#11 愛の伝道者テメーガユ・ウナ
勇者ケンジャノッチは魂が抜けたようにベッドの上で横になっていた。魔道士ウラギールや剣士マトハズレイが話しかけると、「罪のない人を斬ってしまった」と一言いったきり、何も話さなくなった。ウラギールは一度このままひとりにしておいた方がいいと判断し、マトハズレイとともに街に出かけた。ケンジャノッチはぼーっとした頭でひとり思考を巡らせていた。
ウラ・ナイシ……彼は明らかに怪しかった……
挙動不審だったしオオカミみたいなヒゲもしていた……
どうしてあんな紛らわしい態度をとったんだ……!
待て……そういえばウラ・ナイシは村長ジン・ロウが人狼だって言ってたじゃないか……
ヒントはあった……僕が判断を間違ったんだ……
ジン・ロウ……あんなに僕たちに優しくしてくれたのに……
信用したのに裏切られた……
もう誰も信用できない……
サギッシーのときだってそうじゃないか……
すぐに信用して2万8000ゴールドのミカンを買わされた……
もう誰も信用しちゃダメだ……
ウラギールだっていつか僕のことを裏切るかもしれない……
マトハズレイだって……
いやマトハズレイはなぜか裏切らなさそうな謎の安心感があるけど……
それでもどうかはわからない……
信用できない仲間とこれからも旅を続けるのか?
無理だ……心がもたない……
やっぱり帰ろう……
初めから僕には無理だったんだ……
思い返してみれば今までの敵との戦いで僕はなにか役に立ったか……?
いつだって敵を倒したのはウラギールかマトハズレイじゃないか……
そうか……僕は初めから必要なかったんだ……
僕がいなくたってあの二人が魔王を倒してくれる……
帰って田んぼを耕そう……そうだ……そうしよう……
ケンジャノッチがぐるぐる思考を巡らしていると、そのまま眠ってしまった。
気がつくと夜になっている。
ケンジャノッチはもう一度眠ろうと思ったが、眠ることはできなかった。
ケンジャノッチは起き上がりイスに座った
イスに座ったからといって何をするわけでもなく、ケンジャノッチはただぼんやりと座っていた。
しばらくして、ウラギールが部屋に入ってきた。
「起きたんだ」
その口調はいつもより少し柔らかい感じがした。
「この村の図書館ってけっこう充実してるんだね。回復魔法の使い方が載っててさ、試しにやってみたらできちゃった。これでピンチになっても立て直せるかも」
ウラギールの報告に、ケンジャノッチは沈黙で返した。
少しして、今度はケンジャノッチが口を開いた。
「ごめん……僕はもうこれ以上やっていける自信がない……」
「なーに言ってんの。冒険に悲しさや苦しさはつきものでしょ?」
ウラギールは深刻な雰囲気を避けるためか気楽な感じで答える。
「僕はウラギールみたいに強くない……」
「大丈夫。ケンジャノッチだって前向きになれる。だってケンジャノッチには賢者の血が流れてるんだから」
「このケンジャノッチに賢者の血が流れてるわけないよ……」
「もー、信じるって約束したでしょ」
ケンジャノッチはウラギールの雰囲気には流されず語り出した。
「ウラギールは知らないだろう……? 不安で眠れない夜があること。世界から消えてしまいたくなること。期待という大きな荷物を背負わされて。その荷物に押しつぶされて、それでもその荷物をおろせないこと……」
ウラギールは黙ってケンジャノッチの話を聞いていた。
「誰かに愛される自信がないこと。誰かを愛する自信もないこと。それなのに、誰かに愛されたいと願ってしまうこと……」
「ばーか」
ケンジャノッチはウラギールの意外な反応に黙ってしまう。
「ケンジャノッチの何がバカなのか教えてあげる」
ウラギールがケンジャノッチに一歩近づいた。
「人を愛することができるのに一歩踏み出せないこと。愛されていてもそれに気づけないこと。自分が特別に不幸だと思ってること。その特別な不幸に安心して勇気を出せない言い訳をずっとし続けていること。そして、眠れない夜も、世界から消えたくなる思いも、期待という荷物をおろせないことも、愛される自信がないことも、愛する自信がないことも、それでも愛されたいという感情も、私が知らないと思い込んでること」
ウラギールは少し目をそらす。
「あんたがびくびくしてるから頑張ってるだけだっつーの」
ケンジャノッチは泣いていた。
「え、ちょっと? なんで泣いてんの?泣きたいのはこっちなんだけど……もー、私まで泣いちゃうじゃん……」
ウラギールは戸惑っていた。
「あーもうやだ……ケンジャノッチの前で泣きたくないんだけど……」
「なんで僕の前で泣きたくないんだよ……」
「ケンジャノッチがただ慌てて不安になるだけじゃん……」
「ごめん……」
「ごめんじゃなくて……」
ウラギールはケンジャノッチを見つめた。
「5秒だけ胸かして……」
「え……」
ウラギールはケンジャノッチの胸に顔をうずめた。
きっちり5秒後、ウラギールはすっきりした顔で離れた。
「ありがと。気がすんだ」
ケンジャノッチは黙っていた。
「とっとと寝て。明日出発するんだから。なにその顔?」
ケンジャノッチは黙っている。
「もーしょうがないなぁ。眠れるまで手ぇ握っといてあげるから」
ケンジャノッチはベッドに横になる。ウラギールはすぐ近くのイスに座りケンジャノッチの手を握っている。
そうだケンジャノッチ、これを伝えに来たんだった。
ケンジャノッチが人狼だと思って斬った人、無事だったみたい。
たまたま防刃ベストを着てて大したケガじゃなかったみたい。
え? そんなことあるかって?
