7・横手館急襲
横手の館の裏手には門は無く、小さな木戸が一枚設えられているだけだ。流石に施錠されているだろうな。
身を低くして木戸の脇に走り寄り、負傷者や遺体を運ぶ担架代わりに持って来た予備の防御柵を縦にして梯子代わりにする。そう何人も登れる強度は無いかもしれないが一人二人越えて内側から木戸を空ければ良いだけだ。
最初の一人が梯子の上から目だけを板壁の上に出し、人目が無いか確認してからそっと壁の向こうに飛び降りる。すぐにもう一人が続くと内側から閂が外される。
木戸から音も無く十人が滑り込む。自分で指示を出しておいてあれだが絵面が完全に時代劇に出て来る盗賊のそれである…この後起こるであろう、自分が起こすであろう事態から気を逸らす様にそんな事を考える。
武家屋敷と言うのは凡そ似た様な構造をしている。手前(我等は搦手から侵入しているので逆になるが)が外向き、来客や政務の施設、今目の前に見えている奥の部分に内向き、生活の施設がある。
問題は表と奥のどちらに居るかだ。敗戦が伝わっていれば当主か、それに準ずる者は表に居る可能性が高い。一方で家族は奥で休んでいる可能性もある。味方の人数から二手に分かれる策は採りたくない。無難に奥から行くか…
弓を持った誠右衛門と正助達を館の外で警戒に付かせると、二股に分かれた奥の右側、南側の建物に走り寄る。逆側は外見からして厨だから下働きの生活空間だろう。
音を立てぬ様に廊下に上がり、恐らく当主の部屋と思しき部屋の中を覗わせる。いよいよ盗賊染みて来た…
中を覗った兵が首を振る。隣の控えの間も空。幾つかの部屋が空振りだった後、一人の兵が手を上げる。その隣も同様だ。
「女人の様ですが…」
そっと近寄った俺に兵が小声でそう伝えてくる。
===横手駒===
寝付けない。いつもの戦とは違う、大きな戦の途中だからだろうか。館中がピリピリしている様な気がする。
南の谷から山を越えて芳野平野の勢力が攻めて来て横手が戦場になる。こんな事は初めての事らしい。父上達が敵を追い払って後を追い掛けているけれど不安は消えない。
その時、廊下から部屋の中を覗う気配を感じる。侍女の里か母上が様子を見に来たのだろう。
違う!?すっと開いた障子から誰かが入って来たと思ったら口を手で押さえられた。入り口から差し込む月明かりに照らされて見える逆行の人影は鎧を身に着けた男の物だった。
「お静かに、手荒な真似はしたくない。我等は山之井の者だ、ここは既に我等が抑えた。」
山之井?山の南にある芳野平野の勢力の名前だったはずだ。父上が追い払ったんじゃないの!?頭の中が疑問が渦巻いて混乱する。
「お静かに、宜しいか?」
混乱で何も出来ない私に男は再び静かに問い掛けて来る。私は黙って頷くしか出来ない。
「ひっ!」
口から近くの部屋から小さな悲鳴と共にドタドタという音がする。里の声だ!不安と恐怖で音のした方を見る。当然、そこに見えるのは壁だけだ。音はそれっきりしなくなった。まさか…
「横手殿の御息女で宜しいか?」
壁から目を離して私の横に片膝を着いて座る男を見上げる。まだ若い、ううん、若いと言うか私と同じ位の子供に見える。
「先程も言った通り手荒な真似はしたくない。ご同行願えるかな?」
返事を待つ相手に黙って頷くと、続けてそう告げられた。
「若、隣の部屋は幼子が寝ております。」
そこへ後ろから入って来た男がそう言う。そうだ、孫三郎!慌てて飛び起きる私を男が手で制する。
「弟君か?」
そう聞かれれば三度頷くしかない。
「では、弟君は貴殿が抱きかかえて頂けるか?」
とにかく一刻も早く孫三郎の所に行かなくては。私は必死に首を何度も縦に振る。
「では、付いて参られよ。着替えは必要か?」
そう気遣われるが今はそれ所ではない。今度は首を横に慌てて振り立ち上がる。
男に続いて廊下に出るとそこには数人の武装した者が周囲を警戒する様に立っていた。その姿に本当にここが敵の手に落ちているのだと理解する。
一瞬立ち竦んだけれど弟の事を思い出して前に立つ若い男を押し退けて廊下に立つ他の兵の間を掻き分けて隣の部屋へ飛び込む。
「孫三郎!」
そこにはいつもと変わらぬ様子で眠る弟の孫三郎と私の時と同じように傍らに男が一人跪いていた。
必死に眠っている孫三郎を抱き上げてきつく抱き締める。
「勝手はなさいませんよう、女人を後ろから刺す様な事はしたくありませんので。」
後ろから掛けられる厳しい口調の声にはっとする。
恐る恐る振り返ると男が槍を持ち厳しい眼差しでこちらを見ている。私と同い年位だと思っていた人の顔はとてもそうは思えない冷たい表情をしていた。
「ごめんなさい…」
消え入りそうな声でそう誤る。
「隣の部屋の女人が混乱して話が通じんらしい。説得して貰えますかな?」
続けてそう頼まれる。
ううん、頼んでいる体だけど断ったら里は殺されてしまう。あの目はきっとそうだ…又も慌てて頷くと、今度は彼の後ろから大人しく付いて行く。
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奥を制圧して横手の娘と息子を抑える事に成功した。ここまで来て俺は横手の当主の名前も年齢も何も知らない、そもそも横手庄の事自体ほとんど何も知らないのだなと思い当たった。
表に通じる廊下を一団になって進む。途中、厨へ通じる分かれ道へ兵を一人配置する。ここからは一気に勝負を決めないといけない。状況によっては直ちに逃げ出すつもりだ。
先に進むと廊下の先には灯りが灯されている。ここからはいつ人に出会うか分からない。俺が周囲の者に頷くと七人が一気に速度を上げて小走りに先へ進んで行く。
俺は、もう一人残った馴染みの兵、利助と共に捕らえた横手の子供達を前後に挟んで七人からは少し離れて進む。
「ここは抑えたって言ったじゃない…」
駒と言う横手の娘が悔しそうに言う。小声であった所は自制が効いていたと言うべきか。
「奥は押さえていただろう。館を全て押さえたなんて言った覚えはないぞ。」
そう言い返していると先から、
「何奴!?」
と言う誰何の声に続いてドタバタと暴れる音と怒号と悲鳴が聞こえてくる。
最後の廊下の角を曲がると廊下に倒れる一人の男と蹴破られた戸が見える。
「動くな!」
「貴様等どこの者だ!?」
怒鳴り合いが聞こえる部屋の前まで言って声を掛ける。
「お静かに願いたい!」
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