#04 勇者ケンジャノッチ


 勇者ケンジャノッチは自宅のベッドの上に転がっていた。

 剣士マトハズレイは部屋の隅で思索にふけっていた。

 部屋に魔道士ウラギールが入ってくる。

 「ケンジャノッチの様子は?」


 ケンジャノッチはぶつぶつと「死にたくない……死にたくない……」とつぶやいている。

「ずっとこの調子だな」とマトハズレイは答えた。


 ウラギールはベッドに腰かけた。

「ケンジャノッチはどうして勇者になったの?」

 ケンジャノッチはつぶやくのをやめ、少しの沈黙のあと話し始めた。

「僕も誰かの役に立ちたかった……勇者になればみんなの役に立てると思ってた……」

 ケンジャノッチは続ける。

「たまに街にやってくるザコスライムを倒したらみんな褒めてくれた。……でも強そうなヤツが現れたらこのザマだ……僕は勇者になんか向いてなかったんだ」


 マトハズレイは立ち上がり、声をはってケンジャノッチにきいた。

「なあケンジャノッチ! 頭脳明晰な私はこう思うぞ! お前が自分のことを勇者に向いていないと思った本当の理由は……強そうな敵を前にビビってしまったからなんじゃないか!?」


 少しの沈黙のあと、ケンジャノッチは口を開いた。

「うん、今そう言った」

 マトハズレイは「そうか!」と納得し、威勢よく座る。


 なんとも言えない空気が流れるなか、ウラギールがまた口を開いた。

「ねえ、ケンジャノッチ。賢者の血の伝説知ってる?」

 ケンジャノッチは怪訝な顔で「賢者の血……?」と返す。


「この国のどこかに賢者の血が流れる者がいるの。賢者の血が流れる者はものすごい魔力を秘めていて、その魔力を使って世界に平和をもたらすだろうという伝説があるの。でも賢者の血が流れていることは本人も知らない。その賢者の力は大切な人をまもるときに覚醒し愛によって増大すると言われている」


 マトハズレイは途中で話の内容が理解できなくなったが表情には出さなかった。

 ケンジャノッチが口を開く。

「だからなんだよ……その話が僕になんの関係があるんだよ!」

 ウラギールはケンジャノッチを見据える。

「私ね……ケンジャノッチには賢者の血が流れていると思っているの」


「僕に賢者の血が流れてるだって……?」

 ケンジャノッチは立ち上がった。

「このケンジャノッチに賢者の血が……?」

 ケンジャノッチは笑い出した。

「いい加減にしてくれよ! 何を言い出すかと思えば、賢者の血だって? なるほど確かに僕も賢者の血の伝説はきいたことがあるさ。大切な人をまもるときに覚醒するとか愛の力で増大するとか。その魔力は自分の味方をも強くし巨大な悪を滅ぼし平和をもたらすなんてのもきいたことがある!……でも、そんなのはしょせんただの作り話だよ!」


 ウラギールは動じずにケンジャノッチを見つめていた。ケンジャノッチは続ける。

「そんなありもしない伝説を信じるなんてどうかしてるよ……! そんなバカバカしい慰めなんて僕はいらないんだ」


 ウラギールは立ち上がりケンジャノッチの手をにぎった。

「ケンジャノッチ、私は本当にそうじゃないかって信じてる」

「何を根拠に?」

「根拠なんてわからない。でも本当にそう思うの」


 ケンジャノッチはウラギールの手を振りほどいた、

「百歩譲ってその伝説が本当だったとしてもだ……このケンジャノッチに賢者の血が流れてるだって……? そんなことはありえない! こんな情けないただの凡人に賢者の血が流れているわけないなんて僕が一番よくわかってるんだ!」


 ケンジャノッチはさらに続ける。

「それに、賢者の血は大切な人をまもるときに覚醒するんだろう? もし僕に賢者の血が流れているなら、さっき僧侶スグシヌヨンがやられそうになったときに力が覚醒したはずじゃないか!」

