#17 国王クロマーク


 勇者ケンジャノッチと魔道士ウラギールは国王の城の前に立っていた。ここは冒険が始まった場所。


 最近国民が失踪していたのは、世界に呪いがかけられたせいだということで間違いないだろう。絶望した人間がスライムの気に触れるとスライム化してしまう呪い。しかし、その術者であるはずの魔王ユウ・シャノチーチを倒してもスライム化の呪いは解けていない。しかも魔王ユウ・シャノチーチの首の裏には、何者かに心を操られていること示す黒いマークがついていた。そう、この事件の黒幕は別にいるのだ。


 城の門の前には、最初この城を出るときに話かけてくれた兵士ムノウが立っていた。

「おかえりなさいませ勇者様! 私はスパイがこの城に入らないか見張っているところです! 私はすぐにスパイを見抜くことができますからね!」

 ケンジャノッチは「マトハズレイがスパイだったのを見破れなかったじゃないか」と思ったが口には出さなかった。




 国王クロマークは玉座に座っていた。ケンジャノッチとウラギールが旅から帰ってくるのが見えた。クロマークは立ち上がり勇者たちを迎え入れた。

「おお、よくぞ戻った。勇者ケンジャノッチよ」

「ええ……」

「それで、魔王ユウ・シャノチーチはどうなった? この事件の黒幕はやはり魔王ユウ・シャノチーチであったか?」


 ケンジャノッチは、魔王ユウ・シャノチーチを倒したことを伝えた。国王クロマークはケンジャノッチを褒めたたえた。


「しかし……魔王ユウ・シャノチーチの話では世界に呪いがかけられていると」

「呪い?」

「絶望した人間がスライムの気に触れるとその者もスライムになってしまうという呪いです」

 国王クロマークは信じられないという顔で驚いた。ケンジャノッチは続ける。

「しかしその呪いをかけたものを倒せば世界の呪いは解けると」

「なるほど。ということはもうその呪いは解けたというわけだな」

 ケンジャノッチは否定した。


「なに? お前たちは魔王ユウ・シャノチーチを倒したのではないのか?」

「確かに僕たちは魔王ユウ・シャノチーチを倒しました。しかし魔王の城から帰る途中、ある者がスライム化するのを目の前で見ました」

 国王は「それは不思議だ」とつぶやいてみせた。

「さらに言えば……魔王ユウ・シャノチーチは何者かに操られていた可能性があります」


 国王がどういうことかと問うと、ケンジャノッチはユウ・シャノチーチの首の裏にある黒いマークの話をした。それは何者かに操られている印であると。


 国王は思い出したように話を変えた。

「そういえば勇者ケンジャノッチよ、あと二人仲間がいたはずだがどうしたのだ?」

「僧侶スグシヌヨンはこの城を出て13歩くらいのところで敵にやられてしまいました」

「なんと、100歳まで生きると言っていたのに……」

「そして剣士マトハズレイは実は魔王側のスパイでして……」

「スパイだと……?」

「やむなく僕たちが倒しました」

「なんと……にわかには信じがたい話だ……」


 そこに突然、何者かの声がきこえた。

「そう! 信じられない話なのです! なにせ私は生きているのですから!」


 みなが声のした方を振り返ると、そこにいたのは剣士マトハズレイだった。ケンジャノッチが驚いている間に、自然とケンジャノッチとウラギールの近くに立ち、二人の仲間に加わった。

