#07 謎の青年ユ・ウジンナシ
「本当にいくのか?」
コーチがそうきくと、荷物を詰めているカマセーイヌは、ああ、と答えた。
「たった1回負けただけじゃないか? お前はまだやれるよ」
「いや、あんなみじめな負け方をしたんだ。俺はもうここにいる資格はない。カマセーイヌの物語は、メン・タルヨワイのかませ犬になったところで終わったんだ。もし継ぎたい奴がいるならその覆面とカマセーイヌの名前をくれてやる」
コーチが、そうか、とつぶやくと、カマセーイヌだった男は部屋をあとにした。
勇者ケンジャノッチの前には森が広がっていた。また森か、とケンジャノッチは溜め息をつく。森は視界が悪くスライムに囲まれる可能性があるため、常に気を張っていなければいけないのだ。
結果としては、それほどスライムは現れなかった。魔道士ウラギールがたまにスライムを見つけると、剣士マトハズレイがあっという間に始末した。
「ふう! この森は深いな!」
マトハズレイの言った通りこの森は深かった。
「夜の森は危ないから、日が暮れる前に出ましょ」
ウラギールの忠告を受け、ケンジャノッチたちは少し速足で森を進んだ。
突如、ウラギールは氷の壁を作り出した。その壁には一本の矢が刺さる。ウラギールが木の上に氷のつぶてを放つと、それをよけた何者かが木の上から地面に着地した。
「正々堂々俺と勝負しろ!」
謎の青年が声をはった。
「あんた何者?」とウラギールが尋ねる。
「待て! この大天才テレーゼ・マトハズレイが分析する!」
マトハズレイがブツブツとつぶやく。
「この身なり……この声……間違いない! こいつは暗黒四天王のひとりだ!」
「暗黒四天王……!」
ケンジャノッチが警戒する。
「暗黒四天王? なんだそれは?」
青年はきょとんとする。マトハズレイは鋭いまなざしで分析を始める。
「このリアクション……! 間違いない! こいつは暗黒四天王のひとりじゃないぞ!」
「俺の名前はユ・ウジンナシ! 友達が100人いるぜ!」
ケンジャノッチたちに衝撃が走る。
「う、うそ……!」
ウラギールは信じられない話をきいたような顔をしている。
「このマトハズレイでさえせいぜい友達は10人……それを貴様は100人だと!」
く……格が違いすぎる……こんな奴に勝てるわけがない……!
「母さんのかたき! お前たちにはここでくたばってもらうぜ!」
青年は戦いの構えを見せた。
「くるよ! みんな気を付けて! ってケンジャノッチ?」
ケンジャノッチは友達が100人いる男を前に立ちすくんでいた。
ケンジャノッチの目の前に氷の壁ができたかと思うと、矢はその壁を少し貫通し、ケンジャノッチの目の前で停止する。
「ひいいぃぃ!」
「ぼーっと突っ立ってないでとっとと動く!」
ユ・ウジンナシはさっと木に飛び乗り上から矢を放ち。マトハズレイはそれを剣で防ぐ。
「く、あそこじゃ攻撃が届かない……!」
ケンジャノッチは歯を食いしばる。
「私に任せて」
ウラギールは木の上にいるユ・ウジンナシ目がけて氷のつぶてを放つ。ユ・ウジンナシはその攻撃を身軽によけ、別の木に飛び移る。
ウラギールは次々に魔法を放つが、ユ・ウジンナシは自由自在に木を飛び移りながらよけていく。
「く、ちょこまかと……!」
ケンジャノッチが歯ぎしりをしていると無数の矢が飛んでくる。ケンジャノッチは悲鳴を上げながら奇跡的に全ての矢をよけた。
ユ・ウジンナシが次の矢を手にすると、下の方で勇者風の男がなにやら騒いでいる。
「お前、そんなことろから攻撃して卑怯だと思わないのか! 正々堂々降りてこい!」
ユ・ウジンナシは無視して矢を放つ。勇者風の男は叫びながらも間一髪のところでよけた。
別の場所に目をやると魔道士と剣士がなにか話をしているのが見えた。
ユ・ウジンナシが魔道士にむけて矢を放つが、やはり氷の壁で防がれる。
「ち、やはりあの勇者風の男が一番仕留めやすそうだ」
魔道士がまた氷を飛ばしてきた。ユ・ウジンナシはすっとジャンプし別の木に飛び移る。しかし、飛び移った木はぐらっと揺れた。ユ・ウジンナシはすぐに別の木に飛び移ろうとするが、今度はユ・ウジンナシが飛び移る前にその木が倒れ始めた。ユ・ウジンナシはなんとか倒れかけの木の枝につかまり、すぐ別の木に飛び移るため手を離した。
その瞬間、ユ・ウジンナシは信じられないものを見てしまう。なんと剣士風の女が次々に木をなぎ倒しているではないか!
