#13 鎧の男スパイデス


 四人が鎧の男に近づいていくと、鎧の男が声を上げた。

「勇者ケンジャノ、あ、違った、何者だ!」

 明らかに何か言い間違った気がしたが、マトハズレイは無視して答える。

「国王クロマークからの使いだ!」

 マトハズレイは堂々と答えた。

「国王からの使い? それを証明するものはあるか?」

「ない!」

 マトハズレイはやはり堂々と答えた。


 ケンジャノッチは慌てて前に出た。

「国王からの手紙があります。僕は勇者ケンジャノッチと言います」

「勇者ケンジャノッチ? ふん、きいたことがないな」

「さっき、僕の名前を呼び掛けてませんでしたか?」

「なに? 知らんな。ケ、ケンジャ……ほら、もう覚えていない。まあいい、手紙を読もう」


 鎧の男は手紙に目を通す。

 ケンジャノッチはウラギールに小さい声できいた。

「この人の声、どこかできいた気がするんだけど……」

「そう……?」

 二人が話していると、手紙に目を通し終わった鎧の男が声を出した。

「ふむ、まあいいだろう。魔王ユウ・シャノチーチ様はこの先におられる。くれぐれも失礼のないようにな」

「ありがとうございます」

 扉が開かれた。ケンジャノッチが鎧の男の横を通るとき、あることに気が付いた。



 この人の声、城を出るときに声をかけてきた兵士スパイデスに似ている……

 声が似ているなんて偶然……よくあることか……




 ケンジャノッチたちが長い階段を上ると、そこには紫色の玉座に座る男がいた。

「ようやく来たか……」

「あなたが魔王ユウ・シャノチーチですね?」

 ケンジャノッチがきいた。

「いかにも。よくきたな。勇者ケンジャノッチたちよ」


 ユウ・シャノチーチは不敵に笑う。

「お前を見ると俺の息子のことを思い出す。俺の子供も今頃はちょうどお前くらいの年だろう。俺は強力な魔力を持っていたために周りから密かに迫害されていた。家族にはなんとかそのことを隠しいい加減な理由をつけてその場を去ることにしたのだが。子供が成長した姿を見たかったものだな」


 いきなり長々と話し出したユウ・シャノチーチに、ケンジャノッチは真面目に返した。

「実は僕も小さい頃に父親が旅に出てしまいました」

「ほう……それは全くの偶然だな。まあ、お前が俺の息子であるわけはないが」

「そうですね、あなたが私の父であるはずはありません」


 ウラギールが口を開いた。

「魔王ユウ・シャノチーチ。私たちはそんな世間話をしにきたのではありません」

「これは失敬。用件をきこう」

「近頃わが国では国民の失踪が相次いでいます。この事件についてあなたがなにか関わっていないかききにきました」


 ケンジャノッチが続ける。

「つまり率直に言えば、この事件の黒幕はあなた、魔王ユウ・シャノチーチではないかということです」

「ほう、国民の失踪が俺のせいだと? なぜ俺がそんなことをする必要がある?」

「誘拐した国民を人質に国王になにか要求するつもりでは? あるいは国王の信用を失墜させそのまま国家を転覆させるつもりでは? 実際あなたの手下である暗黒四天王クソザッコが国王の城の前まできました」

「そいつらが俺の手下だという証拠があるのか?」

「あなたの名前を口にしていました」

「それはそいつが勝手に言っていただけで証拠にはならんな」

「それは……」

「だいたい俺が国民を誘拐した証拠でもあるのか? いや、ない。なぜならそんな事実はないからだ」

「とぼけないでください!」

 ケンジャノッチは大声をあげた。

「あなた以外そんなことをするヤツはいません」


 ユウ・シャノチーチは大笑いした。

「いいだろう。お前たちに全ての真実を伝えてやる」

 ユウ・シャノチーチは立ち上がった。

「いったいこの世界でなにが起こっているのか。だがこの真実を知ればお前たちは怒りに満ち復讐の炎を燃やすことになるだろう」


 ケンジャノッチは、これから魔王がなにかハッタリを言うかもしれないと警戒しながら話を聞く。


「人間には"絶望"という感情がある。深い絶望にさいなまれた人間はどうなる? そのまま人生を終わらせるか? もしくは犯罪をおかすか? それとも他人をその絶望の沼にひきずりこむか? いずれにせよ権力者にとってジャマであることに変わりない」


