#06 最強無敵メン・タルヨワイ


 ケンジャノッチはミカンを前に、頭の中がぐるぐるしていた。



 ミカン……ミカン?……だよな?

 いや、でもこれは光の魔法石のはず……

 この一見ミカンに見えるものは実は光の魔法石なのか……?



 ケンジャノッチは一見ミカンに見えるそれを手に取った。



 手に取った感触は明らかにミカン……

 これは……ミカンなのか……?



 ケンジャノッチは、皮をむいてみる。それはどう見てもミカンだった。



 どういうことだ……? これは光の魔法石のはず……!

 魔道士ヤクーシャに騙されたのか? いや、これは何かの試練?

 まさか、サギッシーは詐欺師だったのか……? いや、そんなバカな……。

 二人はグル?

 ということはヤクーシャは魔道士じゃなくてただの役者?

 うそだ……うそだ……



 ケンジャノッチは、一見ミカンに見えるそれの実をひとつ取り外し、食べてみた。



 これはっ……明らかにミカンっ……!




 剣士マトハズレイと魔道士ウラギールが興奮して今日の試合の感想をぶつけながら部屋の戸を開くと、そこには頭を地面にこすりつけたケンジャノッチがいた。


「はぁ!?」


 ケンジャノッチが洗いざらい事の経緯を話すとウラギールは大声を上げた。ケンジャノッチは涙を流し謝罪を繰り返していた。

「明日からの宿泊や食事はどうするの?」

 ウラギールが語気を強める。ケンジャノッチは涙を流しながら黙ってしまう。


「焦るな二人とも。私に名案がある」

 マトハズレイが口を開いた。

「ほ、ほんと?」

 ケンジャノッチがすがるようにきいた。


「ああ、明日は月に一度のエンジョイマッチ。会場の中から希望者が戦うことができる。それに勝てば賞金がもらえるぞ!」

「本当に? いくらもらえるの?」とウラギールがきく。

「800ゴールドだ!」


 マトハズレイは自信満々に答えた。

 ケンジャノッチの顔はみるみる曇っていった。


「全然少ないんだけど……」

 ウラギールは呆れたように返した。マトハズレイが反論する。

「これだから凡人は困るな。800ゴールドあれば数日はしのげる。その間に次の作戦を練ればいいわけだ」


 確かにまったく金がないよりはマシだ。そのエンジョイマッチで少しの金でも稼ごうというのは筋は悪くない。

「で、誰が戦うのかな……?」

 ケンジャノッチが素朴に疑問をぶつけた。二人はケンジャノッチを見つめた。


「え、ぼ、僕? 待ってくれよ、僕は格闘技なんて……」

二人の視線が突き刺さる。その顔には「いったい誰のせいでこうなったのかな?」と書いてあった。


「ケンジャノッチ、今から特訓だ! このマトハズレイがみっちり仕込んでやろう!」


 夜の街にケンジャノッチの悲鳴が轟いた。




 翌日の闘技場、そこにウラギールとマトハズレイ、そしてげっそりしたケンジャノッチがいた。男が高い場所で声を張り上げた。


「今日は月に一度のエンジョイマッチ! 観客の中から我こそはという二人にタイマンをしてもらいます! ルールは簡単! 先に立ち上がれなくなった方の負けです! 武器や魔法の使用は禁止です! さあ、お前らの度胸を見せつけてくれー!」


 会場では何人かが手をあげ、威勢のいい声を張り上げる。マトハズレイは無理やりケンジャノッチの手を挙げさせるが、男は別の2名を指名する。第一試合、二人は威勢よく挑発をしたが、結果としてはその圧倒的な力の差で、一人が一方的にボコボコにされる展開となった。その試合を見ていたケンジャノッチは嫌だ、嫌だ、絶対に嫌だと青ざめながら震えていた。


「さあ、それじゃあ第二試合、リングにあがりたいやつはいるかー!!」

男が声を上げると、また何人かが大声を上げながら手を挙げた。マトハズレイは半分気を失っているケンジャノッチの手を無理やり挙げさせていた。


 そんな中、ひとりの男が大声を張り上げた! みんなが目をやると、そこには筋肉の鎧をまとった巨漢、あの完全無敵のカマセーイヌを完膚なきまでに叩きのめしたメン・タルヨワイがいた。メン・タルヨワイは勝手にリングにあがり声を張り上げた。

