#14 剣士マトハズレイ


 剣士マトハズレイは勇者ケンジャノッチの前に立ちはだかった。



 まさか……

 まさかマトハズレイが裏切者だったなんて……!



 マトハズレイが口を開いた。

「ケンジャノッチ、魔王ユウ・シャノチーチ様が言っていることは全て正しい。わかってくれないか?」

 ウラギールは震えながら声を出す。

「うそ……うそだよ……!! マトハズレイが裏切り者なんて!! そんなの信じられないよ……!!」

「わかってくれウラギール! 私たちとともに世界を救おうじゃないか!」


 さっきから喋るタイミングを完全に失っていたユ・ウジンナシがようやく喋り出した。

「いったいどうなってるんですか……マトハズレイのアネキは裏切り者なんですか?」

「ユ・ウジンナシ! きみも仲間になろう! 世界を救うんだ!」

ウラギールが大きな声を上げる。

「マトハズレイ! 目を覚ましてよ!」

「目なんて最初から覚めている! さあ! 私たちと世界を救おう!」


 みな、うつむきながら黙っているだけだった。


「どうやらわかってもらえないみたいだな。いいだろう。暗黒四天王のトップに君臨するこの暗黒剣士マトハズレイが力ずくでわからせてやろう」


 マトハズレイは剣を構えた。

 魔王ユウ・シャノチーチは玉座に戻っており、優雅に観戦しようという態度で座っていた。


「待て、マトハズレイ。僕たちはキミとは戦いたくない」

「問答無用だ。今すぐユウ・シャノチーチ様と手を組まないのであれば叩きのめす」


 マトハズレイの目は黄色く輝き、黄色のオーラが体を覆い、宇宙が広がった。

 ウラギールは氷のつぶてをマトハズレイに繰り出すが、マトハズレイは腕でガードをした。

 ユ・ウジンナシの放った矢は手でつかまれへし折られ、ケンジャノッチの剣は簡単に払われた。

「ウラギール、強力な魔法を!」

 ケンジャノッチの声にウラギールが答える。

「だめ、今からだと間に合わない!」

 マトハズレイがつぶやく。

「なるほど、分析完了だ……頭脳明晰なバトルをその目に焼き付けるんだな」


 マトハズレイは剣を捨てケンジャノッチを思いっきりぶん殴った。

 ケンジャノッチは回転しながら地面をバウンドし、壁に激突した。

「ケンジャノッチ!」とウラギールが駆け寄る。

「小難しいことは抜きにして筋力で破壊する! これが超頭脳派の戦闘スタイルだ!」

「おいおいマトハズレイ、殺しはするなよ」

 魔王ユウ・シャノチーチが遠くから声をかけた。


ウラギールはケンジャノッチに駆け寄る。

「ケンジャノッチ、今回復の魔法をかけるから」

 ウラギールは魔力が集中すると、一瞬ケンジャノッチの体が緑色の光に包まれた。

 ケンジャノッチは立ち上がり、口の中の血をツバのように吐き捨てた。

「ありがとう、だいぶマシになった」


「さあ、降参してユウ・シャノチーチ様と手を組め。そうするまで一人ずつ殴る」

 マトハズレイはそういうと、ユ・ウジンナシに目をやった。ユ・ウジンナシはがくがくと震えた。


 ウラギールは強力な魔法を唱えるため魔力を集中し始めた。

 マトハズレイはそれを察知するとウラギールに駆け寄る。

 マトハズレイはケンジャノッチの振った剣をすっと避け、ウラギールに接近する。


 ウラギールは急いで氷の壁を出したが、マトハズレイの拳はその壁を粉々に破壊し、そのままウラギールを吹っ飛ばした。マトハズレイはそのまま後方から飛んできた矢をつかみ、ユ・ウジンナシを見るとその矢を片手でへし折った。

 ユ・ウジンナシは顎が外れそうになりながら震えていた。


 マトハズレイはユ・ウジンナシに駆け寄ってくる。

「こうなったらイチかバチかだ……」とユ・ウジンナシは心の中でつぶやいた。そして、大声をはりあげた。

「あ、ユーフォー!」

 マトハズレイは「なに!」と言って振り向いた。しかしそこにはユーフォーらしきものは見当たらなかった。ユウ・シャノチーチはそのマトハズレイの様子を、なにか信じられないものを見たかのような表情で見ていた。