 ウラギールは真剣な目をしてユウ・シャノチーチを見ていた、


「絶望している者など権力者にとっては存在しない方がいい。そうすれば希望溢れる国を演出できる。なぜならその国には絶望している者などいないのだから。……だが、やっかいなことに絶望している人間は隠れて過ごしている。権力者が一目で見分けることは難しい。もっと効率的に絶望しているものを排除したい。そこである強大な魔力を持つ者は考えた。絶望した者の姿を変えてしまえばいい。そうすれば効率的に絶望した者をあぶりだすことができる」


 ケンジャノッチの頭に嫌な予感がよぎった。


「最近この国にスライムが大量発生していることには気づいていたと思う。そう、ある強大な魔力を持つ者は世界に呪いをかけたのだ。絶望した者がスライムの気に触れたときそいつもまたスライムに姿を変えてしまう。つまり国民が失踪しスライムが大量発生している理由は……人生に絶望した人間たちがスライムに姿を変えているということなのだ」


 ケンジャノッチは、胸になにか突き刺すような痛みを覚えた。

「そんな……それじゃあ、僕たちが今まで倒してきたスライムは……」

 ユウ・シャノチーチはにやりと笑った。

「絶望した者たちの成れの果てだ」


 ケンジャノッチは胸をおさえふらついた。

「ケンジャノッチ!」

 ウラギールは倒れそうになるケンジャノッチを支えた。


 ユウ・シャノチーチは話を続ける。

「そしてここからが本題だ。この世界にそんな呪いをかけたのは誰なのか? この事件の黒幕は誰なのか? それほど強大な魔力を持っている者など世界でほんの一握り。この俺と同じくらい強大な魔力を持つ者。そう、この事件の黒幕は……」


 ユウ・シャノチーチはケンジャノッチに重く突き刺すように言った。

「国王クロマークだ」


 ケンジャノッチの顔は青ざめていた。

「うそだ……そんなはずがない!! あの心優しき国王クロマークが黒幕なはずがない!」

「しかしこれが真実だ。国王は俺に罪をなすりつけめざわりな俺を消そうとしたのだ!」


 ウラギールが反論した。

「そんなのただの作り話!」

「ほう?」

「あなたがこの世界に呪いをかけた!」

「そう信じたいだけだろう?」

 ウラギールは口をつぐんだ。


「自分の国の王が、なによりも国民の幸せを願っているはずの国王が! そんなことをするはずがない! そう信じたいんだろう? だが矛盾はなにひとつない。なぜなら国王は、なによりも全ての国民が幸せになるために、絶望した人間を切り捨てているのだから!」


 ユウ・シャノチーチは続ける。

「だいたい考えてもみろ。世界にそんな呪いをかけて俺になんのメリットがある? 俺は誰かが幸せだろうが不幸せだろうがどうでもいい主義なんだ。俺は愛する者と共にいられればそれで充分」