「う、うそだろ……!」
ユ・ウジンナシが飛び移ろうとした木は既に倒れ始めており、ユ・ウジンナシは今度こそバランスを崩し地面に落下した。ユ・ウジンナシは急いで体制を整え弓を構え始めるが、ウラギールの氷のつぶてが直撃し、弓は落ちてしまう。ユ・ウジンナシは懐から短剣を取り出すが、マトハズレイがすでに自分に向かっているのが見えた。
「あ、ユーフォー!」
ユ・ウジンナシがむこうの空を指さしそう叫ぶと、マトハズレイは「なに!」とその指さした方をとっさに振り向いてしまう。
「隙あり!」
ユ・ウジンナシがマトハズレイに斬りかかろうとすると、その短剣は氷のつぶてによってはたき落とされてしまった。ケンジャノッチはユ・ウジンナシの首元に剣の切っ先を向ける。
「くそ……煮るなり焼くなり好きにしろ!」
ユ・ウジンナシが観念するとケンジャノッチが言った。
「僕たちはキミの命をとろうなんて考えてない」
「なんだと? 敵に情けをかけるつもりか?」
かみつくユ・ウジンナシにマトハズレイがたずねる。
「おい、ユーフォーはどこだ?」
ウラギールはマトハズレイを無視してユ・ウジンナシに問う。
「そもそもなんで私たちを襲ってきたの?」
「なぜだって? しらじらしい! お前らが俺の母さんを襲ったんだ!」
「母さんを襲った?」
ウラギールがきょとんとしていると、マトハズレイは頭脳派のような顔つきで語りだした。
「なるほど、読めてきたぞ……。つまりこいつは私たちが母さんを襲ったと思っているようだ」
ユ・ウジンナシがさらに続ける。
「母さんだけじゃない! 村の人々を毎晩ひとりずつ襲っている!」
「なるほど、全て理解したぞ! つまりこいつは、私たちが毎晩村人をひとりずつ襲っていると思っているわけだ!」
「マトハズレイは黙って」
ウラギールがそう言うと、マトハズレイは素直に黙った。
「あなたはきっと勘違いをしてる」
「勘違い?」
「私たちはそんなことしてない」
ケンジャノッチは剣をおさめた。ユ・ウジンナシは気の抜けた顔をした。
「そ、そんな、俺はなんてことを……! すいませんでしたあぁぁ!!」
ユ・ウジンナシは勢いよく謝罪すると弓と短剣を拾い消えていった。
「いったいなんだったんだろう……?」
ケンジャノッチがつぶやく。
「村がどうとか言ってたよね? この先にあるジンロー村で何か事件が起きてるのかもしれない」
「迷宮入りの事件のにおいがするな! だが案ずるな! このインテリジェントなテレーゼ・マトハズレイの名推理によって見事解決に導いてやろう!」
ケンジャノッチとウラギールはどう反応するのがいいか一瞬考えたが、面倒だったので無視した。
「ひとまずこの先の村まで急ぎましょ!」とウラギールが切り替え、三人はまた歩き出した。
日は暮れ始め、森を赤く染めていた。そこには手紙を開いたまま固まっているカマセーイヌがいた。
「ば、ばかな……」
カマセーイヌがそうつぶやくと、背後には飛びついてくるスライムの姿があった……。
「そろそろ出口だよ」
夕日に赤く染められている森でウラギールが声をかけた
「なんとか夜になる前に森を抜けられそうだな……」
ケンジャノッチが安堵すると、突然何者かが声をかけてきた。
「あ、あの、すみません!」
ケンジャノッチたちが振り向くと、そこにはスイカに羽が生えた程度の大きさの、コウモリのような鳥のような生き物がいた。
「あ、あ、あ、えと……」
その生き物は緊張しながら頑張って続けた。
「ぼぼぼ僕は、あんこ、あんこ、あんこきゅ……」
その生き物は緊張のあまり噛んでしまった。
「はあ……うまく言えなかった……なんでいっつもこういうところで失敗しちゃうんだろう……よし、今度はうまく言うぞ……! 」
三人は少しイラつき始めていた。
「言いたいことがあるならとっとと言え」
マトハズレイは知的な雰囲気を保ちながらその生き物にきいた。
その生き物は頑張って話し始めた。
「ぼぼぼ僕は……暗黒四天王のひとり、ツヨスギルンです!」
【次回予告】
ケンジャノッチの目の前に現れたのはいかにもザコという感じの暗黒四天王。前のクソザッコと比べて明らかに弱そうだからとっとと倒せそう。もしかしてこいつって四天王の中でも最弱?
次回、暗黒四天王ツヨスギルン。
ネタバレは禁止だよ。
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