#18 魔道士ウラギール
勇者ケンジャノッチと剣士マトハズレイは、魔道士ウラギールのあとについて階段をおりていく。ケンジャノッチにはこれから起こることが何なのかはわからなかったが、きっと良いことではないだろうと想像した。
階段を下りきり、狭い通路を歩く。突然、ウラギールがケンジャノッチの方を振り返り、ケンジャノッチの手のあたりをちらっと見たあと、ケンジャノッチに言った。
「お父さんの形見のネックレス、似合ってるね」
ケンジャノッチは急に何を言われたのかよくわからず黙っていた。ウラギールが続ける。
「でもこのブレスレットは似合ってないと思う」
そういうとウラギールはケンジャノッチが国王クロマークからもらったバクハーツのブレスレットを外し、通路のわきに捨てた。ブレスレットに埋め込まれていた石は割れた。
ケンジャノッチが戸惑っていると、ウラギールはそのまま前に進みだした。二人もそれについていった。
やがて扉が見えてくる。その扉のわきには兵士がひとり立っていた。ケンジャノッチが城を出るときに会った兵士、スパイデスだった。
「お疲れ様です!」
スパイデスはウラギールたちに敬礼した。ケンジャノッチはこの兵士スパイデスの声に聞き覚えがあった。魔王の城にいたあの鎧の男だ。スパイデスはあの男と声がそっくりだった。ケンジャノッチは、こんな偶然あるんだな、と思った。
扉が開くとそこには暗闇が広がっていた。ウラギールが壁のなにかに魔力を送ると、部屋に明かりがともされた。そこらじゅうに文献やメモ、薬や魔石のようなものが散らばっていた。ケンジャノッチがメモを拾い上げると、たとえばこんなことが書いてあった。
「新しい世界秩序 それは愛に溢れる新しい世界」
「私が心から愛するのはひとりで十分 私だけの戦士」
「捨て子を発見した 誰にもばれないようにこっそり育てる 教育が大事 あなたは"大切な人"になるのだから」
ケンジャノッチにはそれが何を意味するのかはよくわからなかった。ウラギールは奥にある扉の前に立っていた。ウラギールの胸元には、さきほど国王がしていたネックレスが光っていた。二人はウラギールの元へ集まった。
「ケンジャノッチ、あなたは新しい世界を切り開くことになる」
ウラギールは扉を開けた。
その広い空間でまず目に入ったのは、壁一面に広がる結晶だった。水が流れ泉のようになっており、真ん中には石でできた陸地がある。ウラギールは石でできた低い橋を渡り、その陸地へと向かった。陸地の中心は小高くなっており、柱で囲まれていた。そこに、誰かが立っているのが見えた。
ウラギールは立ち止まった。
「お連れしました」
「ようやく来たのね……」
その人物が振り返ると、ケンジャノッチにも見覚えのある顔だった。
「よくここまで来ました。ケンジャノッチ」
「王妃フリーン様!」
マトハズレイが大きな声を出した。
「こんなところで何をなさっているのですか! いったいここはなんなのですか?」
王妃フリーンは冷静に答える。
「ここは儀式の間です。私はここから世界に呪いをかけた」
「呪い……?」とケンジャノッチがつぶやくように言った。フリーンが続ける。
「絶望したものがスライムの気に触れたらスライムになってしまう呪い」
マトハズレイは相変わらず大声を上げる。
「どういうことですか王妃フリーン様……! 話が見えてきません! つまり……」
マトハズレイは確かめるように言った。
「世界に呪いをかけたのはフリーン様ということなのですか?」
フリーンが答える。
「ええ、今そう言った」
ケンジャノッチが口を開いた。
「フリーン様、スライム化の呪いを解く方法は……」
フリーンが答えた。
「術者、つまり私を倒せば世界の呪いは解かれる。ただし既にスライム化した者を元に戻す方法はない。スライムになった時点で自我も失う。言ってみれば死んだも同然ね。記憶だってほとんど残らない」
ケンジャノッチは目を伏せ、ユ・ウシャのことを思った。フリーンが続ける。
「全ては計画通りだったのです。魔王ユウ・シャノチーチが倒されることも、国王クロマークが消えることも。そして、ケンジャノッチの賢者の血が覚醒することも」
フリーンは微笑んだ。
「よくやってくれたわ、ウラギール」
マトハズレイには事態がよく飲み込めなかった。
「ウラギール? なんだ……全く話についていけない……。つまり……全ては計画通りだったということなのか……?」
マトハズレイは同じことを2回言ったが、特に誰もツッコみはしなかった。
ウラギールは答えた。
「そう、全てが計画通り。マトハズレイが私たちを裏切ることも。ジンロー村でケンジャノッチが落ち込むことも。そして……私がケンジャノッチの"大切な人"になることも。」
マトハズレイはうろたえる。
「まさか……それじゃあノーキンタウンでケンジャノッチが2万8000ゴールドのミカンを買わされたことも……!」
ウラギールは答えた。
「計画通りじゃなかったことも多少はある」
マトハズレイは噛みしめるように繰り返した。
「計画通りじゃなかったことも多少はあるのか……!」
ウラギールは話を続けた。
「魔王も国王も首にしるされたフリーン様の"愛の刻印"によって、本人たちも気づかないまま心を操られていた。全てはフリーン様への愛を示すために」
マトハズレイは衝撃的な事実にたどりついた。