 ウラギールが声を上げる。

「理由なんか知らない! とにかく呪いをかけたのはあなた!」

「まあ、いずれわかることだ。国王が消えればスライム化現象は終わる。まあ、既にスライムになった者は元には戻らないがな」


 ケンジャノッチの胸に重い痛みが走った。


「たとえ俺を倒したとしてもスライム化現象はとまらない。呪いをかけたのは国王クロマークなのだから!」


 ユウ・シャノチーチはケンジャノッチに歩み寄ってきた。

「なあ、勇者ケンジャノッチ。俺と手を組もうじゃないか。そしてあの邪悪な国王を倒し、この世界に平和をもたらすのだ」

「ぼ……僕は……」

「俺はお前に試練を与えたのだ」

「試練?」

「実際のところ、クソザッコも、ツヨスギルンも、ジン・ロウたちも、俺が作りだしたモンスターたちだ。お前は俺の用意した試練を乗り越えた」

「なにが試練だ……」

 ケンジャノッチはつぶやくよう言った


「国王クロマークは実に様々な魔法を使いこなす。たとえば、幻術魔法だ。派手な魔法の幻を作りだし、相手の戦意を失わせる。実際のところ威力はほぼない。これはクソザッコが使ったものと一緒だ」

「あの技が幻?……そんなはずはない、あの技でスグシヌヨンが死んだ!」

「え?」

 ユウ・シャノチーチは本当に意外な顔とした。

「それは……心臓が弱かったとかなんじゃないか……?」


 ケンジャノッチたちは、僧侶スグシヌヨンの心臓が弱い場面を思い出し、「ああ」と納得した。


 ユウ・シャノチーチが仕切り直す。

「そのほか、ツヨスギルンが使った瞬間移動、ジン・ロウたちが使った防御魔法、国王クロマークはあらゆる魔法を使いこなすわけだ。だがお前たちは見事暗黒四天王を倒した。そのお前たちなら国王クロマークとの戦いで十分に役立つ」

「勝手なこと言いやがって……」

 ケンジャノッチが手を固く握る。

「お前の送った暗黒四天王のせいでたくさんの村人が犠牲になった」


 ユウ・シャノチーチはケンジャノッチにさとすように言った。

「ケンジャノッチ、多少の犠牲はやむをえないんだ。お前が世界を救うことに比べればちっぽけな犠牲じゃないか。お前が世界を救わなければもっと多くの者が犠牲になる」

「そんなの……そんなのおかしいよ……」

「俺たちが力を合わせればあの国王だって倒すことができる! さあケンジャノッチよ、俺と手を組もうじゃないか!」

 ユウ・シャノチーチはケンジャノッチの前に手を差し出した。


 ケンジャノッチはその手を弾き飛ばし、後ろに一歩引いた。

 ユウ・シャノチーチは「愚かな」とつぶやいた。

「僕にはやっぱり、あなたの話は信じられません」

「ケンジャノッチよ、俺は手荒な真似はしたくないんだ。頼む、ケンジャノッチ」

 ユウ・シャノチーチは再び手を差し出した。


 ケンジャノッチは、更に後ろにひいて、うつむきながら首を横に振った。

「そうか、やむをえん……力で服従させるしかないようだな。ケンジャノッチよ、お前にもうひとつ真実を伝えなければならない。お前はまだ気付いていないようだが……」


 ケンジャノッチは、どこかから冷たい視線を感じた。なんだ、今の冷たい視線は……ケンジャノッチは周りを見た。ウラギール、マトハズレイ、ユ・ウジンナシ……このうちの誰かが自分に冷たい視線を向けた気がした。ケンジャノッチは胸騒ぎがした。

 ユウ・シャノチーチは口を開いた。

「お前のすぐそばに裏切者がいる」



 裏切者……?

 嘘だ……嘘だ嘘だ……



「お前たちをうまくサポートしここまで導いてくれた」


 何者かがケンジャノッチの横を通り、ユウ・シャノチーチのそばに立った。


「ご苦労だったな、剣士マトハズレイよ」




【次回予告】

 自分のすぐそばに裏切者がいることを知り唖然とする勇者ケンジャノッチ。剣士マトハズレイはケンジャノッチたちに剣を向ける。その圧倒的な力になすすべもない勇者たち。この状況を打開するには、あれに賭けるしかない……!


 次回、剣士マトハズレイ。


 ネタバレは禁止だよ。

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