第2章:冒険

#05 格闘家カマセーイヌ


 勇者ケンジャノッチたちは森を歩いていた。剣士マトハズレイが不意に口を開く。

「なあ二人とも、ユーフォーというのをきいたことがあるか?」

 二人は、きいたことがない、という反応だ。

「空を飛ぶ円盤が存在するらしい。遥か遠くに住む生命体がこの世界を偵察しにきているんだ」

 二人は興味なさそうに返事した。マトハズレイは、こいつらは賢者の血の伝説を信じているのにユーフォーは信じないのか、と思ったが顔には出さなかった。

「その生命体は大きなタコみたいな形をしていて……」


 魔道士ウラギールがマトハズレイの話を制止する。

「囲まれてる」

 ウラギールの言葉をきいて二人が辺りを見回すと、あちこちの木陰からスライムがこちらをうかがっている。

「くるよ!」


 ウラギールがそう言うと、四方八方からスライムが飛びかかってきた。

 3人は互いに背後を守りながらとびかかってくるスライムに対処していく。

 ケンジャノッチは一匹一匹剣で斬りつけ、ウラギールは魔法で氷の塊をたたきつけ撃破していく。

 マトハズレイは剣を大胆に振りまわしながらバタバタとなぎ倒し、懐に入ってきたスライムはぶん殴って倒した。


 囲んでいたスライムはいなくなったが、前方では数十匹のスライムが待ち構えていた。

「ここは私に任せろ!」

 マトハズレイはそう言うと、剣を振り回しながらスライムの大群に突っ込んでいく。さすがは脳筋、じゃなかった、頭脳派のマトハズレイ。スライムたちは鎌でかられた雑草のごとく散っていった。

「マトハズレイうしろ!」

 ケンジャノッチの声にマトハズレイが振り向くと、上からカラフルで大きなスライムが3匹とびかかってきていた。その瞬間、スライムたちに横から飛んできた巨大なつららが直撃し、3匹のスライムはくし団子のごとくつららに貫かれ、そのつららごと木に刺さり消滅した。


「あんまり視野を狭くしないようにね」

 ウラギールが釘をさす。

「ウラギールが倒してくれたから万事解決だ!」

 マトハズレイは特に反省する様子もなく元気よく返した。


 三人が森を抜けると街が見えてきた。

「見ろ! あれが私の街、ノーキンタウンだ!




 三人がノーキンタウンに入ると、マトハズレイの知り合いらしき人たちが次々に声をかけてくる。

「おぉマトハズレイ、魔王を倒しに行くんだって?」

「俺も魔王をボコボコにしてやりてぇぜ!」

「強いヤツと戦えるなんてワクワクするよなぁ!」

「オレ、ハラヘッタ。ニク、クウ」


 マトハズレイがケンジャノッチとウラギールを紹介すると、街の人々は元気よく挨拶し歓迎した。この街の人々はみな素朴で人がよさそうだ。

「マトハズレイ、今日の試合は謎の挑戦者が来るらしいぜ」

「ふむ、それは楽しみだな!」

 マトハズレイは二人に説明をし出した。この街には闘技場があり、そこでは毎日のように試合が行われているらしい。最強無敵の格闘家カマセーイヌは人気を博し、今まで一度も負けたことがないらしい。


 マトハズレイは二人を観戦に誘った。ウラギールは興味を示したが、ケンジャノッチは人の殴り合いを見るのはちょっと、などと言い、二人が観戦しているあいだは街を散歩でもするよ、と断った。


 遠くからそろそろ試合が始まるという掛け声がきこえる。マトハズレイは「宿にとまるのは金がかかるから私の家に泊まろう。先に用事が住んだらここに行ってくれ」とケンジャノッチに地図を渡した。マトハズレイとウラギールは闘技場に向かいケンジャノッチは店が並ぶ通りに向かった。




