#02 僧侶スグシヌヨン


「魔王ユウ・シャノチーチ、ですか……」

 ケンジャノッチは緊張の面持ちで返した。


 国王クロマークが言うには、ユウ・シャノチーチはクロマークの政治が気に入らないらしく、勝手に自分の城を建築し魔王を名乗っているらしい。ユウ・シャノチーチは街の人々をさらい、その人々を人質になにか要求してくるかもしれない。


 国王クロマークは、魔王ユウ・シャノチーチのもとに出向き真相を究明してきてほしい、とケンジャノッチに伝えた。

「もし魔王ユウ・シャノチーチが犯人だとわかれば、その場で始末してくるのだ」


 ケンジャノッチは自分にそんなことができるのかと一瞬躊躇したがすぐに返事をする。

「わかりました。反逆分子の魔王ごとき、この勇者ケンジャノッチが秒で倒してきます!」


「まったく頼もしい限りだ。この調査にあたって、お前のために素晴らしい装備を用意しておいたぞ」

 そう言うとクロマークは近くにいた兵士たちに合図を出す。

 近くにいた兵士がケンジャノッチに装備を差し出し、国王クロマークが説明をつけ加える。


 最初に差し出されたのは見るも美しい研ぎ澄まされた剣だ。

「これはイーキレアジの剣だ。とてもキレ味がいいぞ」


 次に差し出されたのは軽く丈夫そうな靴だ。

「これはジョーブダーの靴だ。とても丈夫にできておる」


 最後に差し出されたのは綺麗な石が埋め込まれたブレスレットだ。

「これはバクハーツのブレスレットだ。決して誘爆魔石に反応して爆発することはないから安心するのだぞ」


 ケンジャノッチは素晴らしい装備に感謝の意を述べた。

「お前にはとても期待しているが、念のため旅の仲間も呼んでおいたぞ」

 国王クロマークが合図すると、いかにも魔道士、剣士、僧侶といった見た目の3人が現れた。


 国王は3人に自己紹介を促した。


「私は魔道士ウラギール。なにがあってもあなたのことは絶対に裏切らないから安心してね」

「私は剣士マトハズレイ! 私は頭脳明晰な大天才! 的確な状況分析は全て任せろ!!」

「僕は最強の僧侶スグシヌヨン。100歳まで長生きしたいなあ」


 見るからにとても頼もしい3人の仲間に、勇者ケンジャノッチも自己紹介をした。

 勇者ケンジャノッチは国王クロマークから旅の資金と、国王の使いであることを示す手紙を受け取り王の間をあとにした。



 ケンジャノッチたちが城の出口に向かい歩いていると、突然声が聞こえる。

「ケンジャノッチ」

 突然の声に僧侶スグシヌヨンは短い悲鳴を上げた。


 そこには王妃がいた。


「王妃フリーン様!」


 勇者ケンジャノッチが姿勢をただす。

「きゅ、急に話しかけないでください。心臓が飛び出るかと思いました……」

 スグシヌヨンはそう文句をいったが王妃フリーンは意に介さずケンジャノッチに話しかける。


「旅に出るのね?」

「ええ、王妃フリーン様」

 もともとこの地は、国王クロマークと王妃フリーンの二人が若い頃に巨大な魔物たちを倒し平定したのだった。その二人が魔物を倒す冒険に出たのは、ちょうど今のケンジャノッチと同じくらいの年齢のときだった。

「敵の女が誘惑してきても決してそんな誘惑にのらないようにね。私は決して不倫なんかしない女だけど、世の中には夫がいるのに他の男を誘惑する信じられない女が山ほどいるから」

「ええ、気をつけます。王妃フリーン様」


 ケンジャノッチがそう答えると、フリーンはこっそりケンジャノッチに口づけをした。

「フ、フリーン様…?」

 ケンジャノッチが驚いていると、フリーンは奥の方へ消えていった。


「ちょ、ちょっと待ってください、今もしかしてキッスをしましたか? あ、し、心臓が……」

 僧侶スグシヌヨンは心臓を押さえていた。


 魔道士ウラギールが「さ、いくよ」と先を歩いていく。

 勇者ケンジャノッチと僧侶スグシヌヨンは慌ててその後ろをついていった。



「ところで、みんなは魔法は使える?」

 ケンジャノッチがきいた。

 ウラギールは氷魔法、マトハズレイは雷魔法が使えるらしい。


 スグシヌヨンが何か答えようとしたとき、二人の兵士がケンジャノッチに挨拶をした。

「勇者ケンジャノッチ様どうかご無事で!」

「ああ、ありがとう」


「私はこの城を守る兵士、スパイデスと申します。必ず魔王を倒してきてください」

「私も同じく兵士、ムノウと申します。以降お見知りおきを。私はとても有能な兵士なので、もしこの城にスパイがいればすぐに見破れること間違いありません。この城はとても安全なので城を出てすぐ魔王の刺客に襲撃されることもありません。ご安心ください」

