転生召喚士は異世界で勇者を召喚する
ヤマモトタケシ
第1話
「はぁ、はぁ、はぁ……」
病院の入り口を走り抜け、エレベーターホールに到着したブレザーの学生服に身を包んだ、まだ幼さが残る黒髪の少女は、エレベーターが停止している階の表示を窺うと、少し焦った表情を浮かべ、待ってはいられないと息を切らしながら階段を駆け上がった。
「ともくん……きゃっ――」
黒髪の少女は幼馴染の男子の名前を、悲痛な表情で呟きながら階段を駆け上がるものの、慌てていた為か足がもつれ
「痛……」
段差の角に
階段から病室が並ぶ廊下に飛び出した黒髪の少女は、病院の廊下を走ることに申し訳なさを感じながら脛の痛みを無視し、そのまま走り続けた。
「ともくん!」
目当ての病室に辿り着いた黒髪の少女は、階段を駆け上がってきた勢いのまま病室に飛び込んだ。
「
突然、病室に飛び込んできた人影に驚いた中年の女性は、今にも泣きそうな顔で少女の名前を口にする。
高校一年生の
知典と幼少の頃から家族同士の付き合いがあった奈緒は、授業中にもかかわらず学校を抜け出して病院に駆け付けることができた。
「沙織おばさん! と、ともくんは!?」
「もう……意識も殆どないって……だから……最後に知典の顔を――」
沙織は最後まで言葉を紡ぐことが出来ず、床に視線を落とした。
「そ、そんな……」
沙織の『最後に』という言葉に、奈緒は幼馴染の状態を嫌でも理解してしまう。
生命維持装置に繋がれ、ベッドに横たわる幼馴染に奈緒は恐る恐る歩み寄る。
周囲の医者と看護師は特に処置などはせず、心電図モニターに目配せしつつ患者を見守っているだけであった。
その様子はまるで終わりを待っているようであった。
「ともくん……奈緒だよ……聞こえてる、かな?」
知典の目は薄っすらと開いてはいるものの瞳に光は無く、その言葉が耳に届いているのか奈緒には分からなかった。
「昨日ね、学校で先生がね――」
奈緒は知典の手を握り、唐突に学校での出来事を語り始めた。
しかし知典は握り返してくるでもなく、奈緒が力を抜けばその手はするりと落ちてしまいそうであった。
「それでね――」
知典からは何も反応が無いにもかかわらず、奈緒は話し続けた。
「だから……ともくんも早く病気を治して……前みたいに一緒に学校に行こ?」
奈緒はそう言うと、今まで我慢していた涙を流し始めた。
その姿は病室にいる知典の家族の涙を誘い、病室にすすり泣く声が静かに響いた。
「え……!?」
その後しばらく沈黙していた奈緒は知典の変化に気付き小さな声を上げた。
手を握っても話しかけても何の反応を示さなかった知典が、弱々しくも奈緒の手を握り返してきたのだった。
「と、ともくん!」
意識を取り戻したのかと思った奈緒は知典の顔を覗き込む。
「……」
酸素吸入器を取り付けた知典の口が小さく動いているが声は出ておらず、何を伝えたいのか奈緒には分からなかった。
「ともくん! 奈緒はここにいるよ!?」
何とか言葉を聞き取ろうと奈緒は、パクパクと口を動かし続ける知典の口元に耳を近付ける。
「……か……で……」
先ほどまで虚ろな目をしていた知典の瞳に僅かに光が戻り、小さく開いた口から微かに言葉が聞こえる。
「ともくん、聞こえてるよ。ゆっくりでいいからね」
知典が意識を取り戻したと思った奈緒は言葉の続きを待った。
「な……かな……で……い……ま……で……あ……がと……う」
途切れ途切れであったが奈緒には知典の言葉がハッキリと聞こえる。
『泣かないで。今までありがとう』
と。
まるでお別れであるかのような言葉を口にした直後、力を失った知典の手が奈緒の手からするりとベッドに落ちたと同時に、まるで眠るように彼は静かに瞼を閉じた。
「ともくん……?」
心電図モニターから甲高い警告音が発すると今まで小さく波打っていた波形はフラットになり、周囲で見守っていた医者と看護師が慌ただしく動き始める。
「い、いやぁぁぁーーーーッ!! ともくん! ともくん! お願いだから……置いていかないで!」
