だよ。これから一緒に見つけていけばいいじゃない」


 アルベルトの不安を察したのか、ベアトリクスが優しい言葉を投げ掛ける。その様子を窺っていたクレナは優しく微笑み、二人を見守っていた。


「そうだね……ベア、ありがとう」


 どのように自己紹介をするか悩んでいたアルベルトは、ベアトリクスの言葉で自分がこの学園ですべきことを理解した。アルベルトの表情から不安は無くなり、自信に満ちた表情で席をたった。


「僕はアルベルト・ペンウィックです。闇と光の二属性のダブルです。僕は皆さんのように明確な目標を持たずに、この学園に入学しました。そんな奴が、と思う人もいるかもしれませんが、皆さんと一緒に勉学に励み、この学園で僕に出来ること、僕にしか出来ない事を見付ける、それを目標にしたいと思います。どうぞよろしくお願いします」


 ふぅ、と、アルベルトがひと息つき着席すると同時に、ベアトリクスとクレナから拍手を受ける。すると、他の生徒たちからも拍手が湧き上がり教室内に響いた。


「アル、自己紹介良かったよ」


「うん、ベアちゃんの言う通り、これから一緒に見つけようね」


「二人ともありがとう。お陰で気持ちが楽になったよ」


「どういたしまして。やっぱりアルはあたしがいないとダメみたいね」


 ベアトリクスは嬉しそうだ。


「じゃあ、次はボクの番だね」


 そう言ってクレナは立ち上がった。アルベルトは勇者の子孫、クレナが何が目的で入学したのか興味があった。伝説の存在、勇者の血を引いた者の言葉を。

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