#10 暗黒四天王ジン・ロウ


 勇者ケンジャノッチは宿で横になっていた。しかし、自分の判断が本当に合っていたのか、自信を持つことができずいつまでも寝つけずにいた。魔道士ウラギールはずっと窓から月を眺めており、剣士マトハズレイは爆睡していた。


 ケンジャノッチが眠るのをあきらめて起き上がると、本棚が目に入った。「世界の呪いと刻印」というタイトルの本を手に取り、灯りをつけ、パラパラとめくる。


 その本の内容は全体的にオカルトじみており、やれ刻印で人格や生死をコントロールするだの、儀式によって世界に呪いをかけるだの、バカバカしいことが書かれていた。愛の刻印によって好きな人に振り向いてもらおうだとか、死の刻印によって嫌いなやつを殺そうだとか、世界に呪いをかけて悪人を全てチョコレートに変えてしまおう、一度チョコレートになったやつは術者が死んでも元に戻れないとか、きっと自分の人生がうまくいかなかった人間が、空想の中だけでも強くなった気になりたくて書いたようなものだろう。


 ページをめるくと、賢者の血についても記述があった。賢者の力は大切な人をまもるときに覚醒し、愛によって増大する。賢者の血か……ケンジャノッチは自分の手を見る。もし自分に賢者の血が流れていればと考えたが、そんな空想はするだけ無駄だと思い直し、ケンジャノッチはいつの間にか眠りに落ちていた。




 三人は、外からの悲鳴を合図に目を覚ました。三人が急いで宿を出て悲鳴のもとに駆けつけると、そこでは男が血を流して倒れており、そのそばで昨晩監視をしていたオマエモカが震えていた。

「私の夫が……人狼に……!」


 倒れていた男は、昨晩監視をしていたツギノヒガ・イーシャだった。



 そ……そんな……人狼はまだ生きている……

 嘘だ……嘘だ嘘だ……

 僕たちは間違えていた……

 ツギノヒガ・イーシャが次の被害者に……



 オマエモカはケンジャノッチを責め立てた。

「勇者さま……! あなたたちが人狼を倒してくれるときいてました……! それなのに……どうしてこんなことに……!」

 ケンジャノッチは必死で謝罪した。



 ウラギールが変なことを言い出したからだ……

 それで僕の判断力がにぶったんだ……



「謝ったって夫は帰ってきません……!」とオマエモカが責め立てる。



 その通りだ……

 こんなの謝って済む問題じゃない……

 もうダメだ……僕なんて……僕なんて……



 突如、オマエモカに氷のつぶてが襲い掛かった。ウラギールが魔法を放ったのだ。ケンジャノッチは意味が分からず大声をあげた。

「な、なにやってんだウラギール!」

 ウラギールはオマエモカがいた方向を指さした。ケンジャノッチがそっちの方向を見ると、オマエモカの顔がオオカミになっていた。ケンジャノッチは短い悲鳴をあげた。


「ほほう、よく見破ったね」

「しっぽが見えてんのよ」

「おっと、それはウカツだったね……」


 村長ジン・ロウが大声をあげて近づいてきた。

「なんだ! なにがあったんじゃ!」

 オマエモカは当然のようにジン・ロウに話しかける。

「正体がバレちまったのさ!」

「なに! それはやむをえんな!」


 ジン・ロウの顔がオオカミに変わった。

 ケンジャノッチはまた短い悲鳴を上げる。


「そう……人狼がひとりだけとは限らない」

 ウラギールがそう言うとマトハズレイは納得した表情で言った。

「人狼はもうひとりいたってことか……オマエモカ、お前もか!!」


 オマエモカはにやりと笑った。

「ご明察。私たちは暗黒四天王の序列2位、オマエモカ&ジン・ロウ!」

「ばれたものは仕方ない! 貴様らを八つ裂きにしてくれるわい!」


 オマエモカとジン・ロウが飛びかかってくる。



 飛びかかってきたということは、こいつらの戦闘は接近戦スタイル……!

そうであれば僕とマトハズレイでウラギールを守りつつ、ウラギールの魔法で攻撃するのがセオリー……!



 ケンジャノッチとマトハズレイは剣を振り、暗黒四天王に応戦する。

 その隙にウラギールは魔力を集中し、強力な魔法を放つ。

「すべてを貫け。氷魔法奥義ダンガンミ・タイナコーリ」


 暗黒四天王のふたりを氷の結晶が襲った。

 煙が巻き上がる。ここで相手に大きく傷を負わせられれば優勢に立ちまわれる。


 煙がおさまると、そこにはバリアに守られたオマエモカとジン・ロウがいた。



 バカな……あの攻撃をくらって無傷……?