「次の試合はこのメン・タルヨワイ様が出るぞ! 俺と戦いたい奴はいないか?」


 男は遠慮がちに声をかける。

「あの、今日はエンジョイマッチですので、あなたは……」

「俺様がエンジョイマッチをしちゃいけねえのか!」

 メン・タルヨワイがすごむと、男はなんとなく笑って黙りこくった。


「さあ、ここに俺様とエンジョイしたいやつはいねえのか!」


 さっきの威勢の声はどこへやら、会場はすっかり静まり返ってしまった


「おいおい、この街に住んでるのは腰抜けばかりか! このメン・タルヨワイ様が遊んでやると言っているんだ! もし俺様に買ったら800ゴールドなんてケチなことは言わない。俺様が3万ゴールドくれてやるぞ!」


 会場がざわつきだす、3万ゴールド……1年かけて稼ぐような額をこの一晩で手に入れられるかもしれない。人々は恐怖と欲望にかられた顔をしていたが、しかし手を挙げる勇気のあるものはいなかった。


 そんな中、ひとりの男が手をあげた。そう、マトハズレイがケンジャノッチの手を無理やりあげたのだ。みなの目線がケンジャノッチに集まり、会場全体がざわつきだした。


 ケンジャノッチの目の前には光が広がっていた。花畑でタコのような生物たちがニコニコしながら縄跳びをしている。空を飛ぶタコ、花を食うタコ、包丁でめった刺しにされているタコ、全てのタコが幸せそうにニコニコしていた。

 ああ、ここが死後の世界か。ケンジャノッチは悟った。ケンジャノッチはその世界で笑いながら飛び回った。


 メン・タルヨワイはケンジャノッチの方を見つめていた。

「おい、そこのお前」

 ケンジャノッチは急に現実の世界に戻ってきた。体はガタガタ震え、目線は泳ぎ続け、よくわからないひとりごとをぶつぶつつぶやき始めた。


「そこのお前!」

 メン・タルヨワイが語気を強める。

「は、はいいぃ!」

 ケンジャノッチは観念して返事をした。


「いや、お前じゃない」とメン・タルヨワイが返す。

 ケンジャノッチは目を丸くしてまぬけな顔のまま固まった。


「そこの魔道士」

 メン・タルヨワイはウラギールを指さして言った。

「私?」

 ウラギールは驚きの声で返す。


「そう、お前だ。リングにあがれ」

「あの、私は魔道士なので格闘技は……」

「構わん」

「いえ、相手になりません」

「魔法を使っても構わんと言うのだ」


 会場がざわつきだした。魔法を使っていい格闘技などきいたことがない。


「実際の戦いでは格闘家より魔道士の方が格上だとされている。だが構わん。手加減は無用だ。殺すつもりで来い」

 観客の視線がウラギールに集まる。

「勝てば3万ゴールドですね?」

「約束しよう。先に立ち上がれなくなった方が負けだ」


 ウラギールが前に歩みでる。会場は静寂を保っていたが、誰かが歓声をあげるとそれを合図に会場全体が歓声に包まれ大きな拍手が巻き起こった。ケンジャノッチはリングにあがるウラギールを見ながらまだ頭の中がぼんやりしていた。


「手加減はしません。いいですね?」

 ウラギールの問いにメン・タルヨワイが返す。

「もちろんだ。こちらも手を抜かない」


 男は小高い場所で大声をあげ観客をあおった。男は簡単なルール説明をしていく。

 ついに正気を取り戻したケンジャノッチはことの重大さを理解し、マトハズレイに詰め寄った。


「な、なにをしてるんだマトハズレイ! どうして止めないんだ!」

「慌てるな。相手が筋肉オバケとはいえさすがに魔道士が有利。3万ゴールド手に入るまたとないチャンスだぞ!」

「いや、そうかもしれないけど……!」


 男の説明は終わり、ウラギールとメン・タルヨワイは向かい合った。

 会場が盛り上がる中、試合開始のゴングが鳴らされた。


 ウラギールはさっそく素早く氷魔法を繰り出し牽制する。相手との間合いをとりながら、次々と氷の塊がメン・タルヨワイを襲う。メン・タルヨワイは腕に身に着けた筋肉の鎧で顔を守りながらゆっくりと前進してくる。氷の塊はメン・タルヨワイの体に直撃しているが、メン・タルヨワイはものともしていない。


