第4章:真実

#16 偽りの青年ユ・ウジンナシ


 勇者ケンジャノッチたちは階段を降り、ゆっくりと扉をあけた。そこに鎧の男の姿はなかった。城のそこら中に紫色の水たまりができていた。ここに来たときにせわしなく動いた生き物だろう。おそらくその生き物たちは魔王によってつくりだされ、魔王が敗れたのと同時に息絶えてしまったのだろう。ケンジャノッチたちは紫色の水たまりを踏みながら進み、魔王の城をあとにした。


 国王クロマークの城に戻ろうと言っても1日で戻れるわけではない。時間をかけて来た道を戻る必要がある。既に日は暮れており、ケンジャノッチたちは速足でジンロー村に戻ることにした。


 その道中、青年ユ・ウジンナシは前を歩く勇者ケンジャノッチと魔道士ウラギールに声をかけた。ケンジャノッチとウラギールは振り向いた。

「あの、二人に言わなきゃいけないことがあります」

 ケンジャノッチは冷や汗を垂らした。もしかして、また誰かに裏切られるのか、と嫌な想像をした。


「俺、嘘をついてました」


 嘘、とはなんだろう? もはやケンジャノッチは何かを想像することをやめた。言われたことを受け入れるしかないからだ。


「実は俺……友達100人いないんです……」

「そうか……」


 自分を裏切るような話ではなかったが、友達が100人いないことに関しては、ケンジャノッチは少しがっかりした。


「本当はひとりもいません……友人なしです」


 ケンジャノッチは更にちょっとがっかりしたが、顔には出さないようにした。ウラギールがきいた。

「なんで急に本当のことを言おうと思ったの?」

「一緒に行動するのに嘘をついたままじゃいけないかなって思って」

「そっか、本当のことを言ってくれてありがとう」

「それともうひとつ……」


 ユ・ウジンナシがまだ何か言おうとしている。ケンジャノッチは、また嫌な想像をし始めた。

「実は名前も偽ってました」

「名前?」

 ケンジャノッチは意外そうにきいた。

「はい、俺の本当の名前はユ・ウシャって言います」

「ユ・ウシャ」

 ケンジャノッチは確認するように切り返した。ウラギールが「いい名前じゃない」と返したが、冷静に考えるとなにがどういいい名前なのかはわからない。しかしそんなことを口にだすのは野暮だなと思い、ケンジャノッチは黙っていた。すると、ウラギールが「あれ?」と声をあげた。


 ウラギールの視線の先には、先ほどの魔王ユウ・シャノチーチの戦いのときに破れた服の隙間からのぞいているネックレスがあった。ユ・ウシャはそれに気づく。

「あ、この黄色いネックレスですか? 幼いころいなくなってしまったお父さんの形見なんです。もしかしたらお父さんも同じものを持っているかもしれません。今どこでなにをしてるのかわかりませんが……」

「その黄色いペンダント、魔王ユウ・シャノチーチも身につけてなかった?」

 ウラギールがそう言うとユ・ウシャは虚を突かれたような顔をする。

「確かに俺も見た気がする……」

 ケンジャノッチが付け加えた。


「まさか………ありえない……」

 戸惑うユ・ウシャを前にウラギールが話を続ける。

「魔王ユウ・シャノチーチは息子が幼いころに離れ離れになったって言ってた。そして確か、あなたの父親も」

「まさか、魔王ユウ・シャノチーチはユ・ウシャの父……?」

 ケンジャノッチがそう言うと、ユ・ウシャは声にならない声をあげ、自分の頭を押さえる。

「うそだ……うそだ……!! 俺は……俺はなんてことを……!」


 そのとき、突如ユ・ウジンナシのすぐ後ろに1匹のスライムが降ってきた。おそらく木の上に身を隠していたのだ。ユ・ウシャはスライムには気づいていなかった。

「俺は……俺はああああああ……!!」

 ユ・ウシャがそう言うと、ユ・ウシャの体は青くなり始め、少しずつドロドロになっていった。ユ・ウシャは見る見るうちにスライムになっていき、スライムと同じような鳴き声をあげた。2匹のスライムはケンジャノッチたちに飛びかかろうとする。


