第16話
「これから、この世界に生息する魔獣と野獣の違いについての講義を始めます」
入学して間もない一年生には、この世界では常識とされている知識の講義が多い。この国ではアルベルトが前世で過ごした日本のように初等教育がなく、農民や平民、貴族とでは教育水準に大きな差があり、学力や知力がバラバラである。中には間違った知識を教えられる者も多いため、この学園では一般常識と思われるようなことを、一から学び直すようにカリキュラムが組まれている。
「それでは、魔獣と野獣の違いを説明できる生徒は手を挙げて下さい」
教師のソフィアは、まず、生徒に質問することが多い。そこから間違いを指摘して訂正しながら授業を進めるスタイルのようだ。
「では、ベアトリクスさん説明をお願いします」
真っ先に手を挙げたベアトリクスが、ソフィアに指名された。
「はい! 食べられるのが野獣で、食べられないのが魔獣です!」
ドヤ顔で自信満々にベアトリクスが答える。
「そ、そうですね……間違ってはいませんが、もう少し詳しく説明できますか?」
ベアトリクスの答えに、クスクスと笑う生徒の声が聞こえてくる。
「えーと……魔獣の方が強い……かもしれないです」
食べられるのか、強いのか、という基準で判断しているベアトリクスが微笑ましくて、アルベルトは、つい頬が緩んでしまう。
「あ、アル、今笑ったでしょう?」
「いや、ベアらしい回答だなと思って」
「あーやっぱりバカにしてる!」
ベアトリクスの強くなりたいという己の欲求に正直なところは、見習いたいアルベルトであった。
「はい、お喋りはその辺にして、アルベルトくんは説明できますか? 特に君にはとても重要な話ですよ」
ベアトリクスと無駄話をしていたせいで、ソフィアに目を付けられ説明を求められてしまったアルベルトは、自分に重要な話と聞き、頭をフル回転させ考える。
「……野獣は倒すと死骸が残りますが、魔獣は魔核だけを残して消えてしまいます。その残った魔核が召喚魔法に使われる……だから僕にとって重要な話、といういうことでしょうか?」
アルベルトはまだ召喚魔法は使えないが、その概要は知っていた。
「その通りです。野獣は私たちと同じ生物で雄と雌が存在し、生殖行為によって繁殖します。また、生態系内で生物が他の生物を食べ、また食べられることによってエネルギーが移動するサイクルに組み込まれています。しかし、魔獣はそのサイクルから外れており、魔王や魔族と同じような存在と考えられています」
――そうなると魔獣はどうやって、その数を増やすしてるんだろ?
魔獣は冒険者や王国の軍隊に討伐されても、個体数が減らないことをアルベルトは不思議に思っていた。
「先生、質問よろしいですか?」
ヘンリーが手を挙げて質問の許可を求めた。
「はい、ヘンリーくん大丈夫です」
ソフィアのQ&A形式の授業は続いていく。
「魔獣はどのようにして、その個体数を維持しているんですか? 冒険者によって駆除されているにもかかわらず、数が減っていないように思えるのですが」
ヘンリーもアルベルトと同じように、狩っても狩っても減らないことに疑問を持っていたようだ。
「それは長いこと謎でしたが、闇属性を持っている召喚士の長年の観測と研究によって解明されつつあります」
ソフィアの説明では召喚士しか魔獣の生態ついて詳しく観測できないような言い方である。
「まず、先ほどアルベルトくんが回答したように、魔獣を倒すと魔核が残ります。魔核とは魔獣の身体を維持するために必要な魔力を溜め込んだ魔石のようなものです。これが、魔獣の中で最も弱いとされているザコウスラビットの魔核です」
ソフィアは教壇の上のトレーから小さな魔核を親指と人差し指で挟み、生徒に見えるように掲げた。親指くらいの正八面体で、淡い透き通ったピンク色で、不思議な輝きを放っている。
――魔核とか魔石って魔道具の動力源となる魔力を溜め込む、バッテリーみたいなもんだったよな?
アルベルトの前世の知識から魔核や魔石はバッテリーのようなものと解釈している。
「魔核と魔石の違いについて説明します。魔石は鉱物の一種で、魔力を溜めることができるという性質を持っています。その点では魔核と同じですが、魔力を放出して空になった魔石は、魔力を再び溜めることができます。しかし、魔核は溜め込んだ魔力を使い切ると再充填できません」
――使い捨ての乾電池と、充電式の乾電池みたいなものか。
アルベルトに深く刻まれた常識や知識は、やはり日本での前世の経験が大きなウェイトを占めていた。
「そして魔石は加工できるのに対して魔核は加工できません。どんなに熱を加えても、圧力を掛けても破壊できないのです。魔核を破壊できるのは、神器のみと言われています。そのため魔核は市場での価値はとても低いです」
加工できない上に使い捨ての魔核は、かなり使いにくい素材のようだ。
「このように魔核は使い勝手の悪い素材ですが、召喚士にとって非常に重要で必要不可欠なものです。では、実際にこの魔核を使って魔獣を召喚してみましょう」
そう言うとソフィアは教壇から降り、床に魔核を置き少し距離を取った。
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