 格闘家カマセーイヌは控室で次の試合の準備をしていた。その部屋のコーチが入ってくる。

「昨日の試合は最高だったな、カマセーイヌ」

「ええ、軽く蹴散らしてやりますよ」

「そういえば、お前宛になんか届いてたぞ。たぶんファンレターだな」とコーチが手紙を差し出す。

「ありがとうございます。あとで読んどきます」とカマセーイヌは手紙を机に置いた。


「今日の相手は正体不明の男らしい。まあ、相手が誰だろうとお前が負けるはずはない。軽く遊んでやれ」

「コテンパンにしてやりますよ」

 カマセーイヌは笑った。




 この街の人々はみな元気そうに声を張り上げていた。街によってずいぶん雰囲気が違うものなんだな、とケンジャノッチは思った。ケンジャノッチはパン屋を見つけ、そこに並ぶパンをひとつひとつ興味深そうに見ていた。

「おや、もしかして勇者さんですか?」

 その声に振り向くと、人の好さそうな青年が立っていた。

「噂にきいてました。なんでも魔王を倒しに行くとか。……パンは珍しいですか?」

「あ、いえ、僕の街にあるパンとは違うなと思って」

「この店のパンはおいしいですよ。ぜひ食べてください。すみません、これとこれ、あとこれもください。」

 青年はパンを注文し、金と引き換えにパンを受け取った。「どうぞ」と青年はそのパンをそのままケンジャノッチに手渡した。

「え? ああ、お金を」

「必要ありません。歓迎のしるしだと思ってもらってください」

「え、そんな」

「代わりに少しお話をきかせてください。よその街の人の話をきくのが好きなんです」


 ケンジャノッチはベンチに腰かけパンを食べながら青年と話をしていた。自分が住んでいた街のこと、家族のこと、暗黒四天王との戦い、そしてこれから魔王ユウ・シャノチーチを倒すこと。青年は目を輝かせ、ときに頷き、ときに驚きながら話をきいていた。


「それにしても魔王ユウ・シャノチーチを倒しに行くとは……魔王の強さについてはご存じですか?」

「いえ、実はそれほど知らなくて……」

「魔王ユウ・シャノチーチは闇魔法の使い手です。闇魔法は魔力の消耗が激しいかわりにかなり強力な魔法が多いです。噂によれば大魔道士の称号を得ている国王と肩を並べるほどの実力とか……」


 ケンジャノッチは急に心臓をつかまれたような感覚になった。国王と肩を並べるほどの実力? 自分はこれからそんなやつと戦うかもしれないのか? よく考えればそうだ。暗黒四天王のクソザッコでさえあれほどの強さだったのだ。それなら魔王の強さはいかばかりか。それに四天王ということはあの強さの敵があと3人は控えている。ケンジャノッチはめまいがしてきた。


「光の魔法石って知ってますか?」と青年がきいた。

「光の魔法石……?」

「ええ、闇の魔力は光の魔力で相殺することができるんです。光の魔法石を持っていれば光の魔力を手に入れることができる。そうすれば魔王ユウ・シャノチーチとの戦いを有利に進められます」

「その光の魔法石というのはどこにあるんですか?」


 青年は少し困った顔をした。

「それが……実はこの街のはずれに引退した大魔道士が隠居していまして、光の魔法石というのは彼が10年かけてつくりあげた世界でたったひとつの代物なのです。それで……彼としては100万ゴールドは出さないと譲る気がないと……」

「100万ゴールド……」

「ちなみにお手持ちは……?」

「せいぜい3万、いや2万8000くらいしか……」

「そうですよね……期待させて申し訳ありません……」


 気まずい沈黙が続いた。青年はなにか思案しているようだった。


「いえ、なんとかなるかもしれません。彼も悪人ではありません、魔王を倒すためと言えばなんとか2万8000ゴールドで譲ってもらえるかも……」

「本当ですか!」

 ケンジャノッチは驚いたが少し思案した。

「いえ、しかし2万8000払ってしまうと全財産が……」

 青年は真剣なまなざしで訴えかける。

「勇者さん、ここで出し渋って魔王にやられてしまったら元も子もありませんよ。それに、もし光の魔法を使えるようになれば敵を倒すのも楽になりますし、敵を倒した素材を売ればすぐにお金を稼ぐことができますよ」