人狼に襲われるかもと思ってずっと身につけてたんじゃない?
ま、ひとまずよかったってことで。
ふ……泣くなっつーの。
ケンジャノッチさ。愛するとか愛されるとか……
ひとりでぐだぐだ考えるなんてバカみたいだよ。
そんなの二人いなきゃできないのにさ……
ケンジャノッチはこの旅が終わったら何がしたい?
ううん……やっぱりききたくないや……
ケンジャノッチ……?
ふふ……子供みたいな寝顔……
もう少しおしゃべりしてくれてもよかったのにさ……
ケンジャノッチ……
私……ケンジャノッチを裏切るくらいなら……
紫色の玉座に座る魔王ユウ・シャノチーチの目の前に女が現れた。
「おお、戻ってきたか……状況はどうだ?」
ユウ・シャノチーチは女の言葉に耳を傾むける。
「ツヨスギルンとジン・ロウどももやられたか。やつらも俺の血から作り出されたワラ人形。それでいい。そろそろやつらもここに来るわけだな。しかしケンジャノッチもまさか仲間に裏切り者がいるとは夢にも思わないだろう」
ユウ・シャノチーチは女を見つめた。
「お前にひとつきこう。お前はケンジャノッチと戦えるか? お前はここでケンジャノッチを裏切ることになる。敵とはいえ旅の苦楽をともにした時間があるだろう。情に流されたりはしないか?」
ユウ・シャノチーチはその答えをきく。
「それでこそ暗黒四天王の最上位にふさわしい。さすがにお前はワラ人形のほかの暗黒四天王とは違うな……それでは期待しているぞ」
ケンジャノッチが朝起きると、宿は静かだった。ウラギールもマトハズレイもいない。
ケンジャノッチは宿を出た。少し歩くと、座り込んで何かをしているウラギールがいた。
「ウラギール?」
ケンジャノッチが近づくと、ウラギールが花かんむりを作っているのがわかった。
「あ、おはよー。見て見て。花かんむり作ったの」
「ああ……」
「小さい頃よく作ってたなぁって」
心なしかウラギールが子供のような顔をしているように見えた。
「なにその微妙な顔」
「ああいや……なんだかいつもより子供っぽいなって……」
「悪い?」
「ううん。いいよ」
「うわー笑ってる。人のことバカにして」
「違うよ。これはバカにした笑いじゃなくて……」
ウラギールは遠くを見た。
「私ね、子供の頃は大人のことが理解できなかったんだ。どうして大人たちは私の気持ちをわかってくれないんだろう。私だけはあんな大人にならない。今の気持ちをずっと覚えておくんだって。でも自分が大人になっていくにつれてその気持ちを思い出せなくなっていくの。少しずつ、少しずつ。公園の夕焼けも、道端で見つけた花も、好きだった人も、そのときの気持ちなんて思い出せなくなる……だからたまにはこうやって子供の気持ちにかえってもいいでしょ?」
ケンジャノッチは「そうだね」と同意した。
「もし私に子供がいたら教えてあげるんだ。今のその気持ちは素敵なものなんだよって……なにさっきからジロジロ見てんの」
「あ、ごめん。ウラギールはきっと素敵なお母さんになるんだろうなと思って……」
ウラギールは物憂げに黙った。
「ま、この旅で死ななきゃね」
「僕たちなら大丈夫。きっと全部うまくいく」
ウラギールは「へー」といいながらケンジャノッチをジロジロ見た。
「な、なに……?」
「ちょっとは人の励ましかた覚えたじゃない」
「そ、そうかな……?」
「さっすが賢者の血が流れてる人は違うなぁ」
「からかうなよ……」
二人が話していると、突然横から、鼻の下にひげをたくわえた中年の男が話しかけてきた。
「青いねえ」
二人が振り向くと、その男は自己紹介を始めた。
「やあ、僕は愛の伝道者テメーガユ・ウナだ」
二人は簡単に自己紹介した。
「人狼はキミたちが倒してくれたときいたよ。この村にも勇者がいたんだがどこかへ行ってしまってね。とても助かったよ。ありがとう」
「あ、どうしたしまして」
「それはそれとしてだ。おふたりさん、人生にとって最も重要な物がなにかわかるか?」
ケンジャノッチは戸惑いながら首をかしげる。
「愛。愛だよ。愛が世界に平和をもたらす。そして人生の幸福とはずばりどれだけ愛されたかだよ。キミたちはどうすれば愛されるのか、まるでわかってないようだね。まずキミ」
「は、はい」とケンジャノッチは返事をしてしまった。
