#20 最後の敵


 ケンジャノッチたちの前には要塞と色鮮やかな大きな花が立ちはだかっていた。

 ケンジャノッチとウラギールの魔力は尽きており、時間を置かないと大した魔法は使えない。

 マトハズレイは死の刻印に体を蝕まれている。


 今まで幾度となく危機はあった。クロマークを倒し、愛の刻印も克服した。

 しかし今度ばかりはどうしようもないかもしれない。

 ここで物語が終わる……そういう運命なのかもしれない……


 いや……運命がなんだというのか?

 そんなものは自分の手で変えればいい。



 ケンジャノッチは剣を抜いた。

「ウラギールはそこで魔力の回復につとめてくれ」

「ケンジャノッチ……」


 ケンジャノッチはマトハズレイの横に立った。

「いくぞ、マトハズレイ」

「ああ」


 ケンジャノッチとマトハズレイは歩き出した。


「ふん、魔力も枯渇し体もボロボロのお前たちに何ができる」

 要塞に白いオーラが漂い始め、大きな花には色鮮やかなオーラが漂う。


「マトハズレイ、次の超魔道シノコクインが来たら僕たちは終わりだ」

「なら、それまでにケリをつけるまでだな」


 ケンジャノッチとマトハズレイは駆け出した。無数のツルが二人を襲う。マトハズレイはかわしながら進み、ケンジャノッチは斬りながら進む。

 マトハズレイの腕にツルが巻きつき腕を締め上げた。ケンジャノッチはそのツルを一刀両断した。


 花は次々に魔法を放ってくるが、二人はなんとかかわし、ケンジャノッチは青い花を斬り、マトハズレイは黄色い花のツルと格闘しながら花をへし折った。花は灰になった。フリーンの上に光の玉が現れ始めている。

 二人は足元に咲いている無数の花を踏んづけながら、要塞を駆け上った。

「今ならいける!」


 ケンジャノッチは飛び上がり、フリーンに剣を振りおろそうとした。


 しかし、その瞬間は光の玉は消失し、花びらが閉じフリーンを守った。ケンジャノッチの剣は花びらに直撃し、剣は折れた。

「それがお前たちの最後のあがき? 残念だったわね」


 ケンジャノッチとマトハズレイは花びらに手をかけた。

「な、なにを?」

 二人は無理やり花びらをこじあけようとした。

「無駄なことを……!」


 青い花の放つ氷の弾丸が二人を襲った。

「ケンジャノッチ! マトハズレイ!」

 ウラギールは叫んだ。


 しかし二人は攻撃を浴びても花びらから手を放さなかった。灰になったはずの赤い花と黄色い花も復活し、二人に炎の玉と電気のツルを浴びせた。二人は大声をあげながらも決して花びらから手を放さなかった。花びらは少しずつ二人の手でこじ開けられた。人の体ひとつ通れる隙間ができた瞬間、マトハズレイが飛び込み、フリーンに拳を向けた。


 フリーンは壁をはったが、そのまま後ろに吹き飛ばされた。ケンジャノッチも花びらの中に入り、フリーンに襲いかかる。フリーンは接近戦のため強い魔法を使う暇はなく、しかも相手は二人で逃げ場もなく、追い詰められた。マトハズレイがフリーンに拳を入れた。フリーンは花びらに激突し、全ての花びらは開いた。フリーンはケンジャノッチのパンチをよけて立ち上がり、次々に魔法を放つ。マトハズレイは足を滑らせ、要塞から滑り落ちた。


 ケンジャノッチはフリーンに飛びつき、フリーンとともに要塞から滑り落ちる。フリーンは滑り落ちる途中でケンジャノッチの手を離れ、地面に着地するとすぐに立ち上がる。しかし、その足をマトハズレイがつかんだ。

 ケンジャノッチはそのままフリーンに抱き着いた。

「放せ! 放せ!」

 二人はフリーンを放さなかった。

「ウラギール、今だ!」


 休んで魔力を回復させていたウラギールからは青いオーラがあふれ出ていた。

「すべてを貫け。氷魔法奥義ダンガンミ・タイナコーリ」


 氷の弾丸がフリーンを直撃した。花が吹き荒れた。舞い上がった花は、美しく天から降りそそいだ。花が散っていくと、フリーンは血を流し、髪を凍らせて立っていた。ケンジャノッチとマトハズレイはフリーンが壁になっていて致命傷は負わなかった。