「くそ……くそおぉぉ!」


 ケンジャノッチはウラギールの手を引き、走り出した。




 どのくらい走っただろう。ケンジャノッチがうしろを確認すると、もうスライムたちが追ってくる気配はなかった。

「くそっ!」

 ケンジャノッチは息を切らしながら叫んだ。

「なんでこんな……」

ウラギールは黙っていた。


「スライム化現象も止まってない……スライム化の呪いをかけたのは魔王ユウ・シャノチーチじゃない……! それじゃあ……世界に呪いをかけたのは……!」




 周りがだいぶ薄暗くなってきたころ、ケンジャノッチたちはジンロー村に到着した。

そこにいた村人はケンジャノッチを見つけると、人狼を退治してくれたことを感謝した。

 その村人はどこかで見たことのある顔だった。城下町でパン屋をやっているデバンコ・レダケだった。

「デバンコ・レダケさん?」


 村人は驚いて「デバンコ・レダケを知ってるんですか?」と聞き返した。村人の話によると、デバンコ・レダケは弟らしい。ちなみにこの村人の名前はデバンコ・コダケというらしい。

「まさか弟を知ってる人に会うなんて。もう一人顔の似ている兄もいるんです。デバンコ・ナーイというんですが」

 もちろんデバンコ・ナーイは今後一切登場しない。ケンジャノッチはあいさつをそこそこに、ウラギールとともにいちど宿に向かった。宿の主に許可をもらい自分たちが泊まっていた部屋にある棚を調べたが、以前ケンジャノッチが読んだ本はなかった。ケンジャノッチが宿の主にきくと、その本は図書館に寄付したという答えが返ってきた。ケンジャノッチたちは図書館に向かった。


 ケンジャノッチは灯りをともし、宿から寄付された本を見つけ読み始めた。そこにははっきりと「呪いで姿を変えられた者が元に戻る方法はない」と書いてあった。ケンジャノッチは、図書館にある呪いについて書かれている本を片っ端から読み始めた。ケンジャノッチは図書館の館長にお願いして、閉館時間後もいられることになった。館長はこの村を救ってくれた勇者を信用して、そのまま帰った。ウラギールも本を読むのを手伝ったが、途中でそのまま眠ってしまった。それでもなお、ケンジャノッチは本を読み続けた。


 外が明るくなった頃、ウラギールは目を覚ました。ケンジャノッチがちょうど本を閉じたところだった。

「どうだった?」

 ウラギールがきくとケンジャノッチは静かに首を振った。


「どの本も同じだ。呪いで姿を変えられた者がもとに戻る方法はない」

「そう……」


 館長がやってきて、ケンジャノッチたちにあいさつをした。どうやら開館時間になったらしい。その後見覚えのある男がやってきた。

「おお、また会ったな」

「え、メン・タルヨワイ?」

「覚えててもらえてなにより、ウラギール」


 ケンジャノッチとウラギールはメン・タルヨワイの口臭に鼻を押さえた。

「失礼、これでも少しマシになった方だ」

 メン・タルワヨイは手で口元を押さえた。

「この村の図書館は素晴らしいな。知識の宝庫だ」

「メン・タルヨワイさん」

ケンジャノッチが口を開いた。

「人間をスライムに変えてしまう呪いについてご存じですか?」

「ああ、ちょうど今日借りた本に書いてあったな」


 メン・タルヨワイは本を取り出した。

「その本に、スライムになってしまった者を元に戻す方法は書いてましたか?」

 メン・タルヨワイは答える。

「そんな方法は存在しない。この本にはそう書いてあった」

 ケンジャノッチはただ黙っていた。

「それじゃ、俺は向こうの部屋で読みたい本でも探すぜ。またな」


 そういうと、メン・タルヨワイは行ってしまった。隣の部屋に行ったメン・タルヨワイはしくしく泣き始め、「いろんな方法試したのに、まだ臭いんだ……」と呟いた。


 黙って立っていたケンジャノッチが口を開いた。

「ウラギール、あの黒いマークについても少しだけだけど情報があった。あのマークをつけられた者は強力な魔力で心を操られるらしい。魔王ユウ・シャノチーチより強力な魔力を持つ者が、あのマークをつけたんだ」

