#19 王妃フリーン


 首の裏に黒いマークが刻まれた勇者ケンジャノッチは、王妃フリーンに従うことが自然であるかのような態度だった。魔道士ウラギールは涙を浮かべる。

「ケンジャノッチ……目を覚ましてよ……」


 ケンジャノッチは戸惑った顔でウラギールを見つめた。

「ごめんウラギール……ウラギールがいったい何を必死になっているのかわからないよ……」


 ウラギールはケンジャノッチの胸で涙を流した。

「ねぇ……目を覚ましてよケンジャノッチ……」

 ケンジャノッチを不思議な感覚が襲った。

「ウラギール、どうして泣いてるの……?」


 ケンジャノッチは、訳も分からず涙をこぼした。

「どうして僕まで涙がこぼれてくるんだろう……何が悲しいんだろう……何が懐かしいんだろう……この感覚は……?」


 ケンジャノッチはウラギールを見つめた。

「僕は今、ウラギールを裏切ろうとしていた……?」

 ケンジャノッチはフリーンの方を振り向いた。


 マトハズレイが大声を上げた。

「見ろウラギール、ケンジャノッチの首の裏」

 ウラギールがケンジャノッチの首の裏を見ると、愛の刻印は光りだしており、そのままその光はケンジャノッチの首から浮かび上がり、空気中に消えていった。ケンジャノッチの首の裏にはもう何も残ってはいなかった。


「バカな、魔力で増幅した私の愛を超えるものなど存在しないはず……」

 フリーンは驚きを隠せなかった。ケンジャノッチはフリーンを見据えていた。

「フリーン、お前が言う愛は、ただ人を操るための道具にすぎない。そんなのは愛なんかじゃない」



 まったく……

 駒の分際で生意気な……


 私の愛を受け入れられないなら用はない……

 この誘爆魔石に魔力を送れば爆発魔石を仕込んだケンジャノッチのブレスレットが爆発する……

 魔王ユウ・シャノチーチに渡したものは偽物だけどこれは本物……



 フリーンはにやりと笑う。

「さよなら、ケンジャノッチ!」

 フリーンは隠し持っていた魔石に魔力を送り込んだ。しかし、そこにはただ静寂があるだけだった。フリーンがケンジャノッチの腕を見ると、そこにブレスレットはなかった。

 ウラギールが誇らしげに言った。

「残念だったねフリーン。ケンジャノッチのブレスレットは私が外しておいた」

「こざかしい……」


 フリーンを囲んでいた柱が白く光り始め、地面から白いオーラが浮かび始めてきた。

「私にさからったことを後悔するがいいわ」

 白いオーラがフリーンを包み込み始めた。

「新しい世界秩序の頂点となる私の意志におとなしく従っておけばよかったものを!」


 床一面に赤、青、黄の花が咲き始めた。中央には巨大な白い花が咲き、フリーンはその花に飲み込まれた。巨大な花の下には、大きな花が無数に咲き誇り、葉やツルなどが生い茂った。フリーンはその美しい要塞の頂点にいた。


 マトハズレイは圧倒されていた。

「これが、王妃フリーンの魔力……」


「お前たちには永遠の孤独と絶望を与えよう……」

 フリーンを守るように大きな赤い花、青い花、黄色い花が立ちはだかる。要塞の中心からは白いオーラが、周りの大きな花からは、赤、青、黄色とカラフルなオーラが混ざり合いながら発せられていた。王妃フリーンは白い花びらに包まれ守られていた。


「ケンジャノッチ!」

 ウラギールの目は青く光り、体の周りに青いオーラが漂う。

「大丈夫。僕たちならやれる」

 ケンジャノッチの体を白いオーラが覆う。


「愛に飢えながら消えていくがいい」

 要塞のオーラは嵐のように激しく吹き荒れた。


「今までだってわずかな可能性を信じてきたんだから!」

 ケンジャノッチの声にマトハズレイが返す。

「確かにその通りだな」

 マトハズレイの目は黄色く光り、体を黄色いオーラが覆った。


「これが最後の戦いだ、行くぞ!」


 大きな花が炎の玉を連射した。ケンジャノッチたちはそれを散り散りになってよけた。ケンジャノッチが赤い花を斬ろうとすると、黄色い花が電気を帯びたツルでケンジャノッチを襲おうとする。マトハズレイはそのツルを目にもとまらぬ速さで切り刻んだ。ケンジャノッチは赤い花の首を切り、花びらは美しく地面に落ちそのまま灰になった。


 マトハズレイが黄色い花を斬ろうとすると、青い花が氷の弾丸を発射した。ウラギールはマトハズレイと青い花の間に割り込み壁をはった。氷の弾丸は全て壁にはじかれた。黄色い花はマトハズレイに斬られ、そのまま灰となった。青い花が再び青いオーラを放ち始めると、ケンジャノッチはそのまま青い花を斬り、花は灰となった。