 少し沈黙ののちフリーンが口を開いた。

「調子にのるな……」

 フリーンの周りに弱々しく白いオーラが漂う。マトハズレイがフリーンを殴り飛ばすと、白いオーラは消えた。


 フリーンが天を見ると、折れた剣を持ったケンジャノッチがこちらを見ていた。

「終わりだ、フリーン」

 ケンジャノッチはフリーンの心臓に剣を突き立てた。


 マトハズレイの首の裏の刻印は消えた。


 壁を覆っていた結晶が泣き声をあげた。結晶は溶け始め、泉の水かさが増していった。

「みんな、早くここから出て」

 ウラギールは二人にそう言ったが、マトハズレイは片膝をついていた。

「二人で行ってくれ」

「何を言ってるんだマトハズレイ」

「私はもう歩けそうにない。二人だけでも助かってくれ」

「僕が肩を貸す!」

「そんなことしたらお前も逃げ遅れる。私を助けようとした場合、お前たちが生き残る可能性は1%だ。私を置いていけば80%の確率で二人は助かる。……二人との旅は楽しかった」


 ケンジャノッチはマトハズレイに駆け寄った。

「やめておけ」

 マトハズレイはつぶやいた。ケンジャノッチはマトハズレイを倒し、ひざ裏と背中に手を通し抱え上げた。

「は?」

「僕たちは1%を引き続けてきただろ!」


 マトハズレイを抱えたケンジャノッチとウラギールは急いで部屋を出た。資料が散乱している部屋を通過し、スパイデスの横を通り過ぎた。

「あんたも早く逃げて!」

 スパイデスが後ろを振り向くと、水の壁が資料や薬をなぎ倒しながら迫ってくるのが見えた。スパイデスは叫びながら走った。


 マトハズレイを抱えたケンジャノッチとウラギールが階段をあがる。ケンジャノッチは息を切らしていた。そのままつまずき、マトハズレイを前方に落としてしまう。ケンジャノッチはまたマトハズレイを持ち上げようとするが持ち上がらない

「ケンジャノッチ、もう十分だ、ありがとう。二人は行ってくれ」

「できるかよ……そんなこと……」


 奥から叫びながら近づいてくる声がきこえた。

 ウラギールが叫ぶ。

「スパイデス、この人抱え上げて脱出して!」

 スパイデスはすぐに現れ「はい?」と声を上げる。


「行くよ!」

 ウラギールはケンジャノッチの手を引っぱった。

「でも……!」

「大丈夫だから!」


「なんなんだよ……!」

 スパイデスはマトハズレイを持ち上げ、やはり悲鳴を上げながら走った。


 四人は倒れている国王の横を素通りし、城の出口へ向かう。低い水の壁が一同を押し、そのまま城の扉をあけ、四人を吐き出した。


 日は暮れており、巨大な水たまりが夕日を反射していた。

 四人は水浸しになりながら空を眺めていた。

 そこには嵐が過ぎ去った後のような静けさが広がっていた




 次の日、街の人々は城の前に集まっていた。ケンジャノッチたちは聴衆の前に立ち、ことの経緯を説明した。国民の不安が広がらないように話は脚色された。魔王ユウ・シャノチーチは消えた。とある人物が魔王を操り国家の転覆を企てていた。そして国王と王妃はそのとある人物と戦い、その人物を倒した代わりに自らも犠牲になった。そう伝えられた。


 ケンジャノッチはみんなに「絶望しないでほしい」と伝えた。人は孤独になることだって絶望することだってある。それでもみんなひとりひとりが生きる価値がある。「だからみんなも、僕と一緒に生きていきましょう」……


 もちろん納得のいかない者もいたが、暴動などは起こらなかった。スライム化現象はおさまった。しかしまた誰か強力な魔力を持つ者が現れて同じ呪いをかけることも考えられた。スライムの中には元々人間だった者も多くいるだろう。しかし、おそらく自我はほとんどなく、人間だったときの記憶もほとんどない。言ってみれば、それは人間としてはほぼ死と同義だった。みんなで話し合った結果、迷いに迷ったものの、スライムはすべて倒し、みんなで次に進もうという結論に至った。




