6・横手へ・参

「こりゃ若様じゃありませんか。まさか御自身で来られるとは。」

峠まで登ってみると、そこに居たのは生地師の男だ。四十絡みの男で、周りに居た他の二人も同世代の職人だ。

 壱太も先程の男も年寄りと言って居たが、山の民の里に居る年寄りは職人を除けば本当に山を歩けなくなった程の年寄りなので、ここへ来た年寄りと言うのは年嵩の職人連中の事なのだろう。

「おい、松明を持った者はその辺りで止まれ。向こうから灯りが見えるのは拙い。」

そう後続に声を掛ける。

「それで、横手に一番詳しいのは?」

「儂でしょう。」

生地師がそう答える。

「そうか、城と言うか館の立地を教えてくれ。里の一番上流に近い場所の西側と言う事は聞いたんだが。」

「そうですね。山之井のお城の様に少し回りより高い場所に立ってまして、西側はそのまま斜面に繋がっている所も山之井に似ていますな。ただ、山之井に比べりゃ高さは半分もありゃしませんし、壁だのなんだのってのは木の壁が一重あるだけでした。」

やはり以前は城と言うより館だったようだ。


「左の尾根から館の裏には出られるか?」

「まぁ、可能ですが折角道を作ってくれてるんです。途中まではそれを使った方が楽ですぜ?」

「そろそろ負け戦が伝わって居てもおかしくは無い、そうでなくとも何も報せが無ければ訝しんで然るべきだ。物見の一人位は出ているかもしれん。」

「は、はぁ、そんなもんですかい。そんじゃあ尾根じゃなくて城より一段高くなってる筋がこの下にあるんですがそっからはどうですかい?只、藪漕ぎは覚悟して貰いませんと。」

「良し、それで行こう。この時期だ、藪はどうしようもあるまい。そう言えば壱太はどうした?」

「奴は様子を見に行かせましたが…拙かったですかね?」

「谷筋の道を行ったのか?」

「へい…」

「敵と出くわさないのを祈るしかあるまい。我等の行く道では敵とは出会わぬだろうから戻りを待たずに進もう。案内を頼む。」

「へ、へい。」


「行連、ここに残って道を塞げ。大叔父との繋ぎもある。俺達の退路を奪われないでくれよ?谷から逃げてくる者も居るかもしれん。増蔵も残れ。ここからは速さが第一になる。他に三人残す。何とかやってくれ。」

「しかし若…」

俺の指示に行連が難色を示す。増蔵は流石に付いて行くのは厳しいと感じているのか何も言わない。

「悪いが議論している暇は無い、頼んだぞ。」

「…分かりました。」

俺が強い調子で命じると渋々引き下がる。

 配下の中から走るのが不得手な者と年嵩の者を三名選んでその場に残すと戦の原因となった横手に続く坂道を下り始める。


「誰か来ますぜ。」

九十九折りの坂を下り、そろそろ谷へ出ようかと言う頃、先頭を行く生地師の慶次がそう言って後続を制する。道中不便なので名を聞いた所、生地師が慶次、病に臥せっていたのが兵六と言うらしい。

 谷を見ると成程、月明かりに照らされて一人走って来るのが見える。

「ありゃ、壱太じゃないか?」

俺がそう聞くと、

「その様ですな。行きましょう。」


 谷へ下った我等を認めた壱太は一瞬立ち止まるもののすぐに正体に気が付いた様でまた駆けて来る。

「壱太、どうだった?その格好を見るに敵の物見に行き会ったか?」

壱太を見るといつの間にやら腹巻を身に着けているのだ。

「へへ、向こうから走って来る奴が居たもんで、拙かったですか?」

「いや、良くやった。どんな様子だった?」

ちょっと不安そうにそう聞く壱太にそう返すとほっとした様子で、

「一人二人が慌てて出入りしてました。」

「大勢居る感じでは無さそうか?」

「そうだと思いますけど遠目に見える所までしか行かなかったんで。」

一人で敵の傍まで行けと言うのは酷だろうな。まして壱太は我等から見れば善意の協力者だ。

「いや、十分だ。物見を片付けてからどの位経った?」

「城の様子を草叢に潜んで窺って居たら走って来たんです。そんでそのまま真っ直ぐ戻って来ました。」

つまり、物見は出たばかりと言う事だ。次が出たり、戻らないのを不審に思って探しに出たりするにはまだ時間の猶予が有るはずだ。

「慶次、予定を変える。初めにお主の提案した通り、城の近くまで道を行く。どこから山に入るかはお主の指示に従う。頼めるか?」

「分かりやした。」

「壱太、上に俺の手の者が居る。そこで待機して繋ぎをやってくれ。俺達は城の裏から攻める予定だから何か有ったらそこへ来てくれ。」

「分かりました。」

そうして我等は擦れ違った。


「あれですな。前よりも大分広げた様ですわ。」

城の裏手に回ると藪や低木の隙間から横手の館が垣間見れた。確かに館の東、川に向かう斜面の途中が整地されて郭の様になっておれ、いくつかの建物が見える。形から見て兵舎と蔵だろうか。

 囲っているのは元の館も下の郭も板壁のみなので急拵えなのだろう。もしくは侵攻の中継点としてしか考慮していないのか。

 その二の郭とでも言うべき場所では火が焚かれ、兵が数人車座になっている。城にどれだけの兵が残っているか。

 横手の規模は山之井よりは劣るだろう。隘路へ攻め寄せた兵は三十から四十と言った所だったから城には十、多くても二十残って居れば良い方か?こちらは山の民を入れても十五人程。

 しかし、人が出入りしていたと壱太が言っていたから追加の召集を掛けたかもしれない。とは言えまだ集まってはいないだろうと見える範囲の人影から推察する。攻めるなら今しかないだろう。


「良し、裏の壁を越えて下の連中に気付かれん内に一気に奥を占拠する。なるべく物音を立てるな。当主かその家族を抑えるんだ。抵抗すれば容赦するな。見つからねば屋敷に火を放って直ちに引き上げる。差し当たっては城に攻め込んだと言う事実があれば最低限それで良い。山の民は柵を梯子代わりに使うからそれを下で支えてくれ。その後は近くに隠れていてくれ。」

「儂等は置いてけぼりですかい!?」

慶次が少し不満そうに言い、他の者も同様の顔をしている。

「お主達は横手の連中に顔を覚えられているやもしれんだろう。万が一にもこの戦に山の民が関わっていたのは知られてはならんと思うが…俺も流石に光繁殿から叱られたくないぞ。」

「そりゃあ…そうか…」

山の民の頭の権威は実に良く行き届いている。

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