 弱い魔法だと効果がないと理解したウラギールは強力な魔法を放つため魔力を集中する。そのとたん、メン・タルヨワイはウラギールに突進してくる。ウラギールはとっさに強力な魔法をキャンセルし、間に合わせで氷の壁を出した。その壁はすぐにメン・タルヨワイの拳に破壊されたが、その隙にウラギールは素早く逃げる。


「おかしい。何をあんなに苦戦しているんだ?」

 マトハズレイは頭のいいキャラがそうするように、真剣なまなざしでさも何かを分析しながら話すように言った。ケンジャノッチが答える。

「格闘家より魔道士が強いというのは外での話だ。魔道士は格闘家の攻撃が届かない遠距離から攻撃できるから。でもここはリングという限られた空間。格闘家の得意な接近戦だ。強力な魔法を発動するにはどうしても魔力を集中する時間がかかる。その隙にボコボコにされて終わりだ」

「おい、どうしてそれを早く言わないんだ!」

「こんなのは常識だ。当然ウラギールだってわかってる……」

「じゃあ、ウラギールはどうして……」

「僕の代わりに行ってくれたんだ」

「ケンジャノッチを守るために……?」

「いや、僕がザコだからだ……それならまだ自分の方が勝てる見込みがあるって判断したんだ……金も騙し取られて戦いの役にも立たない……本当に情けないよ……」


 ケンジャノッチは試合を見ながら涙を流し続けた。


 ウラギールはリングの端に追い詰められていた。魔法を乱発していたせいで体力も尽きかけている。ウラギールは氷の壁をつくるが、メン・タルヨワイは拳であっさりとその壁を破壊する。




 メン・タルヨワイは弱虫な少年だった。男からも女からも貧弱な身体をバカにされモテなかった。体つきのいい男がモテているのを見たメン・タルヨワイは必死に体を鍛えた。ある日、モテ始めて調子に乗ったメン・タルヨワイは女をつれて街を歩き、肩がぶつかった自分より小さな相手にケンカをしかける。


 しかし、その相手は実は魔道士だった。魔道士はメン・タルヨワイの攻撃から身を守るため、とっさに強力な魔法で返り討ちにしてしまう。それを見た女や周りの人々はメン・タルヨワイに愛想をつかし、またあまりに強力な魔法を放ってしまった相手をも忌み嫌うようになっていった。黄色いネックレスをした魔道士は街を去っていった。


 メン・タルヨワイは魔道士に憎しみを持つようになっていた。魔法を使えるやつらのせいで自分はモテなくなってしまった。メン・タルヨワイは魔道士との戦い方を研究し、いつか魔道士を倒すために鍛錬をしてきたのだ。




 逃げようとしたウラギールの背中にメン・タルヨワイの強烈な蹴りが入った。ウラギールはリングの反対側まで吹っ飛ばされた。メン・タルヨワイはウラギールに接近し、立ち上がろうとするウラギールの胸倉をつかんだ。