 ケンジャノッチは迷っていた。青年は少し冷静になって続ける。

「いえ、すみません。熱くなりました。もちろん無理はしなくてもかまいません……。ただ、魔王はとても強いという噂できいていたので、心配になってしまって……それに実は、その光の魔法石の購入を検討している人がいるという噂をきいていて……」

「え?」

「そういうのもあって少し焦ってしまっていました。失礼な態度をとって申し訳ありません。さっきの話は忘れてください。色々と話をきかせていただきありがとうございました」


 青年は丁寧に頭をさげた。青年が去ろうとするとケンジャノッチが声をかける。


「すみません! 光の魔法石、なんとかならないでしょうか!」


 青年は振り向き「絶対手に入れられるとは約束できませんよ」と言う。

 ケンジャノッチは「それでもお願いします」と頭を下げる。


 「それじゃあ一緒に行きましょう」と青年は手を差し出す。ケンジャノッチはその手を強く握った。

「そういえば自己紹介をしていませんでした。僕はケンジャノッチと言います」


 青年も自己紹介をする。


「私も名乗っていませんでした。私はサギッシーと言います。よろしくお願いします」




 闘技場は観戦者でごった返し熱気に包まれていた。少し高くなった場所に男が立ち上がり、観客を煽り始める。

リングの上に覆面を被り引き締まった体の男が現れる。観客は「カマセーイヌ! カマセーイヌ!」と大合唱を始めた。

 リングにもうひとりの男が現れる。男は鎧のような筋肉をまとい、身長はカマセーイヌより頭二つ分大きかった。


 男は大声を張り上げて観客をあおる。

「今回対戦するのはこの二人! どこからともなく現れた謎の男、ミスターM! そして、最強無敵の格闘家、カマセーイヌだあぁぁ!!」

 会場では大きな歓声が鳴り響く。しばらくして男は手をあげて観客を制止する。

「それでは、これから対戦する二人にコメント意気込みをききましょう!」


 ミスターMは、大きな声で汚く笑う。

「最強無敵と噂をきいて遠方はるばるやってきたが、なんだその体は? 俺様よりも明らかに弱そうではないか? おまけに覆面までしてすかしやがって。俺はこうして顔をさらしている! お前も顔をさらしたらどうだ? まあ、こそこそ顔を隠すような弱虫には無理な注文か! がはははは!」


 ミスターMの挑発にカマセーイヌが返す。

「ミスターMなどと名前を隠して何を偉そうにしている? しかし、覆面をしている俺にそう言われる筋合いはないかもしれないな。いいだろう。俺の顔を見せてやる」

 会場が盛り上がる中、カマセーイヌは覆面を脱いだ。中年風の顔だが、眉毛とヒゲは綺麗に整えられ、キリッとした顔をしている。その美しさに会場にいた何名かは失神した。


 カマセーイヌは落ち着いた声で挑発した。

「お前がただのかませ犬だということを思い知らせてやろう」




 ケンジャノッチとサギッシーは街のはずれの古めかしい家の前にいた。青年が戸を開けると、部屋の隅に老人がいた。

「お久しぶりです、ヤクーシャさん」


 ヤクーシャと呼ばれた老人はゆっくりとこちらを振り向いた。その動きには歴戦の重みが感じられた。

「なんの用かな?」

 ヤクーシャはゆっくりと話した。

「光の魔法石はまだお持ちですか? 実は最近、光の魔法石を購入しようとしている人物がいるとききまして」

「ああ、光の魔法石か。確かにそういうヤツがいたな」

「売るつもりですか?」

「光の魔法石は、ワシが10年かけてつくった最高傑作だ。簡単に売りはせん……と言いたいところじゃが、ワシも隠居の身でな。金はあるに越したことはない。100万ゴールドで買いたいというコレクターがいてな、手放そうかとも考えているところだ」