「キミはリアクションが地味だ。話している甲斐がない。もっと大きなリアクションをとって彼女を気持ちよくさせなきゃ。いいか、さっき彼女が花かんむりを見せてくれただろう」
うわあ……この人そこからずっと見てたんだぁ……
「なんだあのリアクションは? もっと驚いて見せないと。ど、どひゃー! 花かんむりだってぇー! ほら、やってみて」
「はい?」
「はい、彼女が花かんむりを見せてきました、はい」
「ど、どひゃー、花かんむりだってぇー……」
「うん、まあさっきよりはマシだ。すぐに身につけられるものではないからな。日々鍛錬だ。そしてキミ」
「は、はい」とウラギールは返事をしてしまう。
「キミのことを愛したいとは思えないな。よし、まずはあごをひいて。で、口調もかわいく。はにゃにゃ~、花かんむりをつくったぞよぉ~。はい」
「はにゃにゃ~……花かんむりをつくったぞよぉ……」
ウラギールは低いトーンでかなりぎこちなくマネをした。
「うん、きみはこの路線じゃないな。真剣なまなざし、頭がよさそうにあごに少し手を当てて見よう。うん、キミはこういう真剣で知的な感じが似合うな。そして、なるほど、見えたぞ。こうだ」
「なるほど、見えたぞ」
ウラギールはそう言ってすぐ、ある違和感を覚えた。
「この感じ……どこかで……」
ウラギールの目の前にある映像が浮かんだ。あごに手をあてる、真剣なまなざし、そして「なるほど、見えたぞ」という言葉……そう、ウラギールの目に浮かんだのはマトハズレイだった。ウラギールはテメーガユ・ウナに言った。
「テメーガユ・ウナさん、これはキャラが被ります」
「キャラ……なんのことかわからないがとにかく日々鍛錬あるのみだ。愛されない人生なんて無意味だからな。そんな無意味な人生を送らないようにな」
ケンジャノッチは気圧されながらこういった。
「す、すごく知識がおありなんですね」
「ああもちろん、なにせ愛の伝道者だからね」
「テメーガユ・ウナさんはきっと僕が想像もつかないほどみんなから愛されているんですね」
「いいや」
ケンジャノッチは疑問のある顔をした。
「おじさんは全く愛されない。人生で愛されたことがない。つまり一切モテたことがない」
二人は沈黙した。
「いいかい、おじさんのアドバイスを取り入れれば必ずみんなから愛されるようになる。なにか困ったことがあるんだったら必ずおじさんにきくんだぞ。キミたちが愛されるにはなかなか時間と苦労が必要だと思うが……日々鍛錬だ! 頑張りたまえ!」
そう言うとテメーガユ・ウナは去っていった。
「テメーガユ・ウナ、てめぇが言うな」とケンジャノッチは心の中でつぶやいた。
ウラギールはあごに手をあて真剣なまなざしでなにか考えていた。そして、キッとケンジャノッチに視線を投げる。
「はにゃにゃ~、それじゃあ魔王の城に向かうぞよぉ~」
ウラギールがそう言うと、ケンジャノッチは明らかに目線をそらし遠くを見つめた。
「うん、そうなると思ってたよ」
ウラギールは虚無の微笑みを浮かべながらそうつぶやいた。
「ふん、さ、魔王の城にいくよ」
ウラギールは切り替えて歩き出した。
かわいすぎて……直視できなかったな……
「あ、そういえばウラギール、マトハズレイは?」
「あれ、そういえば」
二人が話していると、何者かが猛スピードで走ってきて、二人の目の前で砂埃を巻き上げながら止まった。
「どこ行ったのかと思ってたら」
ウラギールがそう言うとマトハズレイが返す。
「朝といえばジョギングだろ! 私はジーニアスな頭脳を保つために毎朝1億キロのジョギングを日課にしているからな!」
ウラギールはマトハズレイの話を流して「出発しよっか」と切り替えた。
ケンジャノッチは決意を胸にみんなの前に立った。
「みんな……全ての国民の幸せを願っている国王の命令に従い、国民が失踪している事件の真相を明らかにし、この事件の黒幕、魔王ユウ・シャノチーチを倒しにいくぞ!」
三人はジンロー村をあとにし、歩き始めた。
【次回予告】
ジンロー村をあとにしたケンジャノッチたち。魔王の城へ行く途中に、ある男が現れる。ケンジャノッチたちの前に再び現れた人物とは?
次回、復讐の青年ユ・ウジンナシ。
ネタバレは禁止だよ。
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