「魔王の城からここまで走ってくる間、私は圧倒的頭脳で今までの事実を整理し、真の黒幕が誰かを確信した!」

 マトハズレイが自信満々に言った。ケンジャノッチがそれに続ける。

「そう、この事件の黒幕は……」


 ケンジャノッチは国王クロマークを指さした。

「国王クロマーク、あなたではないですか?」


 マトハズレイが一歩前へ出て言った。

「私も国王クロマークにひとつ言いたいことがあります。ずばりこの事件の黒幕は……」

 マトハズレイは国王クロマークを指さした。

「国王クロマーク、あなたではないですか?」

 マトハズレイが、ケンジャノッチと同じことを言ったことに対しては、誰もツッコまなかった。


 国王クロマークは笑ってみせた。

「何を言っているのだ。最初に言ったではないか。この事件の黒幕はこの国王クロマークではないと」


 マトハズレイはアゴに手を当て真剣なまなざしで洞察した。

「なるほどそういうことか……みんな、本当の真実が明らかになった!」

 マトハズレイはとても重要そうに言った。

「つまりこの事件の黒幕は、国王クロマークではないぞ!」

「口では何とでも言えます」

 ケンジャノッチがすかさず言った。

「確かにその通りだ!」とマトハズレイは同意した。


 ケンジャノッチが続ける。

「国王クロマーク、世界に呪いをかけたのが魔王ユウ・シャノチーチでないのであれば、それほど大きな魔力を持っているのは国王クロマークしかいません」


 国王クロマークは少し黙った後、口を開いた。

「ひとまずお前たちは魔王を倒したわけだな?」

 ケンジャノッチは肯定した。

「勇者ケンジャノッチよ、もしこの国王クロマークがこの事件の黒幕だとしたらどうするのだ?」

「世界にかけた呪いを解いてください」

「嫌だと言ったら?」

「あなたを倒さなければなりません」


 国王クロマークは笑ってみせた。国王クロマークのネックレスが紫色に光り、あたりに紫色のオーラが漂い始める。紫色のオーラ、闇魔法の使い手だ。ケンジャノッチとウラギールは警戒した。

「実にご苦労だった。勇者ケンジャノッチ。お前たちに褒美を与えてやろう」

「褒美? 100億万ゴールドですか?」

 マトハズレイはニヤッと笑った。

「魔王ユウ・シャノチーチを倒したとなればもう貴様らに用はない。貴様らには、新しい世界秩序の礎になるという栄誉を与えてやろう」

 マトハズレイは剣を抜いた。

「そんな栄誉をもらうくらいなら、あなたの首をもらった方がまだ名誉ですね」

 ケンジャノッチも剣を抜いた。

「国王クロマーク、あなたが最後の敵というわけですね」

 ウラギールは魔力を集中し始める。

「みんな気をつけて、ユウ・シャノチーチよりも強力な魔力を感じる」


 国王クロマークは冷徹に笑う。

「ここで貴様らの物語は終わりだ」

 クロマークのオーラが大きくなり激しく揺れ始める。

「貴様らには超魔道タスカラヌを見せてやろう」

「超魔道タスカラヌ……」

 ケンジャノッチがかみしめるように繰り返す。


「すべてを貫け。氷魔法奥義ダンガンミ・タイナコーリ」

 ウラギールは魔力を解放し、氷の結晶がクロマークに向かって飛んでいく。

 しかしその弾丸はクロマークの紫色のオーラによってすべて弾き返される。

 ウラギールは再び魔力を集中し始めた。

 ケンジャノッチとマトハズレイはすぐにクロマークに向かって飛びかかったが、紫色のオーラはその二人に飛んでいき、二人はそのまま床を転がった。


「貴様らがいかに無力かを教えてやろう」

 紫色のオーラは巨大な悪魔となり雄たけびを上げた。

「超魔道タスカラヌを味わうがいい」


 ウラギールはケンジャノッチとマトハズレイの前に躍り出て巨大な壁をはった。

「ふん、そんなもの時間稼ぎにもならん」

 悪魔は指を突き出し、壁を突き破り、その手で壁をなぎはらった。悪魔は三人に顔面から覆いかぶさった。とんでもない苦痛が三人を襲った。それは魔王の魔法が比にならないほどの苦痛だった。


 悪魔が去ると、三人は倒れたままピクリとも動かなかった。



 うそだ……なんだこれは……

 魔王の魔法なんか比にならない……

 体が……まったく動かない……



 国王クロマークがつまらなさそうに口を開く。

「さっきの威勢はどうした?」



 無理だ……

 勝てるはずがない……



「まったく、もう少しやれるのかと期待していたが……。その程度で本気で勝てると思っていたのか? なめられたものだな。私はこの国を統べる国王、クロマークであるぞ」


 誰も声を発することができなかった。


「ここで一気にとどめを刺すのも悪くないが……ひとりずついたぶっていった方がお前たちも面白いだろう?」

 そう言うと国王クロマークはウラギールの胸倉をつかんで立たせ、思いきり殴り飛ばした。



 ウラギール……



 クロマークは、その後もケンジャノッチたちに見えるようにウラギールを殴り続け、蹴り続けた。ウラギールは人形のようにクロマークの思うがままにされていた。



 ウラギール……!