「ああ、ありがとう」


 ケンジャノッチは感謝を述べ出口の扉が開かれる。


 そこには大空が広がっていた。それはまるでこれからの旅立ちを天が祝福しているようだった。


「みんな、これからは危険な旅になるかもしれない。どんなに強そうな敵が現れてもたとえ仲間がやられてしまっても勇敢に立ち向かってほしい」


 勇者ケンジャノッチが仲間にそう言うと、僧侶スグシヌヨンが答えた。


「もちろんです。たとえ魔王の手下どもがやってきてもこのスグシヌヨンがあっという間に蹴散らしましょう。このスグシヌヨンがすぐ死ぬ可能性は0.01%もありません」

「とても頼りになるよスグシヌヨン。さあ、行こう!」


 勇者ケンジャノッチたちが歩き出すと、突如として風が吹き荒れた。

 なにか鳴き声が聞こえたかと思うとカラスの大群が空を覆い、勇者ケンジャノッチたちの前方に紫色のオーラが出現する。カラスの大群はその紫色のオーラに吸い込まれ、そこにはまがまがしい何かが形作られていった。


 大きな鎌と羅針盤が宙に浮き、黒い帽子とローブをまとった男が現れる。その眼光は鋭く、まるでこの世の全ての理(ことわり)を見抜いているようだ。


「く、なんだこいつは……!」

 剣士マトハズレイのその問いに答えるように、男は丁寧な口調で答える。

「魔王ユウ・シャノチーチ様のもとへ行くおつもりで?」


 僧侶スグシヌヨンは呆れたように前へ出た。

「やれやれ、さっそく魔王の刺客のおでましですか。見たところ大した敵ではありません。いい機会です。このスグシヌヨンがどれだけ最強なのかお見せしましょう」


「おぉ怖い怖い。出会い頭に敵意を向けるとは紳士的ではありませんね」

男がそういうと風が吹き荒れ、紫色のオーラが空を覆った。


「待って、こいつからはすごいオーラを感じる。みんな、注意して!」

 魔道士ウラギールの忠告をきいていないのか、僧侶スグシヌヨンはさらに前へ歩み出る。


「僕が負けるはずはありません。なにせ僕は最強の僧侶、100歳まで長生きするんですからね」


 僧侶スグシヌヨンが何かを唱えると、スグシヌヨンの周りに意味ありげな模様や記号が浮かび始める。天から白い稲妻のようなものがスグシヌヨン目がけて降り注ぎ、スグシヌヨンの服は破け、目は青く輝き、意味ありげな模様や記号が城を覆うほどの大きさになる。


「くたばりなさい」


 スグシヌヨンがそう言った瞬間、男の魔力が解き放たれ、紫色のオーラは地獄からはい出したドラゴンのような形となる。そのドラゴンが雄たけびを上げると、大地は震え、空は赤く染まり、天から無数の炎の弾や炎の渦が降り注ぎ、スグシヌヨンに直撃した。


「うわあああああああ!」


 勇者ケンジャノッチたちの視界は遮られ、僧侶スグシヌヨンの情けない叫び声だけが聞こえる。


「スグシヌヨォォン!!」


 剣士マトハズレイが呼びかけても返事はない。少しして炎が消え去ると、そこには割れた眼鏡をした半裸の僧侶スグシヌヨンが倒れていた。剣士マトハズレイはスグシヌヨンのもとに駆け寄った。


 勇者ケンジャノッチはその場から動けなくなっていた。



 うそだ……最強の僧侶スグシヌヨンが一瞬で……無理だ……こんなやつに勝てるはずがない……!



 勇者ケンジャノッチの心の声を読み取ったかのように男は答える。

「逃げてもいいのですよ? そしてこの国が私に滅ぼされるのを指をくわえて見ているといいのです」


 僧侶スグシヌヨンのもとにいる剣士マトハズレイが報告する。

「ダメだ……もう息がない……」



 逃げたい……でもそしたらこの国は……



「おっと自己紹介が遅れました」


 男は思い出したように口を開き、そして丁寧な口調でつづけた。


「私は暗黒四天王のひとり……クソザッコと申します」






【次回予告】

 勇者ケンジャノッチたちの前に現れた不敵な男。冒険の始まりでいきなり最大のピンチ。こんな強そうな敵に勝てる可能性は? 最強の僧侶スグシヌヨンを一瞬で葬ったこの男の実力は?


 次回、暗黒四天王クソザッコ。


 ネタバレは禁止だよ。

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