「いいわ。お前らには超魔道シノコクインをおみまいしてやろう」

 フリーンがそう言うと、マトハズレイが噛みしめるように繰り返した。

「超魔道シノコクイン……」


 白い花びらが開きフリーンが姿を現す。フリーンが天に手を掲げると、そこに白いオーラが吸い込まれ巨大な光の玉となった。


 その巨大な玉が三人のもとに降下してくる。

 ケンジャノッチのオーラは白い天使となり、巨大な玉を押さえ始める。しかし天使は少しずつ後退し、巨大な玉は少しずつケンジャノッチたちに近づいてきた。ケンジャノッチは魔力を送り続けるが、いつまでもつかはわからない。


 魔道士ウラギールが、国王クロマークから奪ったネックレスを握る。ウラギールの周りに紫色のオーラが満ち始めた。ウラギールのオーラは悪魔となり、巨大な玉へと向かった。光と闇の力は相殺し、巨大な玉は、天使と悪魔とともに散った。


 フリーンは再び白い花びらに包まれた。今が攻撃のチャンスとマトハズレイは要塞に駆け寄る。すると足元から無数のツルが伸び始め、マトハズレイの体にまとわりつこうとする。マトハズレイがツルを斬りながら前進すると、先ほど灰になったはずの大きな花がまた出現する。マトハズレイは花の攻撃をよけながら要塞を駆け上がり、フリーンのもとへ行った。マトハズレイはフリーンを守る花びらに剣を振り下ろした。ガキンッという音の響きとともに、マトハズレイの剣が折れた。いつの間にか接近していた赤い花がマトハズレイに火の玉を浴びせ、マトハズレイは要塞を滑るように落ちた。


「マトハズレイ!」

 落ちたマトハズレイは巨大なツルに腹を叩かれ、ケンジャノッチとウラギールのもとに飛ばされた。フリーンは既に花びらを開き光の玉を出現させていた。


「嘘だ……もう……?」

 ケンジャノッチは目を見開いた。ケンジャノッチもウラギールもさっきの巨大な玉に対抗するために魔力を大きく消耗していた。次の一撃に対抗できる力は残っていない。


「ひざまずくがいい!」

 フリーンは超魔道シノコクインを放つ。巨大の玉がケンジャノッチたちに向かって落ちてくる。ケンジャノッチとウラギールは魔力を振り絞って、天使と悪魔を出現させた。しかし、それでも玉は少しずつ降下した。ケンジャノッチとウラギールは魔力を送り続けていたがもう限界だった。


「二人とも、さがれ」

 マトハズレイが二人の前に立った。

「マトハズレイ?」

 マトハズレイは両手を広げ、巨大な玉を迎え入れるポーズをした。ケンジャノッチが驚いた。


「な、なにを考えているんだ」

「私がここであの玉を受け止める」

「そんなことできるはず……!」

「計算の結果、この方法であれば70%の確率でお前たちは助かり、1%の確率で私も助かる」

「ダメだ、マトハズレイ!」

「見くびるな、私を誰だと思っている? 圧倒的頭脳の剣士マトハズレイだぞ」

「でも……」


 二人の魔力は切れ、天使と悪魔は消失した。光の玉がそのまま降ってくる。

「さがって伏せろ!」

 マトハズレイは両手を広げたまま言った。

「ケンジャノッチ、マトハズレイを信じよう……!」

ケンジャノッチとウラギールは後ろにさがり伏せた。マトハズレイの体に黄色いオーラが吹き荒れる。光の玉はマトハズレイに迎え入れられた。マトハズレイは声を上げながら、光の玉をせき止める。


「マトハズレイ!」

 ケンジャノッチには叫ぶことしかできなかった。花が吹き荒れ、視界は真っ白になった。


 静寂が続いた。ケンジャノッチが目を開けると、装備を破壊され倒れているマトハズレイがいた。

「マトハズレイ……」


 魔力を消耗しきったケンジャノッチは立ち上がり、よろよろとマトハズレイの元へ歩いていく。

「マトハズレイ……マトハズレイ……」

 ケンジャノッチは涙を流しながらよろよろと歩いていく。


 すると、マトハズレイは、不屈の魂燃えあがるプロレスラーのごとく、体を起こし立ち上がった。

「マトハズレイ……!」

 ケンジャノッチは笑みをこぼした。

「これが1%の確率を引く剣士、マトハズレイだ」

 マトハズレイは背中を向けて語った。


 しかし、ケンジャノッチにはマトハズレイの首の裏に何かがあるのが見えた。


 フリーンの声が聞こえる。

「それは死の刻印。その刻印がお前の体を蝕む。どのくらい耐えられる? 10分? 5分か?」

「マトハズレイ……」


 マトハズレイの体ががくんと沈んだ。しかしマトハズレイは踏ん張り、また立ち上がる。

 マトハズレイの前には巨大な要塞と鮮やかに輝く大きな花が立ちはだかっている。


 マトハズレイはフリーンを指さした。


「お前ごとき、5分もあれば十分だ」




【次回予告】

 王妃フリーンの圧倒的な力でねじ伏せられるケンジャノッチたち。ケンジャノッチたちはフリーンを倒し、世界の呪いを解くことができるのか? 最後の敵との戦いと、物語の結末は?


 最終回、最後の敵。

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