「魔王ユウ・シャノチーチより強力な魔力を持つ者……そいつがこの事件の黒幕ってこと?」


 ケンジャノッチは立ち上がった。

「ごめんウラギール、少しだけ寝かせてくれないか」




 ケンジャノッチが図書館を出ると、そこには、以前人狼と間違われケンジャノッチに斬られたウラ・ナイシが立っていた。


 ウラ・ナイシがこちらを見つめていた。ケンジャノッチは黙って頭をさげた。ウラ・ナイシが口を開く。

「よよ、よしてくださいよ……あなたはこの村を人狼から救った救世主じゃありませんか」

 ケンジャノッチは黙ったまま頭をあげなかった。

「勇者様、僕は、これは運命だと思っているんですよ。あなたが僕を斬ったのも運命。あなたが人狼たちを倒したのも運命。僕には少しだけその運命が見えるんですよ。だから僕はあなたに斬られてもこうして助かった。頭を上げてください」

 ケンジャノッチはようやく頭を上げた。


「運命というものがいつ決まるのかはわかりません。生まれる前なのか、生まれた瞬間なのか、あるいは、名前がつけられた瞬間なのか。その運命をどうやったら変えられるのかはわかりません」

 ウラ・ナイシは続ける。

「勇者様、僕には見えるんです。あなたはこれから三度の危機に陥る。一度目の危機はあなた自身によって救われ、二度目の危機は別の誰かによって救われる。三度目の危機は……」

 そういうとウラ・ナイシは黙ってしまった。

「三度目の危機は?」

 ウラギールがきくとウラ・ナイシは返した。

「見えないんです。つまり救いは存在しないということかもしれません。いえ、まだ決定されていないだけかもしれません。解釈はお任せしますよ。……まあ、実際のところ僕だって心の底からあなたのことを許しているのかはわかっていません。あなたが消えたときいたら少し喜んでしまうかもしれない。しかし……そうなるとこの世界は全く別物になってしまう予感がするんです。これはただの予感ですがね……」

 ケンジャノッチは再び頭を下げた。

「どうかご無事で」

 そういうとウラ・ナイシは去っていった。




ケンジャノッチは宿の部屋に入るなりすぐ横になり眠ってしまった。ウラギールも寝不足だったのでそのまま眠った。


 ウラギールが目を覚ますと、装備を点検し、いつでも出られるように準備しているケンジャノッチが目に入った。その姿は、なにかを決心している顔つきだった。

「ごめん、起こしたかな」

「ううん、起きたんなら起こしてくれればよかったのに」

「疲れてるかなと思って」

「お気遣いありがとう」


 ウラギールはケンジャノッチの横に座り、ケンジャノッチの手の上に自分の手を乗せた。お互い顔は見なかった。

「ケンジャノッチ、私が最初に言ったこと覚えてる?」

「最初に言ったこと?」

「うん」

「ああ……何があっても絶対に裏切らないって」

「それ、ケンジャノッチは信じてる?」


 ケンジャノッチは目頭をおさえる。少しして息を吐き、前をまっすぐ見て答えた。

「ウラギールは裏切らないよ。絶対に」

 お互いに顔は見なかった。ウラギールは帽子を目深にかぶった。ケンジャノッチは自分の手の上に置かれたウラギールの手に力が入っているように感じた。隣からは少しだけすすり泣くような声が聞こえた気がした。


 少ししてウラギールは元気に立ち上がった。

「よし、行こっか」

 ケンジャノッチが立ち上がると、ウラギールは妙なポーズをとった。

「はにゃにゃ~国王の城に戻るぞよぉ~!」


 ケンジャノッチはただウラギールを見つめた。

 少しだけ気まずい沈黙が流れ、ケンジャノッチはウラギールの横を素通りした。

「ちょーい」

 ケンジャノッチはドアノブに手をかけて言った。

「ウラギール、かわいいよ」

 ケンジャノッチはウラギールの顔も見ずにそう言い残し、部屋を出ていった。


 ウラギールは鼻水を垂らした汚い顔で、声をあげながら泣いた。


 


【次回予告】

 城に戻り魔王ユウ・シャノチーチを倒したことを報告する勇者ケンジャノッチ。ケンジャノッチは国王の前で誰がこの事件を操っていたのか意見を述べる。この事件を裏で操っていた黒幕の正体は……?


 次回、国王クロマーク。


 ネタバレは禁止だよ。

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