「お前ら……お前ら魔道士のせいで俺の人生はメチャクチャになったんだ。」


 メン・タルヨワイはウラギールの首を絞め始める。


「くたばれ……魔道士なんかくたばっちまえ……!」


 ウラギールの足は地面を離れる。


「ウラギール! おい、試合を止めろ! 止めろ!」

 ケンジャノッチは叫ぶが会場の声でかき消されてしまう。


 メン・タルヨワイは鼻と鼻が触れるほどウラギールに顔を近づける。

「さあ、何か言い残したいことはないか?」


 ウラギールはうすれゆく意識の中、ようやく声を絞り出した。

「くさ……い……」

「は?」

「くち……くさすぎ……」


 メン・タルヨワイは手を離す。倒れ込んだウラギールに声をかける。

「な、なんて言った? おい! 俺様の口がくさいだって?」

 メン・タルヨワイが再びウラギールの胸倉をつかみ顔を近づけると、ウラギールは吐きそうな声をあげ、「ほんと無理、近づかないで」と言った。


 メン・タルヨワイはふらついた足取りで、リングの外にいる観客に問い始める。

「な、なあ、俺の口はくさくないよな? なあ? 臭くないよな?」


 メン・タルヨワイが息をはぁ~と吹きかけると、観客たちは鼻を覆い、何人かは失神して倒れた。メン・タルヨワイが別の観客たちに同じことをすると、何人かが吐いた。観客たちは息を吹きかけられまいと、メン・タルヨワイから距離を取り始めた。


「な、なんで逃げるんだよぉ。ひどいよ。みんなあんなに俺のことを強いって褒めてくれてたじゃないかよ。う、うえ、うえーん、う、う、」


 メン・タルヨワイは泣いてしまった。


「俺はくさくないもん、くさくないも~ん! いやだよぉ~!」


 その情けない声に会場はしらけ始める。大きな氷の塊がメン・タルヨワイの頭を直撃し、メン・タルヨワイはそのまま立ち上がることはなかった。

「勝者は、魔道士ウラギール!」




 気持ちのいい朝の陽ざしの中、ケンジャノッチたちは街を出ようとしていた。歩いていると街の人々がマトハズレイに元気に声をかけ、マトハズレイはさも知的な雰囲気をまといながら返事をする。ウラギールは歩きながらケンジャノッチに釘を刺す。

「今日からお金は私が管理するからね」

「はい、ごめんなさい」


 ウラギールはケンジャノッチが歩きながら食べていたミカンを横取りして、一気に口に放り込んだ。

「ふーん、これが2万8000ゴールドのミカンの味ねぇ」

 ケンジャノッチはげっそりした顔をする。

「ケンジャノッチ、過ぎたことは気にしるな! 筋トレすれば気分も晴れるさ!」

「ああ……」

 マトハズレイの励ましに、ケンジャノッチは聞いているんだか聞いていないんだかわからない返事をした。


「魔道士ウラギール」

 その声に三人が振り向くと、そこには身なりを綺麗に整えたメン・タルヨワイがいた。

「こ、この3万ゴールドは返せないぞ!」

 ケンジャノッチは剣を抜いて吠えた。


「今日から俺は医学を研究する」

「なんでまた」とウラギールが返す。

「俺はこの口臭を克服する。俺は、俺と同じように口臭で悩む人々の希望の光になるわけだ」


 そう言うとメン・タルヨワイは三人の横を通り過ぎていく。少し歩いてメン・タルヨワイは立ち止まる。


「魔道士ウラギール、俺が口臭を克服したら、そのときはまた一戦頼むぜ。このメン・タルヨワイ様は全てを克服し最強になる」

「メンタルも鍛えた方がいいんじゃない?」

「その通りだな」

「あんまり根詰めすぎてストレス抱えないようにね。なにより食事と睡眠。そこおろそかにするとメンタル弱くなっちゃうよ?」

「ご忠告ありがとう。これからは他人の言うことに惑わされずに自分の心に正直に生きるさ。他人はしょせん他人。嘘も裏切りもある。……まあ、キミたちはそんな人間じゃなさそうだが」

「……そうね」

 ウラギールは一瞬何かを考えるような顔をしたあとそう返した。


「達者でな」とメン・タルヨワイは颯爽と去っていった。


「よし、行くぞ!」


 マトハズレイが先陣を切る。

 ケンジャノッチたちは、冒険を進めるためまた歩き出した。




【次回予告】

 ノーキンタウンをあとにしたケンジャノッチたち。森に入ったケンジャノッチたちは謎の青年に行く手をふさがれる。青年は友達が100人いると自慢しケンジャノッチたちに襲い掛かってくる。


 次回、謎の青年ユ・ウジンナシ。


 ネタバレは禁止だよ。

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