「それはつまり……フリーン様は魔王ユウ・シャノチーチと不倫していたということですか!?」
ケンジャノッチは沈黙を守っていた。マトハズレイがつづける。
「なぜですか、なぜそんなことを!」
「新しい世界秩序」
フリーンは上を見上げた。
「人間は愛に飢えているの。愛を与えられない人間。愛を受け取れない人間。愛に満たされた人間もいれば孤独で絶望している人間もいる。そんな世の中は醜いわ。だから全ての人間に愛を保障しないといけない。つまりそれは……全ての人が私を愛し、私もまた全ての人を愛する世界。これが愛にあふれた新しい世界秩序。愛で満たされた素晴らしい世界」
「では、それを受け入れられない人間はどうなります?」
マトハズレイは珍しく真面目に疑問を呈した。
「そんな人間は必要ない」
フリーンはきっぱりと言い切った。
「絶望しザコのスライムになり果て駆逐(くちく)されるといいわ」
長く沈黙を守っていたケンジャノッチが口を開いた。
「ウラギール……」
ウラギールは黙っていた。
「ウラギールが今までやってきたことは全部演技だったの……?」
ウラギールは何も話さなかった。
「全ては僕に"大切な人"だと思わせるための……その"大切な人"を守るために、僕の賢者の血が覚醒するように……ただそのために……」
ウラギールはケンジャノッチの質問には答えず、フリーンの方を向いた。
「フリーン様。ひとつききたいことがあります」
「なにかしら」
「なぜ魔王と国王は消えなければならなかったのですか。どちらもフリーン様の言うことをきく存在。生かしておいてもよかったのでは?」
フリーンは笑った。
「ウラギール、あなたは愛のことがわかっていないわ」
フリーンは続けた。
「"愛の刻印"は強烈な愛情を呼び起こすの。あの二人が生きていたらお互いに嫉妬で狂って暴動にまで発展してしまう。どちらも私と二人きりで歩む世界を空想していたから」
ウラギールは疑問を呈する。
「それではどちらか一方だけを消せばよかったのでは」
「いいえ、どちらも私のパートナーにはふさわしくないわ」
フリーンはケンジャノッチに呼びかけた。
「ケンジャノッチ。よく様々な試練を乗り越えここまでたどり着きました。あなたこそ私のパートナーにふさわしい。さあ、ケンジャノッチ。私とともに新しい世界秩序をつくりましょう。私は国民全員を愛するけれど、あなたひとりにはそれよりも特別な愛情を与えるわ。さあ、いらっしゃい。ケンジャノッチ」
ケンジャノッチはうつむきながらふらふらと歩きだした。
「待って!」
そう叫んだのはウラギールだった。
フリーンは眉をひそめた。
「なんのマネです? ウラギ-ル」
ウラギールはケンジャノッチを見つめた。
「ケンジャノッチ、確かに私がしてきたことは賢者の血の覚醒に必要な"大切な人"になるためのものだった。でも、私があなたを大切に思ってきた気持ちに嘘はなかった。ケンジャノッチ、フリーンのもとになんか行く必要ない」
「なにを考えているの? ウラギ-ル」
「ごめんなさいフリーン様。私は、愛を知ってしまったんです」
「なにをしているのかわかっているの? ウラギ-ル」
「わかってます。この魔道士ウラギールは……」
ウラギールはフリーンから目を離さず確かに言った。
「あなたを裏切ります」
フリーンはうろたえながらも、呆れてみせてこう言った。
「愚かね。ウラギールが私を裏切る? 捨て子だったあなたを密かに育ててきたこの私を?」
「あなたは本当の愛情を教えてくれなかった。私に本当の愛情を与えてくれなかった。でもこの旅で私は本当の愛情を知った」
王妃フリーンはこらえきれないといった様子で笑った。
「本当の愛情? あなたはいったい何を知った気になってるの? ものを知らないのねあなたは。いいわ。本当の愛情がなんなのか見せてあげる」
フリーンのまわりに、一瞬オーラが漂った。
「さあケンジャノッチ。こっちにいらっしゃい」
ケンジャノッチはフリーンの声に導かれるように歩き出し、ウラギールの横を素通りし、フリーンのいる方へ歩いてった。
「ケンジャノッチ……?」
マトハズレイが大声を出した。
「ウラギール、ケンジャノッチの首の裏を見ろ!」
「え……?」
ウラギールがケンジャノッチの首の裏をよく見ると、そこには魔王ユウ・シャノチーチや国王クロマークの首の裏にあったのと同じ、黒いマークがあった。
フリーンはにやりと笑った。
「よくごらんなさい。これが本当の愛よ」
「いつの間に……?」
「"愛の刻印"は口づけをした相手に与えることができるの」
ウラギールは思い出した。旅に出るとき、フリーンがケンジャノッチに口づけをしていたことを。
「ケンジャノッチ!」
ウラギールはケンジャノッチに呼びかけた。ケンジャノッチは不思議そうな顔でウラギールを見つめた。
「どうしたんだウラギール? そんなに大声を出して……」
「ケンジャノッチ……いかないで……」
「どうして? ウラギールも来るんだ。フリーン様と一緒に新しい世界秩序を切りひらいていこう」
【次回予告】
王妃フリーンを裏切った魔道士ウラギール。しかし勇者ケンジャノッチの心は王妃フリーンに操られてしまった。物語の結末はどうなってしまうのか? そして王妃フリーンが真の姿を現す。
次回、王妃フリーン。
ネタバレは禁止だよ。
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