「スグシヌヨンはあなたにとって大切な人じゃない!」

 ウラギールはピシャリと返した。

「確かに……」

 ケンジャノッチは納得した。


「ケンジャノッチ、私ね、信じることってとっても大事だと思うの。私たちは1パーセントの可能性を信じてあの暗黒四天王のひとりを倒した。だからケンジャノッチも、自分に賢者の血が流れてるって信じてもいいんじゃないかな?」


 ケンジャノッチは黙っている。


「もしケンジャノッチが危なくなっても私たちが全力でサポートする。私たちは絶対に裏切らないから安心して。特にこのウラギールだけは絶対にケンジャノッチを裏切らない」

「ウラギール……」

「このマトハズレイも1憶パーセント裏切らないぞ!」

「マトハズレイ……」

「私たちと自分の力を信じて、ケンジャノッチ」

 ウラギールはそう言うとケンジャノッチの手を握った。


 ケンジャノッチは恥ずかしそうに「ああ、」と返した。

「まあ、僕に賢者の血が流れてるなんてのは信じられないけど……」

「信じて」

「わかった」

「約束ね?」

「うん」


 ウラギールは声を出して短く笑った。ケンジャノッチは怪訝な顔をしている。

「ようやく明るい顔になったね、ケンジャノッチ」


「よし! それじゃあ今日はゆっくり寝て明日の朝出発するぞ!」

 ケンジャノッチを慰めるのになんの役にも立ってなかったマトハズレイがまとめに入る。


 ウラギールは今まで見せたことないような無邪気な表情を見せた。

「明日からもよろしくね、二人とも!」




 紫色の玉座に座る魔王ユウ・シャノチーチの目の前に女が現れた。

「おお、戻ってきたか……それで状況はどうだ?」

 ユウ・シャノチーチは女の言葉に耳を傾ける。

「ふむ、クソザッコがやられたか。クソザッコは四天王の中でも最弱……しょせん俺の血から作り出されたワラ人形よ。ケンジャノッチはすっかりお前を信じ込んでいるようだな。まさか裏切者がすぐそばにいるとは夢にも思わないだろう」


 女はユウ・シャノチーチに質問をした。ユウ・シャノチーチは自分の黄色いネックレスを触りながら答える。

「いやなに、生き別れた息子のことを思い出していただけだ。随分と昔の話だ。もしもいま息子と再会してもわからないだろう。もしまだあいつが生きていれば立派な青年になっているだろうな。ちょうどケンジャノッチと同じくらいだ。まあ、ケンジャノッチが俺の息子ということはないだろうが……」


 ユウ・シャノチーチは続ける。


「もし息子が今もまだ持っているならば俺と同じ黄色のペンダントをしているかもしれない。その黄色のペンダントをしていなければ息子だとはわからないだろう」

 ユウ・シャノチーチは仕切り直す。

「話が長くなってしまったな。それでは引き続き頼んだぞ」


 女は魔王の前を去っていった。




 ケンジャノッチたちは、道を歩き、目の前には森が広がっていた。

「よし、今日はひとまずこの森を抜けてノーキンタウンまで行きましょ!」とウラギールが言う。

「ノーキンタウン……」

「ああ、ノーキンタウンは私の故郷だ! このマトハズレイのような頭脳派がたくさんいる街だ!」




 遠くの街の闘技場では歓声があがっていた。

 リングの真ん中では相手を打ち負かした覆面の格闘家がおたけびを上げている。

 実況の男が大声で叫んでいる。

「まさに完全無敵! この男を止められる者はこの世に存在しないのか!」


 格闘家は拳をあげ高らかに宣言する。


「この最強の格闘家カマセーイヌに敵はなし!」


 会場ではカマセーイヌのコールが鳴り響いた、


 カマセーイヌ!  カマセーイヌ!  カマセーイヌ!






【次回予告】

 ケンジャノッチたちがノーキンタウンにつくと、私とマトハズレイは完全無敵の格闘家カマセーイヌの活躍を見に闘技場へ向かう。今回カマセーイヌに挑戦するのはミスターMと名乗る男。カマセーイヌはミスターMに「お前は俺を引き立たせるためのかませ犬に過ぎない」と宣言する。ミスターMは最強無敵のカマセーイヌにボコボコにされてしまうのか?


 次回、格闘家カマセーイヌ。


 ネタバレは禁止だよ。

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