「こいつが最後の一匹か」

 すぐ近くの森に、ぽつんと一匹、こちらを見つめているスライムがいた。

「ごめんな」


 ケンジャノッチは剣を抜き、スライムをあっさりと真っ二つに斬った。土の上に青い水たまりができた。


「これでこの物語も全部終わりだ。今までありがとう、ウラギール。マトハズレイ。これでみんなもようやく新しい一歩が踏み出せる」

 ケンジャノッチはなんともしんみりした顔をしていた。

「なに、そんなにしんみりしちゃって」

 ウラギールがきいた。


「もう二人とは会えなくなるのかなって」

 ウラギールは意外そうな顔をした。

「なんでそうなんの。別にこの物語が終わったって、私たちの関係まで終わらせる必要はないでしょ? ね、マトハズレイ」

 マトハズレイは笑った。

「これだから凡人は困るな!」

 ウラギールも笑った。

「またみんなで新しい物語を始めればいいの。さ、行こ!」


 ウラギールはそう言うと歩いて行ってしまう。ケンジャノッチは慌ててウラギールについていった。マトハズレイは青い水たまりを見つめ、そこから何かを拾い上げた。




 時は経ち、街ではなにごともなかったように賑わっていた。ケンジャノッチはパン屋の前に立ち止まる。

「あ、ケンジャノッチさん!」

 パン屋の女が声をかけてきた。

「あれ、デバンコ・レダケさんは?」

「ああ、お父さんは腰やっちゃって。私、デバンコ・コシカナイが代わりに店番してるの」

 ケンジャノッチがパンを選んでいると、大男がケンジャノッチの隣に立った。

「あれ、シッソースルさん!」

 シッソースルはバツが悪そうに「おお」と言った。

「失踪したって聞きましたけど」

「ああ、実はあの後森に行くのはやめて酒を飲んだんだ。気づいたら全然知らない土地にいてよ、なんとか戻ってきたんだ。これをくれ」


 デバンコ・コシカナイはシッソースルに言われたパンを袋に詰め始める。そこにシッテールが立ち寄った。

「あ、ケンジャノッチくん」

 シッテールはなにか気まずそうにしていた。ケンジャノッチが本当に父のことを知らないのかきくと、シッテールは観念した。


「実は、キミのお父さんとは手紙のやりとりをしていたんだ」

 ケンジャノッチは驚いた。

「キミのお母さんが病死したから、いい加減戻ってこないかって手紙を送ったんだ。そしたらそれっきり手紙が返ってこなくなってね……今は本当にどこにいるのか知らないんだ……」

 ケンジャノッチは考え込むように黙ってしまった。シッテールは謝って去っていった。




 ケンジャノッチとウラギールは、パンや果物が入っている袋を抱えて街を歩いている。ウラギールは自分のお腹を触っていた。

「ねえ、この子の名前、ユーシャノシソンはどうかな?」

「ああ……僕はマドーシノムスコンがいいと思うな」


 ケンジャノッチは立ち止まった。

「どうしたの?」

「いや……」

 ケンジャノッチは、自分のしていたネックレスを手に取った。そのネックレスの先には青い石がついていた。

「僕の父さんも、こんなふうに悩みながら僕の名前を考えてくれたのかなって」

「きっとそうだよ」


 二人の少し後ろを歩いているマトハズレイはそんな会話を聞きながら独り言をブツブツと言っていた。



 まったく二人でイチャイチャして……

 頭脳明晰ずのうめいせきな私ならもっといい名前を考えつくんだがな――


 それにしても……

 最後のスライムが落としたアイテム…

 どこかで見覚えがあった気がするんだがな……



 マトハズレイが握りしめていた手を開くと、そこには青い石がついているネックレスがあった。

 マトハズレイは今までの様々な場面を瞬時に思い出し、そして結論を出した。



 たぶん私の気のせいだな!



 森の片隅に落ちている開封された手紙が、風で天高く舞い上がっていった。



 ケンジャノッチは父の行方をまだ知らない――






 ネタバレが激しすぎる勇者物語

  ~最後の敵の正体は勇者の父~


 完

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