「守護魔法マホキカーヌ」

 ジン・ロウは自慢げにそう言った。オマエモカが続ける。

「私たちに魔法攻撃は効かない」


 接近戦スタイルの敵に魔法が効かないのであれば、戦いはかなり難しくなる。こちらも接近して物理攻撃をする必要があるが、こういったモンスターは人間よりも力が強く押し負けやすい。


「では、こちらから行くぞ。秘技グーデナ・グール」

 そう言うとジン・ロウは素早くマトハズレイに駆け寄り、グーで殴った。マトハズレイはギリギリのところでガードしたが、そのまま吹っ飛ばされて倒れかけ、その勢いで一回転しながらすぐに体制をたて直した。

「マトハズレイ!」

 ケンジャノッチがマトハズレイを心配すると、すぐ前にオマエモカが迫っていた。


「よそ見してる場合?」

 オマエモカがケンジャノッチをグーで殴ろうとしたが、そこには氷の壁が出現した。オマエモカの攻撃はそのまま氷の壁に直撃し、氷の壁は粉々に砕けた。攻撃は勢いを失ったため、オマエモカは反撃を想定して一度距離をとった。

 ウラギールは氷のつぶてを放つが、オマエモカは守護魔法マホキカーヌでガードした。

「なかなかやるねぇ」とオマエモカは感心した。


 少し離れた場所では、マトハズレイとジン・ロウが1対1で戦っている。マトハズレイはジン・ロウの素早い攻撃になんとか応戦するという形だった。

「ふん、貴様の攻撃は速いだけだな」

 マトハズレイの挑発にジン・ロウは答える。

「ふん、貴様の遅い攻撃ではワシには当たらん」

 ジン・ロウは攻撃を再開し、マトハズレイは少しずつ後退していった。



 

 オマエモカは誇らしげに笑う。

「あんたのお友達もジン・ロウには勝てないようだね。あんたらザコ二人は私がまとめて相手してやるよ」

 オマエモカは歩きながら近づいている。しかしそこには一部の隙もなかった。

「戦いのセオリー、まずはうっとうしい魔道士から始末すること」


 オマエモカはそういうとウラギールに急接近しグーで殴りかかる。ウラギールはとっさに氷の壁を出すが、それはすぐに破られた。ケンジャノッチが斬りかかるが、その動きは読まれ、オマエモカはさっと避けた後に、ケンジャノッチに蹴りを入れ、ケンジャノッチを吹っ飛ばした。ウラギールは距離を取りながら氷の壁を出したり、氷のつぶてで牽制するが、オマエモカのスピードに間に合わなくなってくる。

