3・北の谷の戦い・参

 そこからの戦闘は意外な程に早く片が付いた。前方を進んでいた横手の大将もそうそうに討ち取られたからだ。

 大叔父の指示の下、集中的に投石を食らった横手の大将は馬に跨り目立って居たのも手伝ってか、早々に命を落とした。大将格を一気に二人失い、四方を我等に包囲された敵が戦意を喪失するのは当然の帰結だった。

 助命を条件に降伏を促せば農民兵から投降する者が続出。少し目端の効く者は左右の斜面を這い上がり草叢の中へ逃げ込んで行った。

 少ないながらも残った横手の武士階級の者は最後まで抵抗した様だが多勢に無勢、完勝と言って良い結果となったが、同時に多数の味方の負傷者に加え敵の捕虜を抱え込む事になった。


 兵達に投降した敵の武装を没収させつつ、縄で縛り上げる事を指示する。勿論、大量の捕虜を縛る縄等用意して来なかったので、草叢の中に設置した目印の縄を取り外して転用する。

 捕虜をどこへ置くかも問題だ。ここに残しても山之井に下ろしても潜在的脅威になってしまう。里に下ろして万が一暴れられるよりもここに置いておく方が最悪の場面ではマシか…

 捕虜に対する指示を増蔵達に出すと柵まで戻って状況の確認をする。三田寺衆を始め主だった者に脱落した者はいない様だ。

「爺、無事か!?」

「若…お見事で御座いました。これなら殿もご安心なさるでしょう…うぅ…」

俺の質問にそう答えると涙ぐむ。しかし、今はそんな感傷に浸っていて貰っては困る。

「今はそんな話をしている場合ではない。怪我はどうなのだ?」

「は…なんとか生き延びましたが…戦はちと厳しいかと…」

そう情けなそうにそう言った。

「そうか、良く叔父上や皆を連れ帰ってくれた。戦えない程の怪我人と三田寺衆を里まで下げるからそれの指揮を執ってくれ。」

そんな爺を労ってからそう頼む。

「その程度でしたら問題無いかと。」

少し表情を持ち直してそう答えた。

「良し、稲荷社に女衆が集まっている。そこで手当てや食事を取ったら落合とここの間を取り持ってくれ。傷の手当ては以前も話た通りだ。まずは綺麗な水で洗え。馬糞等論外だぞ。汚れた布は熱湯に浸けて洗うのだ。そうだ、大将首も持って行け。」

「わ、分かり申した。」

以前にした傷の手当の方法についても徹底させねば。


「典道叔父上。怪我人を運ぶのを手伝って頂けますか?」

続いて三田寺衆に依頼を出す。

「無論だ。お主はここに残るのか?」

憑物が落ちた様な顔をした典道叔父そう答える。

「差し当たっては。母上や紅葉丸を頼みます。」

「任せておけ。」

力強くそう答える叔父。一皮剥けると言うのはこう言う事か、目の当たりにしてそう思う。


「霧丸!」

「は、はい!」

俺が呼ぶと人垣を掻き分けて霧丸が慌てて出て来る。

「まだ走れるか?」

「は、はい、走れます。」

「子供達を纏めて、急ぎ稲荷社に戻せ。飲み水や食い物、傷薬をここまで運ぶんだ。それから…」

近くに呼び寄せ小声で指示を与える。

「わ、分かりました…」

「急げよ。他の者は後から追わせれば良い。」

「は、はい…」

指示を聞いて顔を強張らせる霧丸にそう言い足す。

「お、俺はどうするんだ?」

そこへ青い顔をして松吉が来る。無理もない、父の康兵衛が戻っていないのだ。康兵衛は下之郷の纏め役だ、つまり父の直属と言う事になる。戻って来ないのも無理からぬ事だ…

「お前はここに残れ。こちらからの伝令として待機しろ。すぐに仕事が出来るぞ。」

「わ、分かった…」

いつもなら食って掛かりそうな指示にも大人しく従う松吉。


「おーい、山之井の者かぁ!?」

と、その時、隘路の奥、東側の尾根の上から呼び掛ける声がする。

 皆が顔を見合わせる中、大声で返事をする。

「そうだぁ!何者だぁ!?」

「…若様ですかぁ!?壱太でぇす!!」

山の民の壱太だ。

「壱太かぁ、若鷹丸だぁ!どうしたぁ!?」

「すぐに下りますからちと待ってください!」

「わかったぁ!」

そう答えると皆に向き直る。

「横槍が入ったが皆仕事に掛かってくれ。」

そう言うと皆が動き出す。爺は負傷者を纏め、霧丸は子供達を纏める。典道叔父は爺を補佐する様に三田寺衆を動かす。

「若様、我等はどうしますかな。」

行賢大叔父がそう尋ねて来る。

「取り敢えずここを固める。出来ればこの先で倒れているかもしれない味方も連れ戻したい所だ。」

「そうですな…」

そうこうしている間にも準備が整った者から山之井へ向かい出立を始める。

「では、若鷹丸、先に山之井で待っている。必ず戻ってくれ。」

そう言って典道叔父も最後に里へ向かう。


 そこへガサガサと藪を掻き分け壱太が下りて来た。

「壱太、どうした。山の民に何か有ったのか!?」

俺がそう問いかけると、

「いえ、里の者の戦いは関わらぬのがお頭の方針なんで様子を伺うだけだったんですが山之井の旗色が悪そうだってんでこりゃ拙いと思っていた所に若様らしき声がしたもんですから。何かお手伝い出来ないもんかと思いまして。」

「わざわざその為に来てくれたのか!?」

「へ、へい。」

俺の驚いた様子に照れくさそうにそう答える壱太。

「しかし、光繁殿の言いつけに背くのは拙かろう。」

「いえ、お頭は若様には大層感謝してますから、里の連中の戦には関わらんでしょうが若様のお手伝いなら怒られやしませんて。それに怒られたら若様が庇って下さいよ。」

壱太は少し戯けた様子でそう言う。

「助かる。じゃあ、怒られた時に庇える様に俺が仕事を頼んだ事にしよう。勿論報酬も出す。手を貸してくれるのはお前だけか?」

勿論壱太一人だけでも有り難いのだが…

「上に三人連れて来てます。里に居る連中でまだ爺じゃない奴ってなるとそれしか居なくて。」

「本当か!?それはなんとも有り難い。全員手伝って欲しい。何は無くとも横手の様子が知りたいのだ。」

そう頼む俺の話を聞いて壱太は山の上で待機する仲間を横手へ向かわせてくれた。

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