第2話

「アル~、剣士ごっこしよっ!」


 ワンサイドにまとめた赤毛の少女がアルベルトの家のドアを開け、まるで我が家であるかのように遠慮なく家の中まで入ってきた。


「ベア、他人の家に勝手に入っちゃダメだって何度も言ってるでしょ?」


 注意したのが何度目になるか分からない言葉を、アルベルトはウンザリしながらも、根気よく赤毛の少女に言い聞かせる。


「だってぇ~」


 ベアと呼ばれた赤毛の少女はツリ目を細め、不満そうに頬を膨らませている。


「ベアちゃんはうちの子も同然だから、自由に入ってきていいからね?」


 ベアトリクスは隣の家に住む夫婦の子供であり、しくもアルベルトと同じ日に生まれた女の子で、ベアという愛称で呼ばれることが多い。


「そうやって母さんが甘やかすから……」


 部屋も隣ということもあり家族のような付き合いをしていることで、アルベルトの

母親のアンナはベアトリクスのことを我が子のように可愛がっている。


「まだ五歳の子供なんだから、これくらい無邪気でいいのよ。アルが年齢の割に落ち着き過ぎているのよ」


 アルベルトは物心がついた時に、前世の『倉持知典くらもちとものり』であった頃の記憶と共に自我が芽生えた。それ以降、精神が十六歳の彼は実年齢に見合わない言動で両親を驚かすことも多々あった。


「アンナおばさん、だいすき!」


 その言葉に気を良くしたベアトリクスは、満面の笑みを浮かべアンナに抱きついた。


「ふふ、毎日来ていいからね」


 ベアトリクスに抱き付かれ満更でも無いアンナは顔がニヤけている。


「うん! まいにちくる! アル、剣士ごっこしよう!」


 ベアトリクスの両親が元冒険者であったことも影響しているのか、彼女は剣術の真似事が大好きで、アルベルトはほぼ毎日剣士ごっこに付き合わされている。


「明日は二人とも『鑑定の儀』があるから、暗くならないうちに帰ってくるのよ」


「はーい」


 アンナに見送られ、ベアトリクスに手を取られたアルベルトは、半ば無理やり部屋の外へと連れ出されていった。


「ベア、毎日は止めて! 体がもたないから!」


 ベアトリクスの五歳児とは思えない力で引っ張られ、アルベルトの叫びも虚しく、近所の空地へと連行されたのであった。



「本当にやるの? 明日は『鑑定の儀』だし、ケガでもしたら行けなくなっちゃうよ?」


「てかげんするからだいじょうぶ!」


 手加減するとベアトリクスに宣言されていることからも、アルベルトはすっかり舐められているのが分かる。

 『鑑定の儀』を理由に何とか『剣士ごっこ』をやらずに済まそうと試みるも、一度やる気になったベアトリクスを止めることはできないようだ。


「それじゃあ、はじめるよ!」


「お手柔らかにお願いします……」


 やる気満々のベアトリクスと、一度も彼女に勝てたことがなく、明らかにやる気の出ないアルベルトの対照的な二人は、木の枝を削っただけの棒を剣に見立て、お互い向かい合い構える。


「やあっ!」


 可愛い掛け声と共にベアトリクスが素早い踏み込みで、アルベルトとの距離を一気に詰める。


 ――速い!


 五歳児とは思えない踏み込みの速さで、ベアトリクスは上段から剣に見立てた木の棒を振り下ろす。


「ぐっ……」


 カツンという軽い音を立て、二人の木の棒が交差する。

 木の棒の両端を持ち上段からの振り下ろしを何とか防ぐアルベルトだが、ベアトリクスの五歳児とは思えない膂力(りょりょく)で少しづつ押し込まれる。


 ――まずい……このままだと押し込まれて倒される……ならっ!


 アルベルトは木の棒の先端を握っていた左手を放し、左足を一歩引き半身になった。


「きゃっ!」


 木の棒をいなされたベアトリクスは体勢を崩し、大きな隙を見せる。


 ――ここだ!


 アルベルトは体勢を崩し、ガラ空きになったベアトリクスの上半身目がけて、右斜め上段からの振り下ろしを放った。


 ――取った!


「へっ?」


 ベアトリクスの左肩付近に当たるはずの木の棒は虚しく空を切り、アルベルトの目の前にいるはずの彼女の姿はどこにもなかった。

 勝ちを確信していたアルベルトが間抜けな声を上げたと同時に、身体に軽い衝撃を感じた。


「痛っ!」


 恐る恐る衝撃があった場所に目を向けると、ベアトリクスの木の棒がアルベルトの右脇腹に打ち込まれていた。

 ベアトリクスはいなされて体勢を崩すも、すぐに立て直しアルベルトの背後に回り込み、ガラ空きの胴に横薙ぎの一撃を入れたのであった。真剣であったならアルベルトの身体は真っ二になっていたはずである。それは恐るべき体幹の強さが成せる体捌きであった。


「参りました……」


 アルベルトは両手を上げ降参する。


「また、あたしのかちだね!」


 ベアトリクスは満面の笑みを浮かべた。その笑顔にアルベルトは負けたにもかかわらず、何となく嬉しい気持ちが湧き上がってくる。

 明らかな体力差に剣の技術、才能の違いをまざまざと見せつけられ、素直に感心するしかなかった。


「ああ、ベアトリクスは凄いな。全然勝てそうにないよ」


 大人にも負けない膂力に類い稀な体捌き。ベアトリクスには明らかな剣の才能があった。


「でも、アルにこうやって剣を……なんていうの、するってされたとき、ちょっとだけあせったよ?」


 ベアトリクスは剣をいなされたジェスチャーをしながら説明しているが、彼女なりにアルベルトに気を遣っているのだろう。


「そうか? じゃあ、もうちょっと頑張れば勝てたかな?」


「あたしに勝つには、ひゃくねんくらいはやいよ!」


「そうですか……」


 アルベルトは剣士ごっこで一度もベアトリクスに勝てたことがないが、悔しいという気持ちは持ち合わせていないので必要のない気遣いであるが、無下にもできないので一応合わせておく。


 ――それにしても……僕は死んで転生したんだけど、神様みたいな存在から特別な才能や能力を与えて貰えなかったのかな?


 異世界転生といえばチート能力を授かるもの、という前世のマンガやアニメの知識があったので、アルベルトとして物心が付いた時から、自分自身に何か特別な才能や能力がないか、と色々と考えたり試してみたものの、そういったモノを感じることはなかった。


 体力は実際の五歳児並みだし、魔法が使えるわけでも剣を上手に扱えるわけでもない。少しだけ同年代の子供より賢いだけだ。


 ――まあ、明日の『鑑定の儀』で分かるだろ。


 色々考えても仕方がない、とアルベルトは才能や能力についてあれこれ考えるのを止めた。

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