「く、間に合わない……」


 オマエモカの拳はウラギールに直撃し、ウラギールはボーリングの玉のように地面を滑り、ウラギールが直撃した薪は、ボーリングのピンのように吹っ飛んだ。

「ウラギール!」

 ケンジャノッチは叫ぶが、さきほどの一撃のせいですぐに駆け寄ることはできなかった。

 オマエモカは勝ち誇って笑う。

「これが暗黒四天王、序列2位の実力。今までの暗黒四天王とは格が違うわけ」



 魔法は効かず、接近戦では押し負ける。いったいどうすれば……



 ケンジャノッチは、暗黒四天王の守護魔法マホキカーヌを思い出していた。



 必ずどこかに弱点があるはず……どこかに……

 待て……魔法がきかないわけじゃない……

 守護魔法マホキカーヌ自体も魔法のはず……

 しかもあの魔法は前方にしかはられていなかった……




 ジン・ロウはマトハズレイの剣をよけ、距離をとった。

「がははは! 遅い! お前の攻撃は遅すぎる! 100年かかってもお前の攻撃は当たらん!」

 マトハズレイは知的な顔を崩さず立っている。


 突然、マトハズレイは剣を地面に投げるように置いた。

 そして、りりしい顔のまま両手を挙げた。


「なんだこいつは……? これはどう見ても降参のポーズ……」

ジン・ロウは心の中でつぶやいた。

「こんな自信満々な顔で降参するやつは初めてみたぞ……」


 マトハズレイは両手を挙げたまま、ジン・ロウに歩み寄ってくる。

「ふん、情けない。自分の命が惜しくなったか。だが残念だな。そんなことで命を助けるほど甘くない」

 マトハズレイは少しずつジン・ロウとの距離を縮めてくる。

「ここがお前の墓場だぁ!」


 ジン・ロウは目にも止まらぬ速さでマトハズレイに接近し、拳を繰り出した。




「うおおおおお!」

 ケンジャノッチは大きな声をあげオマエモカに突進していった。

「ふん、ヤケクソになったか」

 オマエモカはケンジャノッチの剣をよけ、ケンジャノッチを殴った。

「もっと痛い思いをしないとわからないみたいだね」

 オマエモカは、ケンジャノッチを殴り続けた。はじめのうちケンジャノッチはうまくガードを間に合わせたが、それも長くは続かず、ケンジャノッチは剣を落とし、そのままオマエモカの思うがままに殴られ続けた。

「ケンジャノッチ!」

 ウラギールがはよろよろと歩き出し、遠くにいるケンジャノッチに少しでも近づこうとする。


「あはは! 勇者様もぶざまだねぇ。このまま私のおもちゃになるといい」

「油断したらおもちゃにもてあそばれるぞ」

「ほざけ、ザコが」

 ケンジャノッチはオマエモカが繰り出した拳をよけ、オマエモカに抱きついた。


「な、なんだお前は? 離れろ、離れろザコが!」

 ケンジャノッチは大声で叫ぶ。

「ウラギール今だ! 今なら魔法が効く!」


 ウラギールは「え?」と声を出す。

「でもそしたらケンジャノッチも……!」

「いいから撃て! 今しかチャンスがない!」


 ウラギールは涙を流しながら魔力を集中する。


「くそ、放せ! 放せザコが!」

 オマエモカが抵抗するが、ケンジャノッチは断固として放さなかった。


 ウラギールの目は青く光り、青いオーラが漂い始める。


「まずい……このままだと守護魔法マホキカーヌが出せない……」


「すべてを貫け。氷魔法奥義ダンガンミ・タイナコーリ」

 ウラギールがそう唱えると、氷の結晶がオマエモカとケンジャノッチを襲った。

 大きな煙が巻き上がった。




 マトハズレイが冷静な顔でジン・ロウを見ていた。

「ば……ばかな……」

 ジン・ロウが心の中でつぶやく。ジン・ロウが繰り出した拳は、マトハズレイの左の手のひらで受け止められていた。

「秘技グーデナ・グール……片手で……」


「ジン・ロウ、お前の性格や攻撃のクセはこの数分で分析済みだ」

「ありえない……こやつ……ただのバカなノロマじゃないのか……?」

「どちらが格上か見誤ったようだな」


 マトハズレイの右の拳がジン・ロウの腹に入った。ジン・ロウはバスケットボールのごとく3回バウンドして地面に倒れた。




 煙は消えさり、オマエモカとケンジャノッチの姿が見える。

「バカが……自分の身を犠牲にするなんて……」

 オマエモカがそうつぶやくと、そのままオマエモカとケンジャノッチは倒れた。


「ケンジャノッチ!」

 ウラギールがケンジャノッチに駆け寄ろうとすると、いつの間にかそこにいたマトハズレイが倒れているオマエモカに剣を刺した。オマエモカはドロドロに溶け、紫色の液体が残った。


「ケンジャノッチ」

 ウラギールがケンジャノッチを抱き起こすと、ケンジャノッチはうっすらと目を開ける。ウラギールが呼びかけると、「あれ、僕は?」とケンジャノッチは口を開いた。


「どうやら、オマエモカが盾になってケンジャノッチには直撃しなかったようだな!」

 珍しくマトハズレイがまともなことを言った。

「もぉ……立てる……?」

 ウラギールは涙ぐみながら言った。


 ケンジャノッチは立ち上がり、うつろな目で口を開いた。


「ごめん、僕はやっぱり帰る」


 そう言うと、ケンジャノッチは朝っぱらから宿に帰った。



 ジン・ロウが倒れていた地面には、紫色の液体が広がっていた。




【次回予告】

 暗黒四天王ジン・ロウ&オマエモカに勝利したケンジャノッチだったが、様々なショックから自信を喪失してしまう。果たして、ケンジャノッチは自信を取り戻すことができるのか? そして、ケンジャノッチのもとに、人生にとって重要なものは何かと問いかける中年の男が現れる。私たちの人生にとって重要なものっていったい……?


 次回、愛の伝道者テメーガユ・ウナ。


 ネタバレは禁止だよ。

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