 マトハズレイの背後から矢が飛んでくるが、マトハズレイはそれをさっと避け、ユ・ウジンナシに詰め寄った。

「おい、どこだ? どのあたりに見えた?」

「あ、あ、ええと……」


 後ろからケンジャノッチの声がきこえる。

「マトハズレイ!」

「なんだ!」

「ちょうどここに立ってそこの窓を見てみろ!」

「なに?」

マトハズレイは言われた場所に立ち、やや遠くから窓を見た。

「どこにいる?」

「窓が曇ってて見えづらいかもしれない。僕が窓を開けよう。そこからだと超見える位置にいるんだ」

 といいながらケンジャノッチはマトハズレイのもとを離れ、窓を開けに行く。


 マトハズレイの頭上には巨大な氷の塊が出現しており、それはそのまま落下しマトハズレイの頭に直撃し、真っ二つに割れた。マトハズレイはその勢いで片膝を床に着いた。

 ウラギールは魔法を放ったあとの構えをしていた


「やったか!」

 ケンジャノッチがそういうと、マトハズレイは立ち上がり、ケンジャノッチの元へと歩き出した。ケンジャノッチが短い悲鳴をあげると、マトハズレイは「むぎゅう」と言いながら床にぶっ倒れた。


 ユウ・シャノチーチは高らかに笑った。

「マトハズレイを倒すとはなかなかやるな。やむをえん。俺の魔力でお前たちを屈服させるしかないようだな」


 ユウ・シャノチーチの目は紫色に光り、体からは紫色のオーラがあふれ出した。

「紫色のオーラ、闇魔法……!」

 ウラギールがつぶやいた。



 闇魔法……魔力の消費が激しいかわりに威力の高い魔法だ……

 まずい……!



「自分の愚かさを恥じるがいい」

 ユウ・シャノチーチがそういうと、紫色のオーラはユウ・シャノチーチの体を離れ意識ある生命体のように浮遊する。その紫色の光は猛スピードでケンジャノッチに突進し、そのままケンジャノッチの体を包んだ。ケンジャノッチは大声を上げながら苦しみに耐え続けた。やがて青い光は消え去り、ケンジャノッチは床に手をついた。



 な……なんだこれは……

 身体が重い……



 ウラギールはケンジャノッチに回復魔法をかける。ケンジャノッチはふらつきながら立ち上がった。

「降参するまで、貴様らは永久に苦しみを味わうことになる。安心しろ、殺しはしない。俺が加減を間違えなければな。さあ、どこまで耐えられるかな?」

 ユウ・シャノチーチは再び紫色のオーラをまとう。それはさきほどより大きく、空気に電気が走っているかのように針で刺すような痛みすら感じる。

「見せてやろう。超魔道ギリシナヌを」

「超魔道ギリシナヌ……」

 ユ・ウジンナシはかみしめるように繰り返した。


 ウラギールは魔力を集中させ始める。

 ケンジャノッチは足腰が立たなくなりそのまま座り込んだ。

「ケンジャノッチさん!」

 ユ・ウジンナシが呼びかけるがケンジャノッチにはきこえない。



 無理だ……さっきの攻撃ですらあれだけ傷を負ったのに……

 そんなものくらったら死んでしまう……



「死なないことを祈るんだな」

 巨大な紫色の光はユウ・シャノチーチを離れ、巨大な不死鳥となった。その光は拡散しながらさまざまな角度でケンジャノッチたちの方へとんでいく。

 ウラギールも魔力を解き放ち、巨大な壁を出現させる。紫色の光は激しい音を立てながらその壁に衝突し続け、壁に少しずつヒビを入れていく。ウラギールは壁に魔力を送り続けた。



 僕はいったいなにをやっているんだ……

 ウラギールは必死に僕のことを守ってくれている……

 でも、ただここで震えているだけじゃないか……

 僕は……僕は……



 ケンジャノッチの目に、壁のヒビがどんどん大きくなっているのが見える。ヒビが大きくなっていくたびにケンジャノッチはどんどん目を見開き、なにも考えられなくなっていった。とうとう壁は破壊され、そのまま紫色の光は三人を直撃した。三人は大声をあげながら苦しみに耐え続けた。やがて光は消え失せ、三人は床に手をついた。



 無理だ……僕たちでは話にならないほど強い……

 今までの敵とはわけが違う……



 ユウ・シャノチーチは部屋を歩き回り、動けなくなっている勇者たちを感心しながら順番に見て回った。ユウ・シャノチーチはユ・ウジンナシの目の前に来ると、弓を拾い上げ、へし折って投げ捨てた。

「幸運にも誰ひとり死ななかったようだな」

ユウ・シャノチーチは拍手した。

「どうだケンジャノッチ? 俺と手を組む気にはなったか?」



 手を組む……? こいつと……?