奈緒の悲痛な叫びが廊下にも響き渡った。
こうして倉持知典はわずか十六年の短い人生に幕を下ろした。
「暗い……暖かい……ここは……?」
倉持知典の意識は真っ暗で何も見えない中、妙な感覚に囚われていた。
「水の中? でも呼吸はできている……それに何だか懐かしい感じがする……」
何かの液体で身体を包み込まれるような感覚の中、知典は暖かさと懐かしさ、そして小さい頃に母親に抱かれていた時のような安らぎを感じていた。
「僕は死んだんだよな……?」
奈緒に握られていた手の感触と、大粒の涙を流す彼女の顔を鮮明に覚えている。その光景を思い出した知典は自身が死んだことを理解する。
「それじゃあ……ここは死後の世界、なのかな……? 僕は悪いことはしていないと思うし天国だったらいいな……」
自身の死を受け入れた知典は、そんな事を冷静に考えていると突如、猛烈な眠気が襲ってきた。
「でも……もう少し生きていたかったな……奈緒ともっと一緒に――」
最後に見た奈緒の泣き顔が脳裏に浮かんだ知典は、これが未練というやつか……と考えながら必死に意識を保とうとしている。
『運命に抗い我を楽しませろ。その為にお前は生まれ変わる』
耐え難い眠気の中、知典は意識を失う直前にその言葉がどこからともなく聞こえてきた。
その威厳に満ちた声は意識を失い掛けている知典に理解できるくらい脳内に直接響いた。
「……生まれ……変わる……?」
直後、何も考えられなくなった知典の意識と共に全ては暗闇の中に溶けていった。
◇ ◆ ◇
シルヴェリア大陸の南方に位置するセレスティアン・エンパイア王国の首都アストリアムの城壁に最も近い片隅、平民の住むアパートが並ぶ一角の古びた一室で一人の赤子が産声を上げた。
「おお、元気に泣いておるな。健康な男の子じゃ」
助産婦の老婆は自分で取り上げた赤子を抱き上げ、出産の疲れでまだ呼吸の整わない母親であるアンナに引き渡した。
「あぁ……あなたは私の宝物……無事に生まれてくれて本当に良かった……」
アンナは我が子を優しく抱き上げた。
「ほら、あなたも抱いてみて」
アンナは赤ん坊の父親であり伴侶でもあるハンスに目を向けた。
「ど、どうやって抱けばいいんだ……?」
初めての子供でどう抱けばいいのか分からないハンスは戸惑っている。
「生まれたばかりの赤ん坊は首がすわっていないから、こうやって支えてあげて」
オロオロしているハンスに優しく微笑み、赤ん坊の抱き方をレクチャーする。
「こ、こうか……?」
「そう、片手で首を支えて、もう片方の手でお尻を支えて……」
貴重な壊れ物を扱うように、アンナから恐る恐る我が子を受け取ったハンスは、軽くてすぐに壊れてしまいそうな身体と、その温もりに命の尊さと重さを実感し、感動に震えていた。
「おぉ……この子が俺の息子か……こんな可愛い赤ん坊は見たことがない……」
「ふふ、私たちの子供はこの国で……ううん、この世界で一番可愛いわね」
アンナも最愛の我が子を前にすると、親バカっぷりを発揮するハンスと同じ親バカになってしまうようだ。
「世界一可愛い我が子に『アルベルト』と名付けよう!」
男の子が生まれたらハンスが、女の子だったらアンナが命名すると事前に決めていた。
「とても素敵な名前……アルベルト、あなたは私たちの宝物。元気に育ってね」
そう言ってアンナはアルベルトの頬にキスをした。
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第一話、お読みいただきありがとうございます。
お久しぶりのヤマモトタケシです。
今回は初めて異世界ファンタジーというものを書いてみました。
自分の好きなように書いてしまったので、恋愛要素が強めかもしれません。
初めての異世界モノなので色々と足りない部分はあるかもしれませんが、お付き合いいただければ幸いです。
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