「まったく口ほどにもない」

 クロマークは、ウラギールをケンジャノッチの前に投げ捨てた。



 くそ……! 僕に……!

僕に賢者の血が流れてさえいれば……!

 ウラギールを助けることができるのに……!



「ふむ……そろそろ飽きてきたな」

 クロマークはウラギールを拾い上げ、首をしめあげ始めた。

「さらばだ、ウラギール」



 ウラギール……

 ウラギール……!!!



 クロマークが、ケンジャノッチが立ち上がるのに気がつくと、既に目の前にはケンジャノッチの拳があった。クロマークはギリギリのところでウラギールを手放しガードを間に合わせたが、そのまま壁際まで吹っ飛ばされた。

「不思議だ……なぜだか力が湧いてくる」

 ケンジャノッチの周りには白いオーラが溢れていた。


 国王クロマークは笑った。

「なるほど、賢者の血が覚醒したわけか」


 ケンジャノッチは不思議な感覚になっていた。

「僕に賢者の血が……?」


 ウラギールがなんとか口を開いた。

「だから言ったでしょ、ケンジャノッチには賢者の血が流れてるって……」


 ケンジャノッチはウラギールとマトハズレイを立たせた。マトハズレイは語り出す。

「賢者の血は大切な人をまもるときに覚醒する……」

 ウラギールが続ける。

「そして……愛によって増大する……」

 ケンジャノッチの白いオーラが活発に動き始める。

「魔力回復魔法マリョックワーケル」

 ケンジャノッチの白いオーラが、ウラギールとマトハズレイをも飲み込み始めた。

 ウラギールとマトハズレイは、ケンジャノッチの覚醒した魔力が流れてくるのを感じた。


 国王がニヤリと笑う。

「なるほど、覚醒したケンジャノッチのパワーを他の仲間にも分け与えたわけか」

 そして大声をあげて笑った。


「最近骨のあるやつが少なくてウズウズしていたところだ。少しは楽しませてくれそうじゃないか」


 国王クロマークのネックレスが光る。クロマークは紫色の巨大なオーラをまとい、それは悪魔となった。ケンジャノッチの白いオーラは天使となった。悪魔と天使は激しくぶつかりあい消滅した。


「面白い! 面白いぞ!」

 クロマークは青色のオーラをまとい始める。ウラギールも青色のオーラをまとい始めた。クロマークがおびただしい数の氷の結晶を漂わせると、ウラギールは大きな壁を出現させる。クロマークの弾丸は壁を砕き続け、壁と氷の結晶は対消滅した。


 すぐにクロマークは黄色のオーラをまといはじめる。マトハズレイも剣を捨て黄色のオーラをまとう。クロマークが目にも止まらぬ速さで走り出すと、マトハズレイもクロマークに向かって走り出し、二人は目にも止まらぬ速さで格闘し始める。お互い後ろに吹き飛ばされ大きくあとずさりし、黄色いオーラは消える。


「震えるがいい」

 そういうとクロマークは紫色のオーラをまとい始める。城の壁は砕け、床は割れ、嵐が吹き荒れる。


 ケンジャノッチが二人につぶやく。

「惑わされるな。幻術魔法だ」


 天から炎の渦が降り注ぎケンジャノッチたちを襲う。しかしそれらは全て幻で、ケンジャノッチたちには傷ひとつつかなかった。その隙にケンジャノッチは剣を拾い上げ、クロマークに斬りかかる。クロマークは瞬間移動し、ウラギールとマトハズレイの後ろに回り込んだが、マトハズレイの拳が飛んでくるのが見え、ギリギリでガードを間に合わせた。いつの間にか砕けたはずの城の壁や、割れたはずの床は元に戻っており、さっきの魔法はやはり幻術であることがわかった。


 ウラギールがクロマークに向けて氷の弾丸を飛ばすと、クロマークは守護魔法によってそれらを無効化した。その隙にマトハズレイはクロマークの後ろに回っており、クロマークに拳を入れた。クロマークは吹き飛び、玉座の近くに飛んで行った