 あの心優しき国王クロマークを倒す……?

 ありえない……



 ケンジャノッチはウラギールに目をやった。



 ウラギール……

 しまった今のでウラギールは魔力を消耗した……

 もう回復魔法すら使えないかもしれない……



 ユウ・シャノチーチは紫色の玉座に腰かけていた。玉座はかすかに紫色の光をともしているように見えた。

「お前らでは俺を倒すことはできん。もうまともに立ち上がることすらできないじゃないか」

 

 そのとき、ウラギールが立ち上がった。

「ほう、まだ立ち上がる体力があるとはな」

「私は、最後まであきらめない……」



 ウラギール、どうして立ち上がれるんだ……

 僕はなにをしているんだ……

 こんな絶望的な状況でもウラギールは立ち上がるのに……

 僕だって……

 僕だったまだできることが……



 ケンジャノッチは立ち上がった。それを見ていたユ・ウジンナシも立ち上がった。

 ケンジャノッチはウラギールの腕を握った。

 ケンジャノッチの目は赤く光り、ケンジャノッチの体を赤いオーラが包んだ。

「僕は、攻撃魔法は大して使えないけど、サポート魔法なら使える」

 赤いオーラが大きくなる。

「魔力回復魔法マリョックワーケル」

 赤いオーラがウラギールも包み込んだ。


「魔力がみなぎってくる」

「ウラギール、回復魔法を」

 ウラギールは魔力を集中し、三人の体力を回復した。


 ユウ・シャノチーチは拍手をした。

「素晴らしい。いいじゃないか。見事瀕死(ひんし)の状況を乗り切った。で? お前たちはまた俺の攻撃で苦しみを受け続ける。それだけだ。お前たちが立ち上がる限り永久の苦しみが待っているだけだ」


 永久の苦しみ、その言葉に一瞬ケンジャノッチは震えたが、ウラギールは言葉を返す。

「私たちはなにがあってもあきらめない」

 今までのいくつものピンチがケンジャノッチの頭に蘇ってくる。



 そうだ……今までだってどんなピンチでも乗り越えてきたんだ……

 どんな敵にだって弱点はある……



「まあ、無駄な努力をすることだ」

 ユウ・シャノチーチは鼻で笑って立ち上がり、手を広げた。

「さあ、今の俺は隙だらけだ。どうする?」


 ウラギールは魔力を集中し始め、ケンジャノッチは剣を構え、ユ・ウジンナシは短剣を取り出した。

「すべてを貫け。氷魔法奥義ダンガンミ・タイナコーリ」

 氷の結晶が弾丸のような速さでユウ・シャノチーチに向かう。


 ユウ・シャノチーチは紫色のオーラをまとい氷の弾丸は全てその紫色のオーラに弾き飛ばされた。



 魔法が効かないなら……!



 ケンジャノッチは、素早くユウ・シャノチーチに駆け寄る。ユウ・シャノチーチのオーラは大きくなった。ケンジャノッチが斬りかかろうとすると、紫色のオーラに触れたケンジャノッチを苦しみが襲った。ユウ・シャノチーチはケンジャノッチの胸倉をつかんで立たせて蹴りを入れ、ケンジャノッチはウラギールたちのもとに吹っ飛んでいった。



 ばかな……

 あのオーラのせいで魔法も物理攻撃もユウ・シャノチーチには当てられない……



「まったく、あくびがでるな」

そう言うとユウ・シャノチーチはオーラを消し再び玉座に座った。



 ユウ・シャノチーチに弱点はないのか……

 ここで……ここで本当に終わりなのか……

 いや……

 


 ケンジャノッチは立ち上がった。



 僕たちは最後まであきらめない……

 魔王ユウ・シャノチーチを倒して……この物語を終わらせる……!




【次回予告】

 いよいよこの冒険最後の敵との戦いが始まった。完全無欠の魔王ユウ・シャノチーチに勝つ方法は? そして、ついに魔王ユウ・シャノチーチの正体が判明する。ユウ・シャノチーチ、あなたはもしかして……


 次回、父ユウ・シャノチーチ。


 ネタバレは禁止だよ。

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