「その光の魔導石、こちらの勇者様に譲っていただけませんか?」

「ほお、キミも100万ゴールド持っているのか?」


 ケンジャノッチは一歩歩み出る。

「ヤクーシャさん、僕の手元には2万8000ゴールドしかありません」

 ヤクーシャは鼻で笑った。

「2万8000ゴールド? バカな。光の魔法石にその程度の価値しかないと?」


 ケンジャノッチは熱意を込めて答える。

「ヤクーシャさん、僕はこれから魔王ユウ・シャノチーチと戦うことになるかもしれません」

「魔王ユウ・シャノチーチか……」


 ヤクーシャの顔つきが変わった。

「僕たちが魔王と戦うためには、光の魔法石が必要なんです」

 ヤクーシャは何か思案しているようだった。サギッシーが口を開く。

「ヤクーシャさん、光の魔法石を買おうとしているのはコレクターだと言いましたよね? もしそいつが買えば、光の魔法石はただのコレクションになって飾られるだけでしょう。しかしもしこの勇者様が買えば、光の魔法石は魔王を倒すというこれ以上ない価値をもつことになります。ヤクーシャさんはなんのために光の魔法石を作ったのですか? 少しでも悪がはびこるのを防ぎ、世界の平和に役立てるためではありませんか?」


 ヤクーシャは鋭くケンジャノッチをにらんだ。

「お前、本当に魔王を倒しに行くのだな?」

「はい、国王にそう命じられました」

「国王にか……」

 ヤクーシャはゆっくりと立ち上がった。


「ワシは何かを見失っていたようだ。すっかり金のことしか考えなくなっていた。だがお前たちはワシに熱意を思い出させてくれた。光の魔法石は悪を滅ぼしてこそ真の価値をもつ。それらしく飾られて鑑賞するだけでは意味がない」


「それじゃあ」とサギッシーは期待を込めた。


「光の魔法石の価値は100万ゴールドはある。だがお前に渡ってこそその価値を発揮する。わかった。2万8000ゴールドでお前に譲ることにしよう」

「本当ですか?」

 ケンジャノッチは驚きと喜びを込めてそう言った。


 ヤクーシャは「少し待っておれ」と言い奥へ去っていき、少しして袋を持って戻ってきた。


「この袋に光の魔法石が入っておる。だが決してこの街ではこの袋をあけないでくれ。この街には光の魔法石を狙っているヤツが多いという噂をきいておるからな。光の魔法石を持っていると悟られていかん。わかったな」

 ケンジャノッチは返事をし、ヤクーシャは「頼んだぞ」とケンジャノッチと熱い抱擁を交わした。




 闘技場では、ミスターMの重い拳がカマセーイヌの腹にヒットしていた。

 カマセーイヌはうずくまり、それでも懸命に立ち上がろうとしていた。カマセーイヌは立ち上がりきるとそのままバランスを崩して倒れ込み、二度と起き上がることはなかった。


 審判はカマセーイヌに駆け寄り、もはや戦うことはできないと判断しハンドサインを掲げた。


「最強無敵のカマセーイヌももはやここまでか! 新たな伝説が幕をあけた! 勝者は! ミスターM!」


 ミスターMは拳を掲げ、会場は歓声に包まれた。

「がははは! 俺こそが最強なのだ! ここで新しいチャンピオンの名前を教えてやろう! 俺の名は、メン・タルヨワイ!」


 会場では「メン・タルヨワイ! メン・タルヨワイ!」の大合唱が起こった。




 それと同じころ、マトハズレイの部屋に、我慢しきれずに袋を開いたケンジャノッチがいた。その袋には大きめのミカンがひとつだけ入っており、ケンジャノッチはその前で青ざめて動けなくなっていた。




【次回予告】

 サギッシーたちに金をだまし取られたケンジャノッチ。全ての金を失ったケンジャノッチたちは賞金目当てにメン・タルヨワイに挑戦することにする。しかしメン・タルヨワイが指名したのは、え、魔道士ウラギール? この最強無敵の男に勝つ方法は存在するの? この男に何か弱点があれば……


 次回、最強無敵メン・タルヨワイ。


 ネタバレは禁止だよ。

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