#03 暗黒四天王クソザッコ
「暗黒四天王のひとり、クソザッコ……!」
剣士マトハズレイがかみしめるように言った。
勇者ケンジャノッチはクソザッコに怯えながらも、倒れている半裸の僧侶スグシヌヨンを見ていた。
今までの彼との思い出がフラッシュバックしていた。
彼が自己紹介していたこと……
彼が心臓を痛がっていたこと……
彼が最強の僧侶だと自分に酔っていたこと……
だめだ……大した思い出がない……
勇者ケンジャノッチがそう思った瞬間、クソザッコは不敵に笑う。
「あなたたちにはここでくたばってもらいます。」
クソザッコは再び巨大な紫色のオーラをまとい出した。
「みんなあきらめるな!」
剣士マトハズレイは勇者ケンジャノッチと魔道士ウラギールを鼓舞した。
「今から頭脳明晰(ずのうめいせき)な私が勝てる確率を導き出してやる!」
「お願い! できるだけ早く!」と魔道士ウラギールが返す。
剣士マトハズレイの目は黄色く光り、時は止まる。
そこには宇宙空間が広がり、無数の数式が浮かび上がる。
「サイン・コサイン・タンバリン……ビブン・セキブン・イイキブン……」
剣士マトハズレイはそうぶつぶつと唱えながら、自分とクソザッコとの距離、太陽の見える角度、僧侶スグシヌヨンが倒れている位置……それらを瞬時に判断し、剣士マトハズレイにはひとつの答えが見えた。
「なるほど、見えたぞ……!」
「どうだった?」と魔道士ウラギールがきいた。
「私たちが勝てる可能性は、1%だ」
剣士マトハズレイは自信満々にそう答えた。
「1%……」と魔道士ウラギールはかみしめるように繰り返す。
勇者ケンジャノッチは絶望の表情で後ずさりした。
「ごめんみんな……僕は戦えない」
「何を言ってるんだケンジャノッチ! ここで戦わなかったらこの国は終わりだ!」
剣士マトハズレイが鼓舞しようとするが勇者ケンジャノッチには響かない。
「無理なんだ……体に力が入らない……おまけにお漏らしまでしてる……」
「おい、仲間がやられても勇敢に立ち向かうんじゃないのか!」
魔道士ウラギールはクソザッコの側に一歩に踏み出し、二人に背を向けて言った。
「マトハズレイ、私たちが勝てる可能性は1%だって?」
「ああ!」
「だったら、そのわずかな可能性を私たちがつかむまで!」
剣士マトハズレイはほくそ笑む。
「そうこなくっちゃな!!」
なにを言ってるんだこの人たちは……こんなの無謀すぎる……
勇者ケンジャノッチは腰を抜かして唖然としていた。
勇者たちのやりとりを見ていたクソザッコは高らかに笑った。
「クソザコどもが吠えているのは実に愉快ですね。せいぜい私を楽しませることです」
クソザッコの紫色のオーラが空を覆った。
「それでは、究極魔法ハ・デナダーケであなたたちを葬ってさしあげましょう」
「究極魔法ハ・デナダーケ……!」
剣士マトハズレイはかみしめるように繰り返した。この世界の住人はとにかくかみしめるように相手の言ったことを繰り返すのだ。
クソザッコが魔力を解き放つと紫色のオーラは地獄からはい出したドラゴンのような形となった。そのドラゴンが雄たけびを上げると、大地は震え、空は赤く染まり、天から無数の炎の弾や炎の渦が降り注いでくる。
魔道士ウラギールは前に歩み出る。
「私の魔力を全て解き放ってあなたたちを守る!」
そういうと魔道士ウラギールの目は青く光り氷の壁がせりあがる。炎渦は氷の壁にぶつかり続ける。魔道士ウラギールは、はああぁぁと声をあげながら壁に魔力を送り続ける。
「マトハズレイ、相手の攻撃が止まったら真正面に魔法攻撃!」
「ああ!」
「く……それまでに私の魔力がもてば、の話だけどね……」
実際、氷の壁にヒビやかすり傷はひとつもついていなかったが、誰もそんなことに気づくこともなく、魔道士ウラギールは魔力を送り続ける。炎の渦はやみ、あたりには煙が立ち込めている。
「今!」
魔道士ウラギールは叫び、氷の壁は消失する。剣士マトハズレイは剣を大きく振り、雷の波動を放った。その波動はクソザッコの横を通り過ぎた。おやおや残念、クソザッコはつぶやく。
「やったか?」
たちこめる煙を前に剣士マトハズレイが言った。
魔法が防がれたなら接近戦に持ち込むのみ……クソザッコはそう心の中で呟くと鎌を握り猛スピードで走りだした。走りながら鎌を振り上げようとしたクソザッコは倒れていたスグシヌヨンに盛大につまずき顔面を思い切り石の床にうちつけた。手から滑った鎌は天高く飛んでいった。
煙が消えると、魔道士ウラギールと剣士マトハズレイの前には、苦しみながら立ち上がろうとするクソザッコの姿があった。
「よし、私の攻撃が命中したんだ!」
剣士マトハズレイはガッツポーズをする。
ようやく立ち上がったクソザッコの顔面からは紫色の液体がこぼれ落ち、その顔は解け始めていた。クソザッコは息も絶え絶え喋り出す。
「お見事ですよ……この私を倒すとは……」
苦しいなら黙っていれば良いものを、こういうときは何か言い残したくなるものだ。
「ですが……どっちみち同じこと……あなたたちは他の暗黒四天王に勝つことはできません!」
クソザッコが高らかに笑うと、天から回転した鎌が降ってきてクソザッコの体を真っ二つに切り裂いた。クソザッコの体はドロドロに溶け、大きな鎌も羅針盤も崩れ去り、あとには紫色の水たまりだけが残った。
「勝った…!」と剣士マトハズレイがつぶやく。
「ね? 1%の可能性を信じてよかったでしょ?」と魔道士ウラギールが勇者ケンジャノッチに言うと、ケンジャノッチはゆっくりと立ち上がって口を開いた。
「この冒険はここで終わりだ」
そう言い残すと勇者ケンジャノッチはフラフラとした足取りで帰宅した。
【次回予告】
あまりの恐怖に帰宅してしまった勇者ケンジャノッチ。私は賢者の血の伝説について語り、ケンジャノッチには賢者の血が流れていると思うと言い張る。勇者ケンジャノッチは、賢者の血の伝説などただの作り話だと否定する。賢者の血の伝説は本当なのか? 賢者の血が流れているのは誰なのか?
次回、勇者ケンジャノッチ。
ネタバレは禁止だよ。
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