 クロマークが玉座に座ると、玉座は紫色に光り始める。クロマークはすぐ目の前でケンジャノッチが剣を振り上げているのに気づき、玉座を捨て攻撃を回避した。玉座は激しく音を立てながら転がっていった。


 クロマークは紫色のオーラをまとい始める。そのオーラは次々ケンジャノッチの方に飛んでいくが、ケンジャノッチの白いオーラがそれらを全て打ち消した。マトハズレイが殴りかかるが、クロマークはものすごい脚力でジャンプし、宙に浮いた。空中にいるクロマークにウラギールが氷の弾丸を飛ばすが、クロマークは紫色のオーラをまとい、弾丸は全て弾き返された。


 クロマークは部屋の反対側で着地し、黄色のオーラをまとい始め、ウラギール目がけて飛んできた。ウラギールがよけられないと思い目をつむると、不思議と痛みはなかった。


 ウラギールが目を開けると、自分の目の前で停止しているクロマークがいた。ウラギールとクロマークの間にはケンジャノッチがおり、そのケンジャノッチの剣がクロマークの体に突き刺さっていたのだ。そのまま沈黙していたクロマークだったが、少しして拳を構えたのが見えた。ケンジャノッチはガードしたが、その拳によってウラギールとともに後ろまで吹き飛ばされた。


 クロマークは剣が刺さったまま沈黙していたが、少しして大笑いした。

「想像以上だ、勇者ケンジャノッチ。まったく……お前が実の息子であればと思うほどだ」

 クロマークは自分の体から剣を抜いた。そこからは大量の血が流れていた。

 クロマークはだんだん目を細める。

「新しい世界秩序を見たかったものだ……」


 クロマークは口から血を吐き、そのまま地面に崩れ落ちると、そのまま動かなかった。

マトハズレイはクロマークに近づき、なにか祈るような仕草をした。


「終わった……」

 ケンジャノッチはようやく口を開く。

「これで全部終わったんだ……これでスライム化現象も止まる」


 城の窓からは光が差し込んでいた。


「ウラギール」

ケンジャノッチは前を向いたまま、自分のすぐ後ろにいるウラギールに話しかけた。

「ウラギールのおかげで僕はここまで強くなれた」

 ウラギールは黙っていた。

「あのさ、ウラギール。その、よかったら……」


 ウラギールは黙ったままケンジャノッチの横を通り過ぎ、ケンジャノッチに背中を向けて立ち止まった。

「ケンジャノッチ」

 ケンジャノッチはウラギールの背中を見ていた。

「まだスライム化現象はとまらない」

 

 遠くでマトハズレイが大声を出した。

「おい、見てくれ二人とも!」


 ウラギールとケンジャノッチはマトハズレイと倒れている国王の元へ向かった。



 うそだ……



 ケンジャノッチの目に飛び込んできたのは、国王クロマークの首の裏にある黒いマークだった。マトハズレイが言った。

「国王クロマークの首の裏に黒いマークが……」

「国王クロマークに黒いマークがあるなんで……」

 ケンジャノッチが繰り返した。


 マトハズレイはアゴに手を当て知的な雰囲気で話す。

「国王クロマークも何者かに操られていたということか……?」



 ばかな……この事件の黒幕は国王クロマークじゃないのか……?



「ケンジャノッチ」

 ウラギールは国王のネックレスを回収し、口を開いた。

「ケンジャノッチには伝えなきゃいけないことがある」


 そういうとウラギールは壁の前に立った。ケンジャノッチとマトハズレイもあとに続いた。


 ウラギールが壁に魔力を送ると、壁の一部は光りだし、音を立てて動き始めた。その向こうには階段が現れた。ウラギールがその階段の壁に向かって魔力を送ると、暗闇の階段に明かりがともった。ウラギールは階段を前に、ケンジャノッチたちに背中を向けたまま口を開いた。


「ついてきて」




【次回予告】

 国王クロマークを倒した勇者ケンジャノッチ。しかしこの事件にはまだケンジャノッチの知らない真実が隠されていた。最後に裏切る意外すぎる人物とは……?


 次回、魔道士ウラギール。


 ネタバレは禁止だよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る