8・横手にて・壱
「お静かに願いたい!」
横手の館の大広間であろう、怒号の響くその部屋に娘と息子を連れて踏み込む。
山之井の兵達と対峙する様に刀を手にする初老の男と青年、そしてその背後に妙齢の女性が一人とその侍女と思しき女の計四人が居る。
「駒、孫三郎!」
その女性が俺の横を見てそう叫び、初老の男性も腰が浮きかける。下の廓の兵達に気付かれる前に静かにさせないといけない。
「お静かに!これ以上騒がれる様ならこの二人の命は保証出来ない。宜しいか?」
俺が静かに、そして厳しい口調で言うと気圧された様に二人は口を閉ざす。
「横手の御当主で宜しいか?」
初老の男を見据えてそう聞く。
「儂は隠居だ…そう言う、お主は何者だ…」
先代か、と言うことは脇に居る青年か隘路で討ち取った男のどちらかが当主か。二人の母親と思しき女性の年の頃から考えると討ち取った方だろう。しかし、本当に敵の事を何も知らない事に肝が冷える。
「俺は山之井若鷹丸。そう言えばご理解頂けるか?」
「そうか…お主が件の麒麟児か…いや、虎の子も又虎であったか…」
状況を悟ったのか諦観の念が浮かぶ。
「状況はご理解頂けた事かと、降服を勧告致します。」
「事此処に至っては致し方あるまい。儂の首一つで収めて頂けまいか。」
俺の降服勧告に対して、刀を納めて先代がそう答える。
「義父上!?」
「大殿、いけません!」
俺と先代の遣り取りに傍の二人が声を上げる。
「良いのだ、無念だが孫の命を救うには他にしようが無い。経貞よ刀を納めよ。」
先代の言を受け、渋々刀を納める青年。
「賢明なご判断感謝致します。まずは、父の首と他に捕らわれた者が居たらお返し頂きたい。こちらも谷で討ち取った御仁の首と捕らえた兵をお返しする用意がある。」
本来、大将首は三田寺か守護代の下で首実検を受けなければならないのだが、父の首を取り戻す為なら許されるだろう。他に板屋の首も有る。
俺の言を受けて一瞬言葉に詰まる横手の先代。
「山之井殿の首は本陣からの命で既に川出に送ってしまった…捕らえた者は下の兵舎に居る。そちらは開放させよう。それと孫の命は何卒…」
本陣に送られた?こんなに早々にか?いや、父が討ち取られたのはまだ日が在る内だったのかもしれない。何か嫌な感じがするが確信が持てない。
「では、我等が捕らえた兵は私が戻り次第直ちに開放を行いましょう。只、お分かりかと思いますが我等は守護代の寄り子の又寄り子。お二人については出来るだけの事は致しますが…」
しかし、いつまでも悩んでは居られないのでそう答える。孫の二人の身柄は守護代に渡さざるを得ないかもしれないが恐らく幼子の命を奪う事にはなるまい。お互い似た様な立場だ、それは横手にも伝わるだろう。
「忝い。経貞、介錯を頼めるか?」
俺の言を受け、覚悟を決めたのか横手の先代はそう言った。
「大殿…」
経貞と呼ばれた青年が涙を流す。
「お祖父様…」
駒と言う娘も弟を抱いたまま涙を流している。弟は状況も分からず抱かれている。
「おい、何している。幼子に見せる様な物ではないぞ。外に出ているんだ。利助、頼む。」
ふと気がついて二人を広間の外に出す。
「お気遣い痛み入る。それと明朝には本陣より後詰が参る。急がれよ。」
寂し気にそう礼を言った横手の先代は、その後直ぐに見事な最期を遂げた。
最期に告げられた事実に考えを向ける。言葉を足してくれたのは、国人としての立場より自身の孫の身を案ずる祖父としての情が勝ったと言う事だろうか。
しかし、これで横手の行動が実野家の指示に因るものの可能性が高まった。守護代の後詰が約束されていたからこそ板屋も寝返ったのかもしれない。
後詰が明朝と言うのは些か遅すぎる感もあるが、近場に居ては合戦の前に父達に察知されて退却されてしまう可能性も有ったと考えればそれも有り得る話かとも思う。それとも本陣から夜陰に乗じて兵を幾許か引き抜いて回すつもりだったのかもしれない。
だが、この時間差が我等の命を救ったのも事実だ。出来る限りの事をしよう。
「経貞殿と申されたか。ここは火を放つ故、御先代の御遺体をどこかへ移したい。近くに菩提寺か何か御座いませぬか?」
先代の介錯を務め悄然とする青年にそう言う。
「寺は川向こうに…」
そうポツリと答える。
「では、兵を二人を付けます。下の廓へ行き兵達に事態を伝えて、御遺体を運ぶ者を選んで連れて来て頂けますか。勿論、武装は無しに願いたい。ついでに捕らえられた者もこちらへ。」
そう指示すると、
「大殿の首は…」
そう聞き返してきた。
「民を守り見事な最期を遂げられた御先代を無碍には出来ますまい。」
こちらとしても出来る限り横手との禍根は小さくしたい。当主は恐らく討ち取ってしまっているのだ。この上、先代の首まで持って行かれたとなれば民の怒りも長引きかねない。
「畏まった…」
そう答えると経貞は兵二人に先導されて広間を出て行く。兵には外で警戒に当たっている誠右衛門達に館の門を固める様に指示を持たせた。
「奥方はどうなさいますか?」
続いて二人の母親であろう女性に声を掛ける。
「ど、どうとは…」
呆けていた彼女は突然声を掛けられ答えに詰まる。
「現状貴殿には三つの道が有るかと。子供と共に我等と来るか、ここに残るか、それとも御実家に帰るか、です。」
そう選択肢を提示する。
それを聞いて彼女は逡巡する様子を見せる。先程の子供を案じる様子からは共に来ると即答すると思ったがそうでもないようだ。
「失礼ですが御実家はどちらでいらっしゃる?」
俺がそう聞くと、
「川出の分家の出ですが、守護代様の養女として参りました…」
そう答えた。
守護代の養女と来たか。当主は父の様に期待されていたのか。それとも守護代の影響力を強めようと言う考えなのか。只、守護代の庇護が見込めるのであれば逡巡したのも分からなくは無いか。
「時は余り有りませぬ。急ぎご決断なさいますよう。」
そう言うと奥方の侍女を連れて俺は廊下へ出る。
「下働きの者を急ぎ全員集めて欲しい。」
隣の控えの間に二人の子供と一緒に居た子供達の侍女にそう伝える。
「それからそなたは奥方の荷物を急ぎ纏めよ。そなたと奥方の二人で運べる分だけだ。」
奥